第31話  水の都


 ウィルはリンを抱えたままブレードを引き抜くと、斬りかかってきたビュルネイ兵の首を叩き斬り、返す力でもう一人の敵兵の体を一刀両断に斬り下ろした。


 そうして駆け寄って来た部下へ、

「強い電磁波を浴び過ぎたようだ」

と言って足を止めた。


 紺碧の機械鎧を着た部下はシールドを上げると、

「心臓が電気を帯びて激しく動き過ぎているのですよ」

と言って人差し指をリンの胸部へ突きつける、苦しがっていたリンが気絶した様子で脱力した。


「左腕の止血も簡単にでも済ませておかないと」

 部下が肩口から縛り上げて特殊なフィルムで覆うと、ビュルネイの飛空艇を撃ち落とした漆黒の飛空艇が頭上で停止する。


 ステルス化で姿を消していたアドリスヴィル皇国の船が姿を顕わしたのだ。

 シュナの流砂の上に着陸したのは小型の船艇で、大型の二艘は敵を薙ぎ払う為の攻撃を開始する。


「王よ、自分勝手に船を降りられては困ります」


 慌てた様子で駆け寄る忠臣の言葉などに耳を貸す様子も見せず、ウィルはリンを抱きかかえながら船の奥へと運んでいく。すると、白衣に身を包んだ白髪の老人の前へリンを差しだして命令した。


「死なすわけにはいかん、最上の敬意を持って治療にあたれ」

「最上の敬意ですか?」


 空中に浮かぶストレッチャーにリンは乗せられると、触手がリンの器械鎧を取り外すようにして脱がせていく。

「私の妻になる予定の人であり、アヴィス殿の娘御だ」

「さようにございますか」

 白髪の老人は、恭しく辞儀をすると、

「わたくしにお任せくださいませ」

処置室の方へと戻っていく。


 透明の壁で囲まれた処置室は無菌状態となっており、機械と共に医師のベレンが全裸となったリン・ヴィトリア・アヴィスの処置を施していく。


 その姿を沈痛な面持ちで見つめていると、

「苛烈王と言われる貴方の、そのような顔を見たのは初めてのように思いますな」

という野太い声が背後からかかってきた。


 中背でありながら筋骨たくましく、顔に幾本もの深い皺を刻みながらも若々しいオーラのようなものを感じさせる。髪の毛は真白となりながらも、その瞳は漆黒の闇を映し出し、まっすぐな瞳となって処置を受けるリンを見つめているようだった。


「娘の事は気にする必要はない。あの娘にはいつの時でも戦場で死ね、そのように言って聞かせて育てたようなものですから」


「私のお遊びが過ぎたのだ、あの時、リンを回収するべきであったな」


 敵の侵攻が明らかとなった時に、リンには後方へと下がるように指示が出されたはずだった。だと言うのに、リンが前線へと出たのはドロテア・ベルツが関わっていたからだろう。


 ベルツ男爵家の令嬢であるドロテアは、末端貴族の令嬢というだけの身分のくせに、少なくない影響力を周囲にもたらしていく。


 彼女の虜となったビュルネイの第四王子しかり、バッテンベルグ伯爵家の嫡男しかり。彼女と真実の愛宣言を交わしたエルマー・バールは、惨たらしい死に様を晒すこととなったようだが、痴情のもつれとして処理されるらしい。


 ドロテアに関わると碌なことがないというのが、ウィルの友人パトリックの感想だが、結果、リン・ヴィトリア・アヴィスは死にかけた。呑気に様子見などするべきではなかったのだ。



「王都ナヴァンのクーデターが収まるのに少々時間がかかり過ぎたようですが。今、ようやく落ち着きをみせたようですね」


 リンの父であるアヴィスが腕輪のダイヤルを合わせると、空中に画像が映し出される。こちらに向かって実況中継をする女の背後には煙をあげるアーバスノット宮殿が映し出されていた。


「第三王子ルークによるコルツバ・アーバスノット王およびヘイリー第一王子の暗殺が行われ、王宮内は一時混乱の極みとなりましたが、パトリック第七王子が指揮する近衛騎士団の働きにより鎮圧に成功する事となったようです」


