+α ひとまずの区切り

 久しぶりに通った中学は、何というか、新鮮だった。

 進路の違いから、或いは、就職を機に……もう、めったに顔を合わせる機会が無くなってしまった、当時の友人達。

 『一度目』では、どこで何をしているのか、わからなくなった級友。

 そういった彼らと、当たり前のように言葉を交わして過ごすのは、不思議な感覚だった。


 瀬奈と付き合う事になり、距離が近くなった事を囃し立てられても、怒りや気恥ずかしさよりも苦笑が先に来てしまうあたり、

 今の俺は中身はアラサーのおっさんである、という事を嫌でも自覚させられてしまう。

 そんな態度を、ちょっと変だな、とか、大人だねえ、で流して、終わりにしてくれたこいつらに……

 少なくとも、この頃の俺は、友人には恵まれていたんだな、と少し目頭が熱くなった。


 ……いやまあ、その反応リアクションには思いっきりキモがられてドン引きされたんだが。


 授業の内容については、『一度目』で受けたものと同じだから問題ない、といいたいところだが……

 意外と、使わない知識などについては結構忘れていて、少しばかり焦ったものだ。

 今のこの状態が、一時的なものでないというのなら、真剣に勉強しなおすべきなんだろうか。


 放課後の部活は、当時入っていた武道系の運動部。

 たしか、漫画か何かの影響で選んだ部活だったか。

 まあ……主観的な物ではあるんだろうが、久しぶりに思い切り体を動かす機会があったのは、楽しかった。


 それと……恋人、ということになっている、瀬奈と過ごす時間。

 これも、思いのほか悪いものでもなかった。


 登下校は、いつも彼女と一緒。

 流石に学校生活の全てでべったり、と言うわけでもなかったが……

 それでも、何かと機会を作っては、傍にいてくれた。


 休日は部活で潰れる事もあったが、瀬奈とデートに使う事も、多かった。

 まあ、金もないから、出来る事なんて限られてはいたんだが。


「よーたー。そこにある次の巻取ってー」


 一緒に部屋でだらだら過ごしたり。


「うっわ、チラホラカップルいるけど。

ねえ、あたし達もあんな感じで見られてるのかな」


 自転車に乗って、そこそこ有名な隣町のデートスポットまで出かけたり。


「あっちー……今年の夏って、こんなに暑かったっけ。

ねえ、アイス、もう一口分けてくれない?」


 小遣いの範囲で、手が出る程度のおやつの買い食いとか――

 

 一体何故こんな状況になっているのか……右も左もわからない、こんな状況だ。

 最初の内は、あまり情を移さないほうがいいとか、考えてた事もあったし……

 まあ、取り繕うのに精一杯で、気の利いたエスコートなんて出来なかったな。


「陽太、ほら、はーやーくー!」


 それでも、本当に楽しそうに――記憶の中にしかなかった笑顔を見せてくれる……

 あの頃の彼女と過ごす時間を、重ねる度に、毒気を抜かれていった。

 社会人生活で荒れ、ささくれ立っていた心が、少しずつ、瀬奈こいつに何のわだかまりも抱いていなかった、あの頃へ戻っていくようで。

 気が付けば、これが夢なら、覚めないで欲しい、と思うくらいには、絆されてしまっていた。


 ただまあ、それも、要らぬ心配だったんだろう。

 一月、二月と過ぎても、一向にこの不可解な事態が、終わる気配は見えなくて。

 そんなこんなであっという間に一年、二年と時間を重ね、気が付けば受験を乗り越え高校生、と来たものだ。


 二度目の高校受験は、三度目は流石にごめんだと言いたくなる程度には、面倒だったと付け加えておく。


 そして、今日も、下校時間。

 お互いに部活を終えて、疲れ切った体で、瀬奈と二人きりで帰り路を歩く。


「……なあ、瀬奈」


「ん……何、陽太?」


 あどけない笑顔で、自然と俺の手を握って、隣にいてくれる彼女を見て

 何も知らないふりをして、このままでいても、いいんじゃないか、なんて考えも頭によぎる。


 ――けれど。


「……お前は、いつ戻ってきたんだ?この時代に」


 気が付けばこの数年、心のどこかで、僅づつ、積もっていた疑念が、滑り出ていた。

 確信があった訳じゃないし、自分でも、なぜこれを口にしてしまったのか、判らない。


 瀬奈が俺の言葉に、沈黙したのは、ほんの一瞬。

 けれど、確かにその表情が強張ったのを見て――わかってしまった。


 ああ、やはり、そうなのか、と。


「……そっか、告白された次の日の時、何か様子がおかしいと思ってたけど。

気のせいじゃ、なかったんだね」


 意味が分からないと……しらばっくれる事だって、出来た筈なのにな。

 瀬奈は幼さを残した顔立ちに、大人びた、諦観の混じる笑みを浮かべて、応えてくれた。


「一応、最初に断っておきたいんだけど……

何で、こんなことに起きているかとかは、あたしにもわからない。

ただ……この、タイムリープっていうの?

