胤田一成

 一、精神感応機オルゴール

 

 横浜市金沢区ヨコハマ港の埠頭ふとうに一隻の大型クルーザーが係留けいりゅうされている。彩り様々なネオンライトが船体を飾り、時折、響く歓声は粘性の波しぶきに紛れて消えてゆく。

 ヨコハマニュータウンの経済中核である船舶せんぱくカジノは今宵も盛況らしい。電子チップがカウンターの間を飛び交い、客は血眼になってカードを見詰めている。人々はギャンブルの結果に一喜一憂いっきいちゆうしては黄色い声を上げていた。

「あら、美紀香みきかさんじゃないの――随分とギャンブルに勝ったみたいね。羨ましいわ!」 

 御子柴みこしば梢江こずえは真紅のドレスを身にまとった女性――九条くじょう美紀香みきかに声を掛けた。彼女はカクテルグラスを片手にしたまま振り返った。その表情には勝利者の満足が見て取れる。

 梢江こずえは今朝の精神感応機オルゴールのダイヤルを調し間違えたことを後悔していた。今すぐにでも、ヘッドセットをかぶって横になりたかった。もっとハイになる必要がある。

「私の方は全然ダメ。運に見放されちゃった感じね。せめて、もっとハイになれたら良いのだけどね」

 美紀香みきかは手にしていたカクテルグラスをカウンターテーブルに置くと、最新モデルの蒸気タバコにパーラメントのカートリッジを挿し込み、シャボン玉のような気泡バブルを吹かし始めた。気泡バブルは彼女の口紅に濡れてわずかに赤い。梢江こずえ美紀香みきかの妖艶な仕草しぐさに思わず見惚みとれてしまう。

美紀香みきかさんが羨ましいわ。私は本当にダメね。仕事も恋愛も、おまけに運にも見限られちゃうんだもん。親の遺産を食い潰して暮らすのも限界だわ」

 梢江こずえは思う。「やはり、精神感応機オルゴールのダイヤルを8、いや10にセットしておくべきだった」と。実際、梢江こずえの脳神経細胞は不活性状態におちいりつつある。彼女はバーテンダーにウィスキーをロックで注文するとカウンターシートに腰掛けた。緑色のハンドバックから蒸気タバコを取り出してくわえる。

「自分を卑下ひげしてはいけないわ。梢江こずえさんの声楽家としての実力は本物よ。機会さえ訪れれば出世できるはずよ。悩みがあるならカウンセリングしてあげる。精神科医としてサポートするわよ」

 九条くじょう美紀香みきかはウインクをして言った。彼女が優秀な精神科医であることは梢江こずえも知っていた。だが、梢江こずえは精神科医療の効果を信用していない。

 最先端技術である〈ブレイン・マシーン・インターフェイス(通称、BMI)〉を用いた非侵襲ひしんしゅう型の精神感応機オルゴールのヘビー・ユーザーの一人である御子柴みこしば梢江こずえにとって、言葉の応酬を繰り返して治療するという精神科療法は、いかにも間怠まだるっこしい前時代的方法のように思えてならなかった。

 或いは、彼女の声楽家としてのプライドが治療を受けることを拒否させているのかもしれない。ほとんど無名に等しい歌手であったが、梢江こずえは金満家の一人娘ということもあり、アーティストとしての自尊心だけは強烈なまでに固持こじし続けていた。そういった、みずからをたのまんとする性情が精神科療法を軽視させていたのかもしれない。

「御好意深く感謝いたします。でも、私には精神感応機オルゴールがございますから。今朝は調をミスしてしまったみたいなの。家に帰ったらダイヤルを直さないと――」

 美紀香みきかに不快を感じさせないように断るつもりだった。だが、梢江こずえの意に反して美紀香みきかは嬉しそうに掌を叩いて笑い始めた。その様子はいとけない女児のように邪気のないものであった。

「ああ、なるほど! 、あれは素晴らしい発明よねえ。あなたもあの機械の信奉者だったのね。それなら、良い提案があるわ」

 美紀香みきかは妖艶な微笑みを浮かべながら声を落とした。梢江こずえも思わず身を乗り出してしまう。「この女医は何か非常に魅惑的で、かつ危険な提案をしようとしているのだわ」と梢江こずえは直感していた。美紀香みきかは言う。

「あのね、実は私もを持っているのよ。それも、とびきり素敵なモデルのね。きっと、あなたもお気に召すと思うわ!