カメラは右に回転すると、水晶の屋根が無惨に砕け散ったパレス宮へと画面は移動し、その上空を旋回したフィルデルン王国の飛空艇が王宮庭園へ着陸する様が映しだされる。


「今、着陸した飛空艇から降りて来られるのが近衛騎士を指揮するバース閣下、そしてその後ろにはフェデラル将軍が続いて来ます。そしてその後ろには、皆さん見えますか?エルトワ戦線の影の立役者とも言われるパトリック王子が降りていらっしゃいました。その隣りにいる武人は、奥様であるイヴァンナ夫人ではないでしょうか?夫人もまたエルトワ戦の勇者と称えられる人であり、現在はローフォーテン領の軍部を指揮されているのだという事です」


 カメラがくるりと回転し、今度は王宮の周りへ集まった群衆が映し出された。


「見て下さい、第七王子パトリック様を祝福して歓声があがっております。ルーク王子はクーデターで自分の尊父を含め、集めた親族全てを虐殺するという事をなさったが為に、生き残った王族はパトリック王子だけという事になりました。新たな王の誕生にみな祝福しているのでしょう」


 うんざりとした様子でウィルはため息を吐き出した。

「今時、電波放送などというものを喜んで見る人間がいるものなのだな」

「だったら王は自分の目で見る方が好きなのかね?」


 場所を移して飛空艇の窓から眼下を見下ろすと、ギルデア山の頂上に位置するバッテンベルグ家を包囲するようにして、ゲリラ部隊との戦闘が始まっている様子が遠くに見えた。


「娘の友達が頑張っているんでね、王からの餞別という事でバッテンベルグの屋敷に、何発かくれてやってはくれないかね」

 うんざりした様子でウィルが右手を挙げると、即座に飛空艇の砲門が開き、重レーザー砲が撃ち込まれていく。


「それで?後は、私はなにをすれば良いのかな?」

 ウィルに問いかけられて、アヴィスは小さく肩をすくめてみせた。


「後は王都ナヴァンに着くまでゆっくり休んだらいいんじゃないか?それで王都に着いたらアドリスヴィル公国の王としてあいつを祝福してやってくれよ?なにせあいつは、俺の妹が産んだ子供だからな」

「パトリックがお前の妹の子だと?」

「そうさ」


 アヴィスは目を細めた。

「パトリックに黒い部分など何もないではないか?」

「奴の目の色は本来は黒なのさ、レンズを入れて黒とは分からないようにしているんだ」

「なるほど」


「王の元へ献上された姉が王の子を宿す事となった、それがゆえに酷い目に遭う事となったのだがな。まあ、うだつの上がらぬ7男だからローフォーテンで引き取った。それがまさかの王位継承だというのだから、世の中なにがあるか分からないものだ」


「パトリックとは学院で一緒だった頃からの友なのだ。第三王子が王位を継承すれば自分の家族の命が狙われる事になると泣きつかれてな、どうにかしてくれと言うのだからどうにかしてやったのだが」

「王位継承などしたくないと最後まで愚痴を言っておったな」


 アヴィスはそう答えて苦笑を浮かべた。

「王位継承など誰がしたいものかよ」

 ウィルが不服そうに顔を歪ませると、

「アドリスヴィル皇国のウィリアム・フォン・ラムスドルフ・アドリスヴィル王が何をおっしゃる」

アヴィスはフンと鼻を鳴らすと、見上げるほどに背が高いウィルの顔を見あげた。


「それで、俺の娘が妻やら何やらと言っていたようだが、何かの聞き間違いかなにかか?」

「聞き間違いではない、妻にするつもりだ」

「まさか・・・片腕がないのだぞ?」

「それが何だというのだ、そもそも嫁にしろ、嫁にしろと言っていたのはアヴィス殿ではないか」

「それはそうなんだがな」


 アヴィスは自分の髪の毛を掻き回しながら不服そうな表情を浮かべた。


「世界は水が不足し、枯れ果てて待ったなしの状態の所にまで来ているのだぞ」

「そりゃそうなんだが」

「あの娘と共に世界に水の都を増やす、それも一興じゃないかと思うのだがな」

「・・・・・」

 その時、ウィルが浮かべた凄味のある笑みを見上げて、思わずリンの父であるアヴィスは生唾を飲み込んだ。


 外では雨が降っている、ケブネカイル渓谷に横たわるビュルネイ軍の侵攻は止まったまま、その上に雨が降り注いでいる。小型の飛空艇が着陸して、残党の処分と生き残ったリンの部下の回収を始めている姿が霞んで見えた。


                      〈 完 〉

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水の都  〜結局、私の結婚相手は誰になるの?〜 もちづき 裕 @MOCHIYU

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