後編


「それにしても、怖いファンがいたものだね……三森くん」

「え……?」

「え? じゃないよ。ちゃんと話聞いていた?」

「聞いてますよ! あのDちゃんの貴重な話を聞かない奴なんているわけないじゃないですか!!」

「いや、Dの話じゃなくて……————って、そういえば、三森くんDちゃんって呼んでるけど、ファンだったの?」


 帰りの車内で、運転する三森くんに助手席から視線を送ると、彼はなぜか口元がニヤニヤと笑っていた。


「そうですよ。大学時代、Dちゃんは僕の最推しだったんです!」

「最推し……なるほど……」



 三森くんは妙に興奮した口調だった。

 普段は寡黙で、あまり愛想がないなーと思っていたが、三森くんも推しを前にするとこんな表情をするのだと驚いた。


 最近の若者のことはよくわからないが、ファンのことを推しと呼んでいる。

 私の時代は、「萌え〜」とか、そんな感じだったんだけどなぁと、少しジェネレーションギャップを感じた。


「まさかDちゃんがこんな近くに住んでいたなんて、驚きました。それに、僕のことも覚えていてくれた。忘れてなんていなかった……」

「え……?」


 いったい彼が何の話をしているのかわらず、聞き返したとき目の前の信号が黄色から赤に変わる。


「うわっ!」


 三森くんはキューブレーキをかけて、その反動で車は大きく揺れた。

 パンパンにものを詰め込んでいたダッシュボードのグローブボックスが開いて、中のものが私の足元にバサバサと落ちる。


「え……?」


 拾い上げてみると、堂本真凛さんが中の人をしていた、Dのファンクラブのグッズや書類の数々。

 カード会社送られた二年以上前の明細書には、動画配信サイトで使った多額の金額が書かれている。


「やっと見つけました。ありがとうございます、向井先輩。先輩がDちゃんの取材のアポを取ってくれたおかげで、Dちゃんの今の家がわかりました。これで、僕はいつでもDちゃんに会いにいけます」

「いや、三森くん……? 君、何を言って————」

「あそこのマンション、家賃いくらくらいですかね? ちょうど隣の部屋が空いていたみたいだし、これって運命だと思いません?」

「三森くん、君……————」


 三森くんは興奮しながら、自分がどれだけDを推しているか、推し活とやらにいくらつぎ込んできたかと、まるで若い頃の武勇伝を語る嫌な上司のように語り始めた。

 何度も止めようとしたが、彼の話は止まらない。

 その異常な様子に、恐怖を覚えながら私は車内に散らばった残りの書類を拾い上げる。

 入社時に会社から支給された「三森大輔」と書かれた名刺が、透明なケースごと転がっていた。

 そして、小さなサイン色紙————本人と会えるはずもないから、おそらく、懸賞か何かで当たったのだろう。

 「大豆ケーキさんへ」と、書かれていた。


「やっぱり、Dちゃんの側には僕がいないとダメですね。会えてよかった。生きててよかった。あのとき、死なないで本当に良かった」





(終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

止まらないDM 星来 香文子 @eru_melon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