 私、このヨコハマ港に秘密のアート・ギャラリーを保有しておりますの。いつも、カジノの帰りに立ち寄るようにしているのですけれど、是非ぜひとも梢江こずえさんをご招待したいと考えておりますの。きっと、満足して下さると思いますわ!

 だってね、そのとびきり素敵ながそこに隠されているのだから。勿論もちろん、今晩にでも試して下さって構いません。どうやら、ご気分も優れないようですし――私のアート・ギャラリーで休んでいきませんか?」

 美紀香みきかはこんな事を早口でささやいた。精神感応機オルゴールのヘビー・ユーザーである梢江こずえが喜んだことは言うまでもない。今晩はひどく憂うつな気分だったし、〈アート・ギャラリ―〉という文句にも興味をそそられた。何よりも、自分を一人のアーティストとして扱ってくれていることが嬉しかった。

 バーテンダーがしずしずと差し出したウィスキーグラスに手を伸ばすと、梢江こずえ美紀香みきかはクスクスと忍び笑いをしながら乾杯かんぱいした。グラス同士を打ち鳴らす音色が軽やかに響いた。



 二、乱歩地獄


 九条くじょう美紀香みきかのアート・ギャラリーはヨコハマ港の最奥にあった。巨大なコンテナを改造したもので、居住性にも配慮しているため、ちょっとした秘密基地のような印象を感じさせるものだった。

 美紀香みきかは銀色のシボレー・カマロを停車させると、御子柴みこしば梢江こずえを伴ってコンテナの前までやって来た。彼女はハンドバックからカードキーを取り出すと、扉の横に刻まれた溝にスリットさせた。プシュウという空気をし出す音と共に秘密基地の扉が開いた。

「さあ、歓迎致しますわ」美紀香みきかはそう言うとエントランスに備えられたサイド・テーブルにバックを置いた。梢江こずえも彼女にならって装飾具のたぐいを置いていく。靴を脱ぎ捨て、緋色ひいろ絨毯じゅうたんの上を素足で歩いた。「はこの建屋の最奥にしつらえておりますのよ。それまでコレクションをご覧下さいまし」

 ギャラリーは様々な部屋で区切られており、遠い昔に失われたはずの芸術品の複製が飾られている。複製品コピーとはいえ、名匠めいしょうの手による貴重な品物ばかりである。3D複製機プリンターによる粗悪品ではない。おそらく、莫大な資金を注ぎ込んで蒐集しゅうしゅうしたものだろう。

 美紀香みきか蒐集品しゅうしゅうひんは多種多様だったが、ある種の偏向へんこうがあることに梢江こずえじきに気が付いた。月岡芳年つきおかよしとし無残絵むざんえ河鍋暁斎かわなべぎょうさいの幽霊画、ハンス・ベルメールの球体関節人形きゅうたいかんせつにんぎょう、果てはルーヴル美術館と共に焼失したはずのミロのヴィーナス像まである。梢江こずえはこういった芸術品を一つずつ鑑賞するごとに眼がくらむような微妙な違和いわを感じずにはいられなかった。

「美しいでしょう? でも、私が一番好きなのはこれよ。あなたは江戸川乱歩を御存知かしら?」

 そう言うと、美紀香みきかはショー・ケースに飾られた一冊の稀覯本きこうぼんを指さした。それはポケットに収まる程度の大きさをした黒色の本だった。金文字の表題が美しい。

 かつては大量に製作されていたものだが、あらゆる情報をデジタル化する法案が施行せこうされてから書籍は貴重品となった。青少年育成保護法という法律が、その情勢を後押しした。今や、江戸川乱歩の名を知る者さえ珍しい。

