最終話 行こう、異空間へ

「異空間! わたしも一緒に行く!」


 わたしは即答した。


 どこにいくかなんて問題じゃない。最初から答えは決まっていた。


「モエが行くところにわたしもついて行く!」


 もう二度とあんな悲しい思いをしたくないから……。

 帰りを待つだけなんて嫌だ。


「麻衣華、ありがとう♡ そう言ってくれると思ってたぞ♡」


 モエの頬の緊張が少しだけ緩む。

 わたしは、もうモエが1人で緊張しなくてすむようにずっとそばで支えたい。


「モエがしたいことをしてね。わたしはそれを全力で応援するから!」


 世界を救うとか、人類のために何ができるかとか、そういうのはやっぱりよくわからない。でも、モエがそうしたいって思うなら、それがきっと最良の選択なんだと思う。

 わたしが信じるモエが選んだ道。合っていても間違っていても、一緒にいければそれでいいんだ。

 

『引き続き、ケートスと一緒に空間転移の旅をすると良いでしょう』


「ありがとう、ゼロ。もう少しモエたち人類に時間をちょうだい」


『問題ありません。私たちには待つという概念はありません』


 待つという概念がないのは時間という概念がないから、なのか。

 もし肉体を捨てたとしたら……わたしの5年間は無駄だったということになるのかなあ。


 だけどね、そうは思いたくないんだ……。

 わたしは待つという苦しくて無駄に思える5年の間に、ライトお姉ちゃんと自己研鑽に励み、冒険者としての力をつけた。そして自分自身と繰り返し対話することで、モエへの気持ちを確かめていった。

 5年前のわたしだったら、「異空間」と聞いておじけづいたかもしれないね。うーん、どうかな。わからない。もしかしたら案外、何も考えずにそのままついていったかもしれないけど。


 でもこれだけははっきり自信を持って言える。

 5年前のわたしより、今のわたしのほうが確実に強くなっているってね。モエの足手まといにならずにパートナーとして横に立つことができると思う。今ならその自信があるよ。


 だからわたしの5年間は決して無駄なんかじゃない!


「行こう、異空間へ!」


 わたしとモエは手をつなぎ、ゼロの前に立つ。


「やれやれですね。しっかりと2人だけの世界を作って、お姉ちゃんは置いてけぼりですか?」


 振り返ると、ライトお姉ちゃんが苦笑し、首を振っていた。


「お姉ちゃん、麻衣華を鍛えてくれてありがとう。とってもとっても感謝してるんだぞ♡」


「はいはい。感謝されました。でもなぜ、別れの挨拶のような言葉を伝えてくるんですか?」


「お姉ちゃん、モエの話聞いてた? モエと麻衣華はこれから異空間に行くの。当分会えないし、もしかしたらもう二度と会えないかもしれないんだよ?」


 もう二度と会えないかもしれない。


 ずしりと重い言葉だ。

 そう、無事に帰ってこれる保障なんてどこにもないんだ。わたしたちはこれから、そういう旅をしようとしている。


「何を言っているんですか? お姉ちゃんも一緒に行きますよ? かわいい妹たちを行かせて自分は地球でのんびりなんてできませんよ」


 ライトお姉ちゃんは当たり前のようについてこようとしてくれる。どこまでも優しいお姉ちゃんだ。

 この5年間だって、きっと他にやりたいことがたくさんあったはず。それなのにずっとわたしのそばにいてくれた。本当にうれしかった。もしお姉ちゃんがそばにいてくれなかったら、わたしはとっくに壊れていたと思うから。

 だからこそ、もうこれ以上わたしたちのわがままに付き合わせるわけにはいかないよ……。


「お姉ちゃんまで異空間に行っちゃったら、誰が地球を守るの? お姉ちゃんがいるから、みんな平和に暮らせてるんだよ」


「マイカ、さすがにお姉ちゃんも全人類を1人で背負えるほど強くはありませんよ。たくさんの冒険者がいて、それぞれの国や地域を守っている。お姉ちゃんもその中の1人にすぎません」


 確かにライトお姉ちゃんが言うように、たとえSランク冒険者といえども、1人で守りきれるほど世界は狭くない。

 ダンジョンは人類に様々な革新を与えてくれたけれど、それと同時に、常に脅威の存在でもあるんだ。


「お姉ちゃんが地球を守ってくれていたら、わたしたちは安心して異空間を旅できるんだけどな。もしかしたらダンジョンの謎も解き明かせるかもしれないし」


 以前にも増して活性化しているダンジョンのモンスターたち。それがどこからきて、何をしようとしているのかもわからない。

 もしかしたら意思の疎通がうまくいかないだけで、ゼロやケートスのように対話を求めているのかもしれない。


「ねえゼロ。異空間……こことは違う他の空間にもダンジョンはあるのよね? 動画撮ったり……もしかして生配信できたりしないのかな」


 モエとわたしのがんばりを、地球のみんなに届けられたら最高なのに。その中でダンジョンの謎が解けるかもしれないし。


『ダンジョンは存在します。配信も可能です。ゼロが空間転移の中継を行うことで、地球に配信を届けることが可能です』


 え、マジぃ⁉

 ダメもとでちょっと言ってみただけなのにできるの⁉


『モエアクチャンネルは複数の空間で人気のチャンネルになっています。ゼロが12の空間世界にミラーチャンネルを使って配信をしていました。チャンネル登録数X$%@$#を更新中です』


 ちょっとちょっと、勝手に何してくれてるの⁉

 チャンネル登録者数が聞き取れない数字だったんだけど?