あたしが今の状態になったのは、多分陽太が戻ってきた、半年くらい前かな」


 ね、と首を傾げて、瀬奈は言葉を続ける。


「陽太は、丁度、あのときの、翌日からだよね……

なんで、あたしもそうだって、わかったの?

やっぱり……あたしが、陽太の告白を、受け入れてたから?」


「それもないわけじゃ、なかったんだが……

強いて言うなら、昔の俺が欲しかった態度を、先回りするみたいにくれた、からかな。

この何年かの間は……正直、本当に、楽しかった。

ただ、こう言っちゃあ、何だがな……

昔のお前は、こんなに俺に優しくはなかったよ」


 瀬奈は、そっかあ、と夕日を見上げて立ち止まる。

 彼女の手を握りしめたままの俺も、一緒に立ち止まり、僅かな間に耐えかねて、声をかけた。


「なあ、折角の人生をやり直す機会なのに……何で、昔の俺の告白を受けたんだ?

他の奴を、選ぼうとか……考えなかったのか?

正直、あの時……かなりきつい事をいったと、思ってるんだが」


 そんな俺に、瀬奈は苦笑いと共に、俺へと向き直り、

 彼女の腰まで垂れたポニーテールを、風で揺らしながら、言葉を返す。


「なんだかんだ言っても、やっぱり陽太は、優しいね。

きついって言ったけどさ……本当のことでしょ?