「江戸川乱歩――。名前だけなら存じておりますが、例の法律が施行せこうされたこともございまして、読んだことは一度もありません」

「それは残念ね」と美紀香みきかはため息を漏らしたが、ぐにいつもの微笑みを取り戻して話を始めた。彼女は毒々しくも美しい乱歩の小説ついて熱心に説いた。

「――という小説家が江戸川乱歩なの。とりわけ、私が好きな作品は『芋虫いもむし』という短編小説ね。むごくて、おぞましくて、美しいわ。四肢を切り落とされた伴侶はんりょを飼育するなんて素敵だと思わないかしら?

 このアート・ギャラリーに並ぶ芸術品は全て乱歩にささげるために蒐集しゅうしゅうしたつもりなのよ。特にミロのヴィーナスは素晴らしいわ。両腕を失っても――いえ失っているからこそ、美しいのよ。仮に腕が付いていたら、何となく無粋ぶすいな感じがするもの。

 ああ、なんて素敵なのかしら。狂おしいまでに美しい万華鏡まんげきょうの世界を乱歩は編み出したのよ。でもね、一つだけ不満に思うことがあるの。何故、乱歩はあのようなタイトルを付けたのかした。私ならもっと素敵な名前を授けるわ。例えば、そうねえ――」

 美紀香みきかは話し続けながらも、歳若い声楽家を連れて、ついに最奥の部屋の扉を開けた。空気圧の抜ける音がむなしく響く。

 その部屋は豪奢ごうしゃな装飾に彩られた寝室だった。中央には天蓋てんがい付きの立派なベッドがしつらえられており、錦織にしきおりのカーテンで囲われている。ロココ調のデザインが施された猫脚ねこあしのサイド・チェストの上に、複雑な構造をした機械が置かれていた。「あれが最新式の精神感応機オルゴールかしら?」と考えて梢江こずえは期待で胸を高鳴らせる。

「そうねぇ、私ならこんな題名を授けるわ。たった一文字で『かいこ』とね。ねえ、素敵だと思わないかしら?」

 美紀香みきか天蓋てんがい付きベッドに歩み寄ると、錦織にしきおりのカーテンをそろそろと引いた。思わず、梢江こずえはアッと小さな悲鳴を上げてしまった。

 そこには明らかな悪意の産物が横たわっていた。回廊かいろうで見てきた芸術品の数々が梢江こずえの脳裏をひらめいてよぎってゆく。そこに乱歩の話が糸のように絡みつき、やがては巨大な繭玉まゆだまとなって形をしてゆく。

 梢江こずえは衝撃のあまりに尻もちをついてしまった。彼女の醜態しゅうたいを指さして、美紀香みきかが狂ったように笑い始めた。――オホホホホホホ!

 天蓋てんがい付きベッドの上に横たわっていたものの正体は、両腕と両脚を根本近くから切断された男性だった。彼は真っ白な浴衣ゆかたに包まれて静かに寝息を立てている。美紀香みきかの狂ったような笑い声にも動じずに眠り続けている。

 梢江こずえの脳神経細胞に痙攣けいれんめいた生体電気が流れる。彼女はたまらず嘔吐おうとした。大理石の床に黄色い花が咲く。乱歩が夢見た地獄がそこに広がっていた。



 三、雌雄


「御紹介させていただきます。こちらは我妻あがつま貴彦たかひこさんといって高名な作曲家アーティストで――」梢江こずえ呆然ぼうぜんとした脳で美紀香みきかの話を反芻はんすうする。我妻あがつま貴彦たかひこの名前なら知っていた。記憶が正しければ、彼は数年前に謎の失踪をげた著名な作曲家アーティストのはずだ。愛人と一緒に国外へと逃亡したという噂だったが、まさかこのような姿になっていたとは。「彼こそが私の大切なですわ」

 美紀香みきか一頻ひとしきり笑った後に大胆に言って退けた。梢江こずええは恐ろしさのあまりに思わず身震いした。この女医の底知れない悪意が怖くてしようがない。美紀香みきかは彼を「オルゴール」と呼んだ。それが意味するところとは?