「麻衣華は異空間でも人気なのね~♡ さすがモエの麻衣華♡」


 モエがしなだれかかってくる。

 わたしだけの力じゃないよー。まあ、まじめな話、ライトお姉ちゃんの強さが人気なんだと思うよ?


「気づかなかったわー。わたしたちが異空間の人たちに見られてたなんて……」


 うーん。できればちゃんと一言断ってから配信してほしかったな。


『これからは全空間を同時につなげて、コメント欄で異空間交流をしていただくのが良いでしょう』


「異空間交流だって♡」


「どうなっちゃうんだろ。地球の人たちにはちゃんと説明をしないと大パニックになりそうだよね」


 どう説明しよう……。


 はい、柊アクアです。

 なんと今日からもえきゅん☆が復帰しましたー! みんな会いたかったよね! わたしもずっと会いたかったわ!(ぎゅー!)

 ところでみんなここはどこだと思う?

 見慣れない景色? 正解を知ってる人はネタバレしないね?

 というか、正解を知っている人たち、生配信でははじめましてだね。これまでのミラーチャンネルとは違って、これからはわたしたちもコメント見て反応できるようになるから、たくさんコメントちょうだいね。同時翻訳もしてもらえるみたいだし。

 というわけで、正解発表!

 わたしともえきゅん☆は、地球とは別の場所にきていまーす。宇宙? ううん、もっと遠く。いわゆる異空間というところです。いわゆるって言われても初耳だって?

 みんな知ってた? 地球とは違うところにも有人惑星がいっぱいあって、そこにもたくさんの人たちが生活しているんだー。

 これからは空間転移という新たなスキルを使って、地球とは違うところにあるダンジョンを紹介したり攻略したり異空間交流をしたりしていきたいと思いまーす。


「……は? モエアク何言ってんの?」ってなるよね……。

 うーん。これって地球のみんなへの説明無理じゃない?


「そんなに心配しなくても大丈夫なんだぞ♡ モエがいて麻衣華いる。それだけでみんな楽しんでくれるんだから♡」


 モエの屈託のない笑顔を見ていると、「それもそっか」って思えてくるから不思議!

 わたしたち2人ならきっと大丈夫だね。


「そういうわけだから、お姉ちゃん。モエたちはぶらり異空間探訪に行ってくるんだぞ♡」


 モエがライトお姉ちゃんの右手を両手で包み込むように握る。


「……わかりましたよ。何を言っても2人で行くと言って聞かないのでしょう。お姉ちゃんはおとなしく地球でお留守番しています。このバッキンガムパレスダンジョンも閉じないといけませんし」


 ライトお姉ちゃんは小さくため息をつき、空いている左手でモエの手の甲をポンと叩いた。

 わたしもそこに参加し、お姉ちゃんの手を両側からサンドするように3人で手を握り合う。


「お姉ちゃん! ホントにありがとう。お姉ちゃんにもきっといい人が見つかるよ!」


「マイカ。自分に恋人ができた途端、上から目線ですね。まったく、どうしようもない子ですよ」


「うへへ。恋人だなんて、ね♡」


「ね♡」


「お姉ちゃんそっちのけでイチャイチャしない! 2人が帰ってきたら、お姉ちゃんの恋人に挨拶してもらいますよ。結婚のご祝儀もたっぷりいただきます」


「うんうん! とびっきりのイケメンを捕まえてね! 自慢のお姉ちゃんだもの。信じてるからね!」


 わたしのエールに、お姉ちゃんはこぶしを握って応えてくれた。


「お姉ちゃんごめんね。ありがとう。モエたち行ってくるね。協会にはいい感じに報告おねがい♡」


「わたしの両親にもこのこと伝えてくれないかな……。ごめんなさい、いってきますって」


「まったく、人使いが荒い妹たちです。ゼロとの接触の内容はぼやかしつつ、2人が旅立ったことは、各所に伝えておきますから安心してください」


 ライトお姉ちゃんは苦笑していた。

 ホントに助かるよ。


「「お姉ちゃん大好き♡」」


「かわいい妹を2人も持てて、お姉ちゃんはしあわせ者です。……元気で。必ず帰ってきてください」


 最後は少し淋しげな笑顔で手を振ってくれた。


 いってきます。

 ちゃんと帰ってくるからね。


 ゼロの案内に従って転移ポータルに進む。

 わたしたちは再び手をつなぎ、今度は決して振り返らず、前だけを見て歩く。



「モエ。わたし強くなったよ」


「それは楽しみね♡」


「きっとモエを守れるくらいには強くなったと思うの」


 モエの細い指が、わたしの剣ダコができた指に絡まっていく。



「ねえ、麻衣華。麻衣華はモエのことを守るヒーローになってくれる?」


 ああ、あの時と同じ言葉だ。

 一緒に見たアクション映画。そのヒーローのように。


 今ならはっきりと答えられる。


「わたしはモエを守るよ。わたしがモエのヒーローになる」


 守ってもらってばかりだったわたしはもういない。

 これからはモエの隣に並んで歩んでいく。そしてモエがピンチの時には前に出て戦うヒーローになるんだ。


 どんな困難が立ちはだかっていようとも、わたしたち2人ならきっと大丈夫。



 モエ、愛してる――。



第二章 柊アクア編 ~完~



第三章 ???


-----------

 この先も麻衣華とモエの冒険は続きます。

 ですが、この物語は一旦の区切りとして、第二章をもって完結としたいと思います。

 第三章以降の構想もあるので、いつか続きを書くかもしれませんが。

 

 ご意見・ご感想などいただければ幸いです。

 

 ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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アイドルに恋した女の子の話~本人公認なりきりプレイでペア♡ダンジョン攻略中~ 奇蹟あい @kobo027

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