吸血鬼と魔法使いと従者

◆◆◆


『雪被りさんの文章が好きです!』

『読みやすくて頁を捲る手が止まらないです!』

『他にも翻訳しないんですか?』

『こんな素晴らしい物語を翻訳していただき、ありがとうございました!』


 私が初めて翻訳した作品が世に出て一月後、四通のファンレターが届いた。

 物語を生み出したわけではないのに、私に手紙を書いてくれる人がいることに驚いたけれど、アッシュから、自分やスカーにもよく手紙が届くと、嬉しそうに教えてくれたから、翻訳した者にもそういうことはあるらしい。

 今後も、この人達に物語を届けられたらなと思う。

「雪被り?」

 机の上に置いているファンレターを眺めていると、眠たそうな声でスカーが私を呼ぶ。

 間もなく、朝になる。

 手紙を元の位置に戻して、視線を彼に向ければ、利き手とは反対の手を差し出してくる。その手を取って、手首へと口を近付けていき──。

 一月前までは、起きた時にアッシュが血の注がれたカップを運んできてくれていたけれど、現在はこうして、眠る前に直接吸わせてもらっている。

 身体への負担とか少し気になるけれど……スカー本人がそうしてくれと言うのだから、気にしない。

「雪被り」

 掠れた声で名前を呼ばれ、銀色の髪に指を絡められる。最初は落ち着かなかったけれど、慣れた今となっては……されないと物足りない。

 一頻り飲んで口を離せば、スカーは机の上に突っ伏していた。吸血が終わるといつもこうなる。これでは自力でテントに帰れない。

「リズ、アッシュを呼んでくれませんか?」

 傍に控えていた栗鼠のリズに声を掛ければ、すぐに彼を呼びに行ってくれて、そんなに待つことなく現れてくれる。

「仲良しタイムは終わった?」

「言い方!」

 アッシュは散らかる部屋の中を気にせず颯爽と近寄ってきて、突っ伏すスカーの腕を取り、肩を貸しながら立ち上がらせる。

「一緒のテントで寝る気はないの? 夫婦なのに」

「……そういうのは、ちょっと、早いですよ、まだ」

「もう二ヶ月じゃん。大丈夫大丈夫」

「……アッシュ」

 咎めるようなスカーの声に、ちぇーと彼は声を上げて、スカーごと私に背を向ける。

「それでは奥様、おやすみなさいませ」

「おやすみなさい、二人とも」

 何であんなに勧めてくるんだろうかと、頬を熱くしながら二人を見送り、扉が閉まったその後で、机に身体を向ける。

 徐に伸ばした手が掴むのは、初めて翻訳し、世に出た本。ファンレターと一緒に思う存分眺めながら、眠くなるのを待つのが最近の日課。

 ──ありがとう。

 誰ともなく呟いて、本の表紙を撫でた。

 こんな日常を、私はとっくに愛している。


 死が、私と彼を別つその時まで、この日々が続くことを心から願う。

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うっかり婚姻しちゃった吸血鬼は、何があろうと物語を求める 黒本聖南 @black_book

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