「彼は本当に素敵な作曲家アーティストなのよ。さあ、貴彦たかひこさん――あなたの音楽をかなでて頂戴ちょうだい

 そう言うと、美紀香みきかはサイド・チェストの上に置かれた機械のダイヤルをひねった。先程まで静かに寝息を立てていた我妻あがつま氏の眼が大きく見開かれる。そして、肉体をガクガクと痙攣けいれんさせながらハミングを始めた。ルウルウルウ、という歌が部屋に響く。――ルウルウルウルウ!

「ねえ、素敵な曲でしょう? 貴彦たかひこさんに意識は全くないわ。彼は本物のオルゴールになったの。梢江こずえさんは精神感応機の信奉者だったわね。貴彦たかひこさんの脳髄には無数の電極が打ち込まれているのよ。つまり、侵襲しんしゅう型のBMIが施されているわけ。後は定期的にLSDを投与とうよすれば完璧だわ。電極に生体電気を流すだけで彼は歌をかなでる。それも、とても素敵な歌をね。彼は私の大切な楽器なの。でも、残念ながら音がびついてしまっているようねえ」

 美紀香みきかはちょっと嘆息たんそくしてみせた。確かに我妻あがつま氏の歌は美声とは言い難い。声楽家を自負じふする梢江こずえにははっきりと分かった。「私ならもっと上手うまく歌えるはずだ」と彼女は思い、また、その発想がいかに危険なものであるかに気が付いた。その時、美紀香みきかの涼し気な目許めもとしわが寄った。

「彼は私の可愛い『かいこ』なの。ところで、『かいこ』は人の力を頼らないと繁殖はんしょくできない虫だということは御存知かしら?」

 美紀香みきか華奢きゃしゃな指先で機械のダイヤルをいじる。すると、我妻あがつま氏の肉体が再び痙攣けいれんを始めた。ギギギギギギギ、という歯軋はぎしりの音が寝室に響き渡る。それは梢江こずえの神経が摩耗まもうしてゆく音でもあった。

梢江こずえさん、あなたは本当に美しい歌声の持ち主だわ。私はあなたの声が欲しくてたまらないの。だからね、あなたにも『かいこ』になって欲しいの。貴彦たかひこさんのつがいになってもらいたいの。さあ、そんなに怖がらないで――」

 梢江こずえ我妻あがつま氏の下腹部が隆々りゅうりゅう屹立きつりつしてゆく様を見た。我妻あがつま氏は相変わらず耳障みみざわりな歯軋はぎしりを止めようとしない。

 緊張し続けていた梢江こずえの神経がプツンと音を立てて途切とぎれた。深い穴に真っ逆さまになって落ちてゆくような感覚に襲われて、ついに彼女は意識を手放した。



 四、蚕飼こがい


 ヨコハマ港に係留けいりゅうされた船舶せんぱくカジノから一人の女性がタラップを伝って降りてくる。黒服のガードマンたちがあたまれて九条くじょう美紀香みきか凱旋がいせんを見守る。最近の彼女は女王の風格すら身にまとい始めていた。

 美紀香みきかは銀色のシボレー・カマロに颯爽さっそうと乗り込むと、ナビゲーション・システムに座標を入力した。しばらくして、自動車が静かに水平移動を始める。彼女は柔らかなシートに身を預けながら、ヴーンというエンジンの駆動音くどうおんに耳を傾けた。後十数分も経てばアート・ギャラリーに到着するはずだ。

 美紀香みきかまぶたを閉じて夢想する。月岡芳年つきおかよしとし無残絵むざんえ河鍋暁斎かわなべぎょうさいの幽霊画、ハンス・ベルメ―ルの球体関節人形きゅうたいかんせつにんぎょう、ミロのヴィーナス像、そして江戸川乱歩の小説に思いをせる。

