第2話 初めましてカイメラ

 ――カタ……キシッ。


 あの後すぐに眠れたようで、物音で目覚める。

 真っ暗だった部屋が、ブランケットや本棚の輪郭が分かる程度に明るくなっていた。横に体を向けると赤い本が置いてあり、あの不思議な出来事が夢でじゃないと言われているように感じた。

 ――ガタッ!

 「……!」

 僕のすぐ隣から不自然な音がした。

(誰か居る!)

 ベッドは本棚で囲まれているので部屋全体は見渡せない。だが明らかに本棚の向こうに人の気配を感じた。

(父さんだ、寝る前の事を怪しんで調べに来たんだ、そうだ……別にこの本を隠す必要なんて無いんだし!)

 「父さん!ちゃんと話すから勝手に入ってこな……」

 決心した僕はすぐそこで何かを漁っている父さんを止める為に、急いで本棚の隙間から抜け出し、暗がりにいる人物の前に飛び出す。


 その瞬間絶望した。

 全身を覆う黒いマント、フードを深く被って見えない顔、その隙間から見える青白い肌。

 僕が飛び出した先には、どう見ても父さんには見えない人物が僕の部屋の中心に立っていた。

 「え…………誰……」


 侵入者の後ろを見ると、いつもは閉まっている部屋の窓が全開になっている。そこから風が吹いていて、額に掻いている脂汗がヒヤリと冷たくなる。

 目の前の黒マントは動かずにこちらを見ている。


 「あ、あ……あぅわあああ!ッグウウウグッ」

 僕は思いっきり叫んだ。三歩先に居た侵入者は僕が叫んだ瞬間跳びかかって来てきて僕の口に手を押し付けてきた、侵入者の青白い肌は近くで見ると更に白い。

(怖い、父さん!口!怖い!何で!)

 「ググッぅうううう゛」

 口を押えられている手を剝がそうとするがビクともしない。


 「はぁ……」

 侵入者は僕の目の前で呆れたような声のため息をついた。意外にも化け物のような声ではなく僕と同じ様な子供のような声だ。

 「ごめん。謝るから、落ち着いてよ」

 あちらから声を掛けられれるとは思っていなかったので僕は思わず振り回していた手を止める。僕が動きを止めたことを確認すると、僕の口を押えたまま侵入者は口を開く。

「まず君に何かするつもりはないし、この家に誰か住んでいるとは思わなかったんだ」

 僕をなだめるような声に変って、侵入者は深く被っていたフードを脱いだ。口元から順に白過ぎる肌が出てくる。


 (……えっ)

 「……こんな人間居るのかって顔してるね、色を奪われた人間ってやつだよ」

 フードから出てきた顔や肩の下まである髪は真っ白で、目は赤黒く、何よりも容姿端麗という言葉そのものを現したような顔だった。恐怖より驚きが勝って、彼女の顔を食い入るように見てしまう。

(お、女の子⁉色を奪われたって一体……)

 彼女も僕を見つめてきて、まるで観察されているような気分になる。暫くすると満足したようで、やっと口から手を放してくれた。

 「うっ、……ゲホッ」

 「直ぐに出ていく、このことは秘密にしてもらえると助かるな」

 そう言って彼女は窓に近づいていく。本当に直ぐ出ていくつもりなんだろう、彼女を止めようとマントを掴む。

 「待って!名前はなんていうの……それに、どうしてこの家に入って来たの?」

 彼女は少しだけ動きを止めて話し出す。

 「たまたまここの森を横切ったら、この家から光が飛んできてね、何かと思って気になって来ただけなんだ。君こそあの光について何か知ってるんじゃないの?」

 彼女はこちらを振り向いて、赤い目で僕を見つめてきた。

 「っいや……僕も詳しくは分からなくて。本当に突然光っただけで何もなかったよ」

 彼女はまだ僕の目を見ている。

 「そう、分かった」

 彼女はそういうと、床に座り込んでいる僕へ手を伸ばしてきた。

 「初めまして、名前はカイメラ、君の名前は?」

 何も考えず、彼女の手を取る。

 「よろしく……僕はオルダ」

 少し微笑んだ彼女の顔に僕はまた目を奪われる。そして直ぐに彼女の手は僕の手から離れた。

 ――ガタッ!

 僕の名前を聞くと再びフードを深く被り、窓の枠を軽々と乗り越えて外へ出て行ってしまった。勝手に家に入って来て襲い掛かって来たあの彼女と、何故かまだ話したいと思ってしまう。

 「待って!こんなに誰かと話したのは初めてなんだ!」

 窓のすぐそばまで走り、大声で彼女に向かって僕は叫んだ。だが彼女は歩きを止める様子は無く、僕に背を向けてどんどん遠ざかっていく。

 「ねぇ!カイメラ!どこに行けばまた君に会えるかな!」

 そういうと彼女がこちらに振り向いたような気がして、僕は目を凝らす。すると彼女の身体から昨日見た不思議な光とよく似た光が現れて、僕の方へと勢いよく一直線に飛んできた。

 「うわぁああ!」

 僕は思わず手を前に突き出し、顔を背ける。

 ――コトッ。

 突き出した手に冷たい物が飛んできてそれを掴むと、目の前の光と、窓の外に居る彼女は居なくなっていた。


 残されたのは、部屋に一人の僕と静寂と窓から入る冷たい風、そしてカイメラが最後に渡してきたこの手の中にある小瓶だけ。

 

 

 僕はその後も朝日が昇るまで誰も居ない外の景色を呆然と眺めていた。

 

 

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オルダの記録 @oruda1819

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