後編

   

 お父さんがパタンと絵本を閉じた途端、ケンタくんは目を輝かせました。

「パパ、ありがとう! おたまじゃくしの手足は、おくすりのおかげなんだね! ママにも教えてあげてくる!」

 興奮気味に部屋を飛び出すケンタくん。廊下を走る足音から判断すると、どうやらキッチンへ向かったようです。

 一人残されたお父さんは、手に持ったままの絵本に視線を向けました。

「子供に対しての説明なら、これで良かったんだよな……?」


 今から30分ほど前のこと。

 幼い息子から「おたまじゃくしはどうして足が生えるの? なんで尻尾が消えちゃうの?」と質問されたお父さん。

 ケンタくん曰く、最初はお母さんに尋ねたのですが「ママにはわからないから、パパに聞いてみて」と言われて、お父さんのところへ来たそうです。

 お父さんは、ちょっと困ってしまいました。

 青虫がサナギを経て蝶になったり、おたまじゃくしがカエルになったり、成長の過程で大きく姿を変えるのは変態と呼ばれる現象です。それぞれ遺伝子にプログラムされている通りに変わるわけですが、その辺りの話を理路整然と説明するためには、ある程度の生物学的な知識が必要になるでしょう。

 まだサンタさんの存在を信じているほど幼いケンタくんには、とても理解できるような内容ではありません。


「それは……」

 適当な言葉を口にしながら、目が泳ぐみたいにして周りを見回すと……。

 ふと視界に入ったのが、絵本の並んだスチール棚。その一番端にあった『にんぎょひめ』でした。

「そうだ、これだ! これだよ、ケンタ。おたまじゃくしに足が生える理由なら、この『にんぎょひめ』に書いてある」

「えっ、そうなの? でもパパ、『にんぎょひめ』なら前にも読んでもらったけど、カエルもおたまじゃくしも出てこなかったよ?」

「うん、それは擬人化と言ってね。わかりやすく人間の絵で描いてあるだけで、本当は王子様はカエル、にんぎょひめはおたまじゃくしを示していて……」


 その調子で『にんぎょひめ』の絵本を開きながら、説明を進めたお父さん。

 本来の『にんぎょひめ』では、人間の姿となった人魚姫がせっかく王子様と再会しても、声が出せないので事情を説明できません。王子様の方でも彼女が命の恩人とは気づかず、二人は結ばれないのですが……。

 そんな二人の再会シーンで強引に「めでたし、めでたし」と絵本を閉じると、お父さんの話にケンタくんは納得。満足した様子で、お母さんのところへ駆けていったのです。


「うん、我ながら上手い説明だった気がする」

 改めて『にんぎょひめ』の絵本を開きながら、お父さんはニヤリと笑いました。

 特に『にんぎょひめ』の「美しい声を失う」という点を活かして「汚い声になったから、ちょうどカエルの鳴き声になり言葉が通じた」としたのが秀逸ではないですか。

 最近では「残酷な物語は子供に良くない」ということで、