 彼女は深い安堵あんどと満足を覚えてため息をした。やがて、自動車の駆動音くどうおんが止み、ナビゲーションが目的地に到着したことをアナウンスした。

 美紀香みきかはカマロから降りるとハンドバックの中からカードキーを取り出して、扉の横に刻まれた溝にスリットした。空気圧が抜ける音と共に扉が開く。そこから先は極彩色ごくさいしきの地獄が広がっているはずだ。美紀香みきかは胸を高鳴らせながら回廊かいろうに踏み入って行く。

「私の愛しい『かいこ』は無事かしら?」ギャラリーの最奥を目指して足早に歩く。御子柴みこしば梢江こずえの四肢を切断する手術はとどこおりなく終わった。だが、『かいこ』の交配こうはいのことを考えるとLSDのような薬物は投与とうよできなかった。頭蓋骨を切開して脳髄に電極を刺す時でさえ、彼女は麻酔薬を使用することを躊躇ためらった。梢江こずえの身体はすこぶる健康であったが、苛酷かこくな薬物投与に精神の方が耐えられない可能性も充分に有り得た。「発狂される前に交配こうはいさせないといけないわね」

 美紀香みきかは寝室の前までやって来ると、幾分いくぶんか緊張しながら扉を押し開けた。部屋の中は森閑しんかんとしており、二匹の被験者は静かに眠っているらしい。美紀香みきかは部屋の中央にしつらえられた天蓋てんがい付きの豪奢ごうしゃなベッドに歩み寄り、錦繍きんしゅうのカーテンを引いた。

 二人の男女が寄り添うようにして眠っていた。四肢は根本から切断され、真っ白な浴衣ゆかたで丁寧に包まれている。ちょっと見ると産着うぶぎまとった巨大な赤ん坊のようでもある。

 その時、女の方が悪夢にうなされて身じろぎをした。モゾモゾとうごめく様は、まさに『かいこ』そのものである。

 美紀香みきかはうっとりとしながらも、ベッドの隣に備えられたロココ調のチェストを見た。机の上には複雑な構造をした機械が置かれている。彼女の指先が機械のダイヤルを微妙にひねった。

 ベッドの上に横たわる女――御子柴みこしば梢江こずえの目が薄く見開かれる。そして、微かな息遣いでハミングを始めた。――ルウルウルウ。

「ああ、美しい声だわ」梢江こずえの脳髄に接続された電極に強い電気を流せば、歌声はもっと明朗めいろうなものになるかもしれない。だが、これ以上の侵襲しんしゅうは危険でもある。美紀香みきか梢江こずえ覚醒かくせいすることで、計画が頓挫とんざしてしまうことを恐れていた。「私の愛しい。今はゆっくりとお休みなさい」

 電極に流される生体電気が途切とぎれると共に梢江こずえまぶたを閉じた。ぐに彼女はスウスウという安らかな寝息を立て始めた。その様子を見て、美紀香みきかは満足したらしく、穏やかな微笑みを浮かべた。

 じき御子柴みこしば梢江こずえ我妻あがつま貴彦たかひこの子を宿すことになるだろう。二匹の『かいこ』の遺伝子を継いだ子は素晴らしいとなって九条くじょう美紀香みきかの耳をたのしませることになるに違いない。こうして、美紀香みきかのアート・ギャラリーのコレクションは充実し、否応いやおうなしに地獄の様相をていしてゆくことになる。

 ルウルウルウルウルウ――。美紀香みきかのハミングが豪奢ごうしゃな寝室に小さく伝わる。二匹の『かいこ』は安らかな寝息を立てて眠り続けており、美紀香みきかつかだが母親の気分を味わった。美しくもむごたらしい芸術品に囲まれて、今夜も『かいこ』は地獄のような夢を見る。

 ルウルウルウルウ――という子守唄を口遊くちずさみながら、美紀香みきかは再び機械をもてあそび始めた。我妻あがつま貴彦たかひこの肉体が激しく痙攣けいれんする。彼の下腹部が隆々りゅうりゅう屹立きつりつしてゆく様を女医は冷徹な眼差しで見詰め続けるばかりである。本当の地獄はここから始まる。


                                                                        

                         (了)

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