第12話 屹立するモイライ

 は、と目を開けるとそこには広大な星々のパノラマが広がっていた。宇宙空間かと思ったが違う。ここは暴君の機体のコクピットだ。星空のパノラマの正体は、規格外の全周モニタの投影。


 気を失う前と同じ状況。暴君が光学兵器を射出した後だ。何も変わっていない……。


 なるほど、あれは現実ではなかったのだ。そう思うと安心するとともに胸が締め付けられる。あの子たちはもういないのだと、思い知るからだ。


「どうしたお気に召さなかったかァ?」


 暴君はまだ俺の身体に居た。その下卑た声で、悪辣な精神で話しかけてきた。ふつふつと怒りを覚える。


「どういうつもりだ。あんなものを見せやがって……」


「いい夢だったじゃねェか。楽しかったろう?」


「楽しいわけあるか!」


 衝動的に拳を振り上げる。だが殴るべき相手は目の前に居ない。俺の中にいるからだ。ならどうする? ――いや、殴れるな。


「ぐ」


 とりあえず顔を殴った。だが痛いのは俺だけのようだ。

 「ばーか、ばーかァ! 間抜けアリオース!」とはしゃぐ声が切れた唇から発せられた。


「くそが……」


「ははは、テメェみたいな間抜けをからかうのは楽しいなァ! ああ面白い滑稽だぜ、間抜けだアリオス。だがまァ、そろそろ出来上がる。みろよ」


「あ”?」


 暴君の指し示す先、宇宙空間で光が集まっていた。あの夢を見せられる直前に見ていた不思議な光。それがひとところに集まり光球を形成している。


「あれがどうした……」


「テメェが寝てる間に、このモイライ星系とかいう空間に散った魂を集めたのよ。ほっとくと座に帰っちまうからなァ。それがこれだ。この場所に固定した。向こう千年は存在する」


「魂? どういう事だ?」


「そのままの意味よ。俺様がさっきぶっ殺した奴らも、テメェの女どもも、ぜんぶあそこにいる。これから死んだ奴は、一つたりとも座に返さねぇ」


「はぁ」


 暴君の言う事は理解できない。本当に何を言っているんだこいつは。


「いいからよく見ておけ」

 

 暴君は、光にむかって手を伸ばす。その挙動に、反応し機体に搭載された光学カメラが光球の表面を捕らえ高精度解析が始まる。なるほどあの光は渦を作り、後から後から集合しているらしい。


「お、いたな。そら引き上げてやろう」


 その光球から、暴君が引っ張るようなジェスチャーを行った。それに引かれてなのだろうか。三筋の光がこちらに向かってきたのだ。


「凡夫どもは、死は絶対だと思っているだろう。不可逆で逃れようの無いものだと。だが、俺様はそうじゃないと思う」


 暴君が光を引く手とは逆の手を振った。


 それによって俺達のそばに現れたのは、なんだか分からないモヤ――、そう煙のような、密度の濃い、何かだ。そrがパリパリと放電現象が起こっている。モヤは透明性が低く見通せない。


「なんだ、これは?」


「万物のもとだ。まぁ、深くは聞くなよ。どうせテメェには分からねェ。それにな、こいつをぶち込んでだな」


 光球から降りてきた光三筋は、驚くことに機体を抜けコクピットに入って来た。それがそのままモヤに入っていく。放電が強まり、急速にモヤが薄れていく。いや、これは収束している? そして形をとって――、それはどうも人間のようにも見えた。3つだ、床に伏した形の人型に、凝集していく。


「ちょうど三人前よ。さぁ、何が起こるかねェ」


 暴君が手をかざした。


禁忌魔術プロヒビティオ人体錬成ヒューマンアルケミー


 それは何てことの無いつぶやきのような呪文だった。だがそれが契機だ。形を変えていくモヤは、勢いを増しあっという間に人になる。ひと、人間、少女だ。それが三人。だがその姿は、ああ、ああ、見覚えがある。


 ちっとも切らない長髪が顔にかかっていた。玲華。白い胸が確かに上下し、呼吸をしていた。規則正しく。その肌には、傷一つなく。玲華がいた。


「う……」

 と小さく呻く。生きている。


「こ、こっちは――」


「――へへ、もう少しだよぉ」

 その隣では明るい髪色の娘が夢を見ているのか、寝言が。彼女はメグ。メグシェイレイ。


「ならガブリンも――」


「ぐかー、すぴー! うにゃああ~~」

 またその隣では、豪快なイビキをかいている褐色の娘がいる。その顔、忘れるものか! 肉を食いに行く約束をしたな。ガブリン!


「これは、これはどういうことだ!?」


「――生命の根源とは、とはすなわち性衝動リビドーである。渇望を、本能を否定するなよボケども。高潔? 清廉? 馬鹿馬鹿しい。生命魔術を極めんとするものは、欲望に忠実であれよ。それをしないから雑魚なのよ。凡夫にはそれが分からねェ。俺様は魔術を極めた、死んだ女を再生させるなど余裕よ」


 ぐんと景色が変わる。俺達の乗る機体が唐突に動き出した。全周モニタにうつるのは惑星〈パルカ3〉の青。降下しているのか。大気圏への単独突入を開始したようだ。通常魔導機猟兵に大気圏突入能力は無い。だが暴君の機体は燃え尽きることなく進んでいた。


「ど、どこへ行く!? なにをするつもりだ!」


「おう、雑魚アリオス! 敵は消えた。女は復活した。これで文句はねェな? 次は飯ヨ。飯を食わせろよ」


「め、飯だと……?」


「そうだ。俺様は腹が減った。最強無敵の不死身ボディでも空腹はあるからな。テメェらの世界でも飯くらいあるだろうが!」


「あ、ああ……それは、あるが」


「なら行くぞ」


 機体はぐんぐん降下する。ぐんぐん、ぐんぐん。雲を突き破り見えてきたのは大陸。その沿岸部に存在する街だ。


 人口はおよそ100万。封緘都市シーリングシティフォーチュン。俺達の街。人類にとってパルカ3は決して住みやすい星ではない。大部分が未開の荒れ地になっていて、水・食料が供給される一部の区画で、環境適応膜を張り巡らせた都市に人は住んでいる。


 その中心には高い尖塔に囲まれた、ひときわ巨大な建物が。あそこに向かっているのか!?


「くかか、あれは城かァ!? いつの時代でも、権力者の作るもんは変わらねぇなァ! ちょうどいい。あそこ行くぞ」


「おい! 何を考えてる? 駄目だぞ。あれは――」


「ウルセェ。もうおせぇ」


 衝撃、爆風、土煙。

 ある程度の減速はかけていたとはいえ、大気圏外からの大質量機械兵器の着地は、あたりの建築物を根こそぎ薙ぎ払う。


「ああ、マジかよ……」


 モイライ星系を統べる貴族。モイライ三姉妹。その長女、クロート・ニーネンブルグ・モイライの居城。もともとは巨大な白亜の城だったが、天より落ちた巨人に踏みつけられ無残にも瓦礫となっていた。


「カカカ、魔導機猟兵とか言ったかァ? それはここに置いてやる。あんな負け戦しかけやがった無能な王に、城はいらんだろ? 今からこの機体が城だァ。そしてこの星は俺様のものだァ! すなわちこの星の女も俺様のものってわけな!」


 




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暴君戦争〈タイラントウォーズ〉〜宇宙の傭兵隊長な俺の前世は最凶最悪なファンタジーの暴君様。星の海で覚醒したらしいが性格が最悪過ぎて俺の品位がヤバい~ 千八軒@瞑想中(´-ω-`) @senno9

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