第30話  雨粒

 水がなかった。

 雨の季節になっても、いつまでも雨が降らない。

 草木が枯れ果てて、クティを放牧させる土地すらなくなりそうだった。

 地下水も枯れ果てて、水を求めて半日も歩かなければならない事も増えて来た。

 空は晴れ渡り、雲ひとつ浮かばない。

 灰色の雲が空を覆ったとしても、雨粒を落とさない。

 ああ、この腕から流れ出る血潮が空中に飛散し、雨を呼ぶ事となればいいのに。

 汚染された土地は乾き、乾きが汚染を広げていく。

 水を、水を落とせば何かが変わるかもしれない。

 雨を、雨を降らせる事が出来たなら、世界に水の都を幾つも作れるのに。


「あめ・・あめ・・降れ降れ・・母さんが・・ジャノメでお迎え・・嬉しいな・・ピチピチチャプチャプ・・ランランラン・・」


 ああ、雨が降ればさ、人は苦しまずに済むと思うのに。

 雨さえ降れば、人は争わなくても良くなると思うのに。


 雨が降らないビュルネイ公国が、先がない状況に追い込まれているってことは知っているよ。だけど、自国に水を引き込むために、シュナの川を渡るのは無茶が過ぎるだろう。


 移動中の兵士たちがどれだけの汚染を受けるのか。

 ここで戦う兵士たちのどれだけが、後世まで消えぬ烙印を押されることになるのか。


 私なんかここで死ぬからいいんだけど、うっかり生き残ったら大変なことになると思うよー。特級汚染地域での被曝は、遺伝子まで損傷するほどの被害をもたらすものだから。


「リン」


 フルフェイスのマスクが降ろされると、灰色がかった空がよく見えた。

 今日は曇りなのか、雨は降らないくせに雲は空を覆う。

 どうやったら雨って降るのかな、日本にいた時に真面目に勉強しておけばよかったな。


 透明な膜のようなもので覆われると、息をするのが楽になる。

 自分の顔を覗き込んでいるのは最近知る事になった男の顔で、スミレ色の瞳が憂いを含んでいるように見えた。


「ああ・・ウィルさん・・・あなたの顔が最後に思い浮かぶとは思わなかったな・・・」

「口を開くな、すぐに救護挺へ連れて行く」

「ウィルさんも機械鎧(アルマジマキナ)つけているの?こんな場所でフルフェイスマスクをおろしたら危ないよ?」


 ウィルさんは、漆黒の機械鎧に身を包み込んでいた。

 軍人上がりの商人さんは、緊急時は機械鎧を装備したりするもんね。


「マスクがなくてもある程度の保護は出来るようになっているんだ」

「最新型?マジですご・・」


 最新型の鎧だったら、アリーセがナ○シカを強行しても大丈夫そうだな。

 思わず笑いながら目を瞑る。私の生き様、こんなもんだったけど、ある程度、敵の侵攻を止められたとは思うから、これはこれで良かったんじゃないかな?


 息はしやすくなったけど、もうすぐ自分が死ぬのはよく分かっていた。

 おばさんが壺詰めになって帰って来てから、戦地で死のうとは思っていたから、最後にはウィルさんというイケメンに看取られて本望ですわ。


 ああ、最後に一度だけ、あちらの世界の歌じゃなくてこちらの世界の歌を歌おう。


『雨をよべよべ・・よべよべ私の血よ・・私の黒き血よ、黒き雲となって雨をもたらせ・・そうして世界に水の都を・・水の都を作り出そう・・全ての人が水を求めて訪れる・・水の都を・・世界へ・・世界へ・・』


 ご先祖様が歌っていた歌らしい。

 ドロテアの言う通り、遥か昔には大陸を統一して水の都を作り出していたのかもしれない。いいなあ・・水の都・・神様・・次回は是非ともハリウッド映画とかじゃなくて・・もっと穏やかな世界へ転生させてください。


 頬に雨粒が落ちてきた。

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