オルダの記録

第1話 プロローグ

 これが運命だったんだ。


 これで全て元通り。


 彼らと過ごした日々の思い出でぼくはぼくでいられる。




 ――千百年のグェルント。

 人の集まる活発な土地トルグェルント集地から少し離れたのどかな場所、そこからさらに人通りの少ない場所にあるグェルント地には十二歳の少年とその父親が二人で住んでいた。

 グェルントは森に囲まれていて自然豊かだが、十二歳の少年一人では退屈な場所だった。晴れている日は森で木の実の収集、雨の日は家の中で何度も読んだ本をまた読む。唯一の楽しみと言えば、父さんが仕事場から持って帰ってくる新しい本だけだった。

 余りにも退屈だから、父さんにトルグェルントへ遊びに行ってもいいかと聞いてみたこともあったが、それだけは駄目だと言われ、一人で出掛けるには距離があるから諦めるしかなかった。

 

 ぼくは今日もこうして家の近くにある森へ出かけ木の実を集めている。

「暗くなってきたし、そろそろ父さんも帰ってくるかな」

 僕の父さんはトルグェルントの市場ではたらいていて、日が落ちる頃に家へ帰ってくる。その前に家へ帰って晩御飯を用意しておくのだ。

 「今日は赤のトーンの実がよく採れたから、トーンと野菜の炒め物を作ろう」

 家へ向かいながら緑色のトーンの実をつまみ食いする。

 「ちょっとすっぱいかも」


 森を抜けると家が見えてくる、入り口の扉の取っ手に手をかけて手前に引くと、ガチガチと音がするだけで扉が開かない。

 「おかしいな……もしかして錆びついちゃったとか」

 軽く引いてもびくともしないので腰を入れて思いっきり引っ張ってみる。

 「よいっっしょ、ってうわぁああ」

 「オルダ――ッ!」

 扉を開けると見慣れた顔が勢い良く飛びついてきた、身長182センチの体格に押し潰される。

 「うぐっ、父さん!」

 「ただいまオルダ。どう、びっくりしたかい」

 「まさか、家の中から扉を押さえてたの⁉」

 父さんはまるで子供みたいに笑って僕の腹部に抱き着いている、黒髪の僕とは真反対のフワフワの茶髪が顔に当たってむずがゆい。

 「子供みたいないたずらしないでよ……」

 僕がそう言うと、父さんは満足そうに家のなかへ入っていく。

 「そう怒るなよ、今日はオルダの好きな本を持って帰ってきたんだから」

 そういって鞄から本を三冊取り出すと、僕に押し付けてきた。

 「それは……ありがとう」

 「どういたしまして」

 

 更に夜が深まり晩御飯を食べた後に父さんは、晩酌を楽しんでいる。僕は父さんに貰った本を持って自室へ向かういランプに火をつける。部屋には大きな本棚が三台あり、どの本棚も上の空間まで本で埋まっている、本棚で圧迫感のある部屋だ。

 「そろそろ整理しないと駄目かも、捨てる本なんて無いんだけどな....」

 とりあえず、貰った三冊を一気に読むことは出来ないので二冊を本棚の上の隙間へ詰めることにした。椅子を持ってきて本棚の上に無理やり詰め込む。

 ――バタッガサッ。

 すると、流石に無理があったのか本棚の端から何冊か本が押し出されてしまった。

 「やっちゃった。本、折れたりしてないと良いけど。」

 椅子から降りて少し歩く。音がした場所を覗くとやはり地面に本が何冊か落ちていた。重なった本達はどれも一度以上は読んだ事のあるものばかりだ、だが一冊あまり見覚えの無い本があった。

 「懐かしいなぁ、久しぶりに読み返してみようかな」

 ぼくは落ちた本の中からその赤い革で包まれた一冊を拾いあげてしまった。

 「この本は何だったかな、題名も書いてない」

 パラパラと捲っていくと、中は小説ではなく子供の落書きが描いてあった。不思議な文字で殴り書きしていて一枚一枚に不思議な人物が描かれてある。最後のページには小さい石の埋め込まれたシンプルなネックレスが挟まっていた。僕はネックレスを手に取って、首飾りをよく見ようと机の上にあるランプへ石をかざす。すると黒い石はランプの色を反射して壁に淡い七色を映し出した。

 (小さい石だけど綺麗な色だな……どうしてこんなものが本の中に挟まってあったんだろう、父さんのネックレスかな。)

 無くさないようにまた、本に戻そうと手に取った、その時。

 ――ヒュッ!

 宝石が強く光り、部屋全体が強い光に照らされ白くなる。特に眩い光の核は曲線を描いて窓の隙間から外へ飛び出す。

「うわっ」

 あまりに眩しい光で目を瞑ってしまった、恐る恐る目を開けるともう手に持っていた石は黒いままで、宝石から出た光ももう見当たらない。


 一瞬の出来事に唖然とし、叫ぼうとしていた口が開いたまま動けないでいる。今の出来事はまるでいつも読んでいる本の中の幻想のようだった。腰が抜けて体制が崩れると、腰が机に強くぶつかり物が音を立てて机から落ちていく。ランプも落ちてしまったようで部屋が真っ暗になった。

 音を聞いて来たのか父さんの足音が部屋の扉に近づいてきた。

 「あけるよ、凄い音だったけど……大丈夫?」

 何も後ろめたい事は無いのに思わず本を体の後ろに隠す。

 「あ、本棚が一杯になちゃって整理してたんだよ」

 廊下の明かりは点いているようで、ドアから覗いている父さんの表情は此処からは逆光で見えない。

 「こんなに暗い中で本棚整理を?」

 きっと、疑わしい表情なんだろうと分かってしまう声色だ。

 「ランプも地面に落ちてるし、何をしたって良いけど、危ないから気を付けるんだよ」

 父さんが部屋に入って来て、ランプを立てて、さっさと扉の方へ戻って行った。

 「じゃあ、もう寝るから。あんまり遅くまで本読んでちゃ駄目だよ、おやすみ。」

 父さんが扉を閉めようとする前に声をあげる。

 「ちょっと待って。父さん、僕の部屋に父さんの物とか置いたりしてる?例えば本とか……」

 「いや、オルダの物だけだと思うけど。何か置いてあった?」

 「ううん、何でもない。おやすみ。」

 父さんが部屋を出て扉が完全に閉まるのを見届けてから、息をつく。

 「ふぅ……疲れた」

 背中に隠していた本を床に置き、斜めった机や落ちていた物を直していく。同じように気持ちも落ち着いていく。

 「この本は父さんの物じゃないってこと?じゃあ一体誰の……」

 本を拾って見返してみても何処にも名前は書いていない、そもそもこの本に書いてある字が読めたものではない。

 「見なかったことにして今日はもう寝よう。」

 ネックレスを挟んだ本を持ったまま何も考えないで、この部屋にあるベッドへ向かう。ベッドは部屋の端に置いてあり、部屋に1つある窓から入る光を遮る為にベッドの窓側には本棚が置いてあり、狭いが落ち着く空間になっている。すぐに寝転がって深くブランケットを被り目を強く瞑る。

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