『前』の時あたしが言ったことも、やった事も、全部あたしだけに都合がいい、ふざけた内容だったじゃん」


「いや、それは……」


 言葉に、詰まった。

 今の俺には、それを肯定する事も、否定することもできない。

 それだけ、この数年、彼女と過ごした時間は……心地よい、幸せなものと感じていた。


 そんな様で、どの面下げて、瀬奈の事を非難できるというのか。


「あたしはさ、多分、『前』の時は、何にもわかってなかった」


 初めは、肉体の若さから湧き上がる活力を持て余して、それに引きずられているだけだと思っていた。

 けれど、それだけでは……なかったんだろう。


「何となくで、告白をうけちゃって、それで相手を選んで……」


 多分俺は、きっと……心のどこかで、この時代ころ瀬奈こいつに、想い出に……未練があったのだ。

自分では、とっくに割り切ったと思っていたつもりだったが、そうではなかった。


「その癖、陽太に甘え続けて、傷つけて、見限られて……」


 無自覚に引きずっていたからこそ……

 『一度目』に再会した時は、徹底的に瀬奈こいつを拒絶したし、現在いま瀬奈こいつとの関係やりなおしには、こうまでのめりこんだ。


「それで、いろいろあって、ようやく目が覚めた頃には、もう手遅れ」


 ……我ながら、酷く身勝手な話だ。

 一体、『一度目』で俺の稼げるようになった途端に群がってきた女共と、何が違うというのか。


「……結局、全部陽太が言った通り。全部、あたしが悪いの。

その場限りの浮ついた気持ちで若い時間を、どうでもいい相手に無駄に浪費しただけだった」


 そんな俺の葛藤を見て、瀬奈は……

 きゅ、と繋いだままの手で、縋る様に、僅かながら力を込めて、言葉を続ける。


「……だけど、さ。

理由は分からないけど……こうやって、『前』に無駄にした時間をやり直す機会を、もらえたから。

今度は、全部の時間を陽太のために使おう、って決めたんだ」


 瀬奈は、それでね、と言葉を切って、まっすぐ、こちらを見つめたまま……歩み寄ってくる。


「改めて……あたしのほうからも、告白するね。

一度、どうしようもなく間違えちゃってから気付いた、バカなあたしだけど……

それでも、やっぱり陽太の事が、好きです」


「……もし、『一度目』の時のことを、引きずってるだけだったら」


「違うよ、だって……あたしも、陽太と一緒にいられたこの時間が……

本当に、懐かしくて……それ以上に、楽しかったから。

でも、最初から、『前』の時からこう出来てたらなって、何度も、何度も頭によぎって……

今が楽しければ、そのぶんだけ、また、どっかで、間違えて、台無しに、しちゃうんじゃないかって……怖くて。

本当に、あたし、バカ、だった、な、って……」


 声を震わせつつも、瀬奈が感情を吐き出す勢いは止まらない。

 いや、と何か返そうとする俺を遮るように、彼女は言葉を連ねて来る。


「……過去に捕らわれるなとか、前を向いて別の道を生きろとか。

そう言う言葉は、お願いだから、言わないで」


 瀬奈が先んじて差し止めて来たそれは、『一度目』に拒絶した後ろめたさから……

 今正に口にしようとしていた言葉。


 大人の処世術、と言ってしまえば、まあそれまでなんだろうが……

 結局相手の事を見限るものであることには変わりがない。


「あたし、陽太の為なら、なんでも、するから。

今度こそ、ぜったい、ぜったい、まちがえないから……」


 瀬奈の言葉に、何故そこまで、とは、思わなかった。

 ……薄々ではあるが、判ってはいた事だ。


 この数年、こいつも俺の事を、傍で見続けていた。

 積み重なる、僅かな違和感から瀬奈もタイムリープしていた可能性に気付いたように。

 こいつも、何かしら、勘づいてはいたのだろうと思う。


 それでも、俺の隣に居る事を選んだという事は……


「ずっと、あたしとずっと一緒に、いて……っ」


 やり直してください、と、最後には消え入りそうな声で懇願してくる彼女に、声を絞り出して、答える。


「……俺で、いいのかよ」


 今更、ではあるが……ここで逃げてはいけないと、思ったのだ。


「陽太じゃなきゃ、もう、嫌なの。

自分でも、都合のいい事言ってると思うけど……

変に遠回りをして、正直な気持ちをはっきり伝えないで、また後悔し続けるよりずっとマシだから」


 そうかい、と空いているほうの手で、こめかみを押さえつつ応じて……はあ、と息を吐く。


 『また』、か。


 いや、本当にどうしようもなかったな。……お互いに。


「『一度目』の時には、大分拗らせてたような男だ。

言っちゃなんだが、相当面倒臭いぞ」


「……うん、知ってる。けどさ」


 言葉を切って、瀬奈こいつは目の端から涙を滲ませつつも、苦笑いして、続ける。


「面倒臭くて、みっともなく陽太にしがみついてるのは、あたしだって同じだし」


 はっきり言うなあ、と思わずぼやいてしまう。


 実際、『一度目』で俺と瀬奈こいつがやらかした事は、すれ違いとか、ほろ苦いうんたらだなんて、気取った言い回しで表せるようなものでもない。

 ただ若く、未熟だった馬鹿二人の……正にみっともない空回りだ。


 それでも、自分の中にあったものを一度認めてしまえば、次の言葉はするりと出てくる。


「じゃあ、一緒にいてくれるか?

 これからも、ずーっと、な」


 瀬奈へ返す言葉は、多分最初から決まっていた。

 ここで拒むのであれば、いくらでも機会はあった筈なのだから。


 「……いいの?

 その、あたしだって、薄々気づいてたのに……陽太に言えなかった。

 受け入れてもらえないんじゃないかって、怖くて……

 ウソを、ついてたようなものなのに」


 「嫌なら、何年も一緒にいないって。

 俺だって似たようなもんだよ、実際な」

 

 そもそもが、今の今まで、お互いに相手の事情に薄々は気づきながら、恋人として過ごしてこれたのが、答えみたいなものだろう。

 本当に何も経験がなかった『一度目』ならばいざ知らず、今の俺は間違わない人間などいないと知っている。

 色んな意味で、失敗なら、散々してきたし……まあ、お互い様だ。


 それを飲み込めてしまう程度には、瀬奈こいつといる時間は、楽しかった。


 勿論忘れたら不味い事だってあるだろうが、それはそれ。

 今は、素直に手を掴めた機会チャンスを、逃したくない。


 「ぁ…………うん、それじゃ、これからも、よろしく!」

 

 僅かな逡巡の後、笑顔で繋いだままの手を引き、更に俺の腕を抱き込む形で絡めて、ぎゅう、と身を擦り寄せて来る瀬奈に、安堵を覚えている自分に気付いて、苦笑い。

 ……本当に、似た者同士だな、俺達は。


 とりあえず、お互いの腹の中に隠していたものは、全てでは無いにせよ、吐き出せた。

  

 ――残りは、これから一緒に過ごしていく中で、少しづつでも解決していければいいと思う。


 もちろん、上手くいかないことだってあるだろうし、躓く事だってあるだろうけど。


 それでも、これから瀬奈こいつといる時間は……

 きっと、悪いものにはならないと思うから。

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幼馴染は尻軽女+α 金平糖二式 @konpeitou2

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