某月某日、9時12分

 それから、多くのことがあった。

 天音は毎日やってくる報道陣やら魔導考古学省の人間やらの相手で忙しかった。


「魔法は、復活しました」


 自身が始まりの研究者、西沢健一の息子であると公表した零は、世界に向けてそう発表した。そして、「白の十一天」が壊滅したことも告げた。とは言え、まだあちこちに似たような団体がいるので気が抜けない。


 魔導考古学省や第1から第4研究所には捜査の手が入り、今までのあらゆる悪行が明るみに出た。零や夏希は世界中から「悲劇の子」と呼ばれた(輝夜のパチモンみてぇ、と夏希は言っていた)。


 一花の遺体はすぐさま火葬された。「遺体を操る固有魔法の持ち主がいるかもしれない」と夏希は説明したが、零のためを思っての発言だったということに、第5研究所の皆は気づいていたが何も言わなかった。遺骨は密かに零に引き取られ、西沢家の墓に葬られたそうだ。


「所長……」

「もう所長ではありませんよ」


 固有魔法、の呼び方からわかるように、社会は大きく変化した。

 まず、魔導考古学省は魔法考古学省として新しく作られた。旧魔導考古学大臣は有事の際に何も行動しなかったと世界中から非難され、辞任することになったのだ。


 そして、国立及び私設の研究所は全て廃止された。


「私にとっては、お2人はずっと所長ですし、副所長ですよ!」

「もうただの人間だよ」


 夏希は心の底から楽しそうに笑っている。


 旧第5研究所の研究員や、それに味方した輝夜や美織。そして、亡くなった真子と秋楽。全員が英雄扱いをされていた。特に、魔法を復活させた夏希と天音、「白の十一天」のリーダーを倒した零は神のように崇められていた。新設の魔法考古学省は清水夫妻のどちらかを大臣として迎えたかったようだが、天音がそれを止めた。


「お2人は、もう十分世界のため、国のために尽くしたでしょう。これ以上、重荷を背負わせないでください」


 と堂々と言う天音の姿を見て、夏希は、


「……大きくなりやがって」


 と親のような発言をしていた。


 しつこい報道陣をどうにか追い返すと、ようやく一息付けた。椅子に座りこんだ夏希が、こちらを振り返って言う。


「お前ら、これからどうすんだ?」


 旧第5研究所には、研究員たちが集まっていた。いつものように食堂にいるのが、酷く懐かしく感じられる。


「オレは魔法考古学省に行きます。大臣の補佐官になれるそうで」


 隠居も考えたという恭平だが、大臣直々に指名され、役人になることを決めたそうだ。手には、役人用の魔法衣がある。


「わらわは新設される魔法保護課というところに行く」

「私は、先生についていきます!」


 魔法や魔法文化を保護するべく誕生した課に、雅と由紀奈は医療魔法を伝えるために行くという。


「自分はチビミヤと同じトコの開発班ってトコッス」

「僕もです」


 魔法技術の向上、魔法師(かつての魔導師)のサポートを行う班が作られ、旧技術班の者が多く集まる場所。そこに、葵と透は採用された。透の場合、葵のブレーキ役として採用された可能性も高いが。


「私たちは考え中」

「学校、行ってもいいって」


 双子は高校に通い直すか考え中だった。

 かつての体制が非難され、教育を受ける自由を奪われた者は無償で学校に通えるようになったのだ。満足に学校に通えていなかったはるかや、高校中退のかなたにとって魅力的だった。


「俺は魔法考古学省の食堂で働きます」


 料理人としての腕を買われた和馬は、魔力回復効果のあるメニューなどを作るために働くらしい。既にいくつもメニューを考えているようで、手には大量の紙があった。


「隠居はあたしらだけか」

「そうですね、何をしましょう」

「まずはゆっくりしてくださいよ」


 天音は溜息をつきながら言った。何のために周囲を止め、なだめ、胃が痛くなるような選択をしたかわからなくなる。


「んじゃ、後の時代は頼んだぜ、大臣サマ」


 魔法考古学省大臣に選ばれたのは、僅か19歳の少女だった。

 かつて魔導を嫌い、転属を望んでいた少女は、半年にも満たない時間で大出世を果たしたのだ。


「任せてください。魔法師もそうでない人も、手を取り合って生きていける平和な社会を、作ってみせます」


 デザインはそのままだが、魔法考古学省の薔薇と杖の紋章が入った新しい魔法衣。それを纏った天音は大きく頷いて見せた。


 新たな時代の、幕開けである。












「だいじーん、新人が門の前にきてまーす」

「えっ、もうそんな時間!?」


 まだまだ人手不足の魔法考古学省は、大臣自ら新人教育をしなくてはならなかった。補佐官の恭平は仕事をいくつも抱えているし、たまに助言に来てくれる零や夏希は今は不在だ。


 時計を見ると9時12分。既に12分も待たせてしまっている。仕方ない。天音は言い訳するように呟いて、窓から飛び降りた。飛行魔法を使って宙に浮く。


「ごめんなさい! 待ったよね!」


 どこかで聞いたことのあるような台詞だと、天音はぼんやり思った。


(……そうだ、初めて会った日の副所長だ)


 それに気づくと、思わず笑ってしまうのだった。

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【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌 九条美香 @clotho0912

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