茜さす帰り道は相乗りで
さてとうとう最終日。
試験時間まで順番に練習走行&荷吊りを行い、時間が来たら最後に走った人の次の人から試験が行われることになった。
ルールを聞くや、いぶし銀さんはいの一番に口を開く。
「はっはー! なら俺は断然1番手だな! 見本を見せてやろう」
「……ああ言ってるけど、おっさんは絶対2番か3番がいいと思う。絶対緊張してミスるわあの人」
二日酔いくんはぼそぼそとギャルと国鉄くんに囁き、彼らがやけに時間をかけて走るなどして絶妙な時間調整が行われた。その甲斐あって、実技試験はギャル→国鉄くん→いぶし銀さん→二日酔いくん→私の順に決定した。
「いやあ、2番か。くそー1番手で手本を見せようと思ったがな」
「よく言うぜ……」
如何にも悔しそうに頭を振るいぶし銀さんに、二日酔いくんは乾いた笑いを浮かべた。
しかしそのせいもあり、私は最終走行ということになった。どうしよう、一番技術的にヤバい人が大トリを賜ってしまった。
どうしようどうしようと悩んでいる間に順番がやってくる。
「だいじょーぶ。練習通りやりゃイケるって」
振り向けば、早々に試験を終えた二日酔いくんがヘルメットを取って眠そうに笑っている。
そうだ。私は確かに成り行きで免許を取りに来た。けどもうひとりじゃない。二日酔いくんをはじめとした同じグループの仲間たちに支えられたからこそ、一緒に卒業したい。
他でもない、自分の力で。
ヘルメット越しに黒い躯体を見上げ、左足から乗り込む。全方位の安全確認を終えてエンジンを掛けると、獰猛なエンジン音が足元で鳴る。大丈夫。もう怖くない。
「――前ヨシ」
方位レバーを前方に入れ、シフトレバーを下ろす。出発の合図に指差し確認をして、私はゆっくりとアクセルを踏んだ。
すぐに差し掛かった最初の角で、余裕をもってハンドルを切った。目線は最初の架台へ。
緊張と暑さで汗ばんだ手でレバーを操作し、フォークを上げた。固唾を呑んで見守る他の受講者の視線が、私の一挙手一投足に集まっている。
そしてL字の爪がパレット穴の高さまで上がった時――それに気付いた私は目を見開いた。
◆
交付されたてのピカピカの免許証を渡されると、写真写りの悪い仏頂面の私と目が合った。顔を上げれば、受講者たちはめいめいに帰り支度をし始めている。
たった3日間、されど3日。一緒に過ごした皆との別れがこうも呆気ないなんて、と何だか寂しくなってしまう。
きっと彼らは私と同じ取得日の免状を抱えて、自分たちの日常に帰っていくのだろう。
ギャルに飲みに誘われている国鉄くん、ぷかぷかと煙草を吹かすいぶし銀さんに手を振り、最後に駐車場でスマホとにらめっこする二日酔いくんを見つけた。
私は彼に言わなければならないことがある。
「二日酔いくん」
「おー合格おめでと。ほら、俺の言った通りだったっしょ」
「……わざと手前の白線踏んで荷物置いてたでしょ」
そう。試験で最初に荷を吊り上げようとした際――荷を積んだパレットが、架台上の白線を踏んで少し手前に引き出されていたのだ。荷物を架台の中心に置かなければならない試験内容であるため、線を1cmでも踏めばそれは減点対象となる。
熟練したフォークリフト裁きを見せていた彼が、こんなイージーミスをするはずがない。だから聞いておきたかったのだ。
息巻く私に、しかし彼はへらりと笑う。
「まー俺はどうせ受かるから、今更減点とかなっても痛くも痒くもないし。後の人が取りやすいように置いとこうかなって」
そんなことしなくても、私はあなたの教えのお陰で見違えるように乗れるようになったのに。そう思ったが、それも彼なりの優しさなのだろう。ありがたく受け取っておくことにした。
二日酔いくんは何度もスマホを耳に当てては「ダメかあ」と頭を振って画面に目を落としている。
「……お迎え待ちですか」
「そーなんだよ。ちぇ、全然出やしねえ」
「迎えに来いって言われんのバレてんじゃないですか」
「だろーな」
電話帳に載る仕事の後輩へ片っ端から電話をかけていたらしい彼は、怠そうにスマホを仕舞った。
「最寄り駅まで送りますよ……お世話になりましたし」
「えーさすがに悪いっすよそれは~」
そう言いながら彼の足は既に私の車の方に向いている。相変わらずの他力本願具合に思わず笑ってしまう。どうか彼がこの先もこのまま変わらないでいてくれますように。
時刻は既に茜時だ。すっかり傾いた陽と蝉の声を背に、私と二日酔いくんを乗せた車はのんびりと走り出した。
フォークの上より愛をこめて 月見 夕 @tsukimi0518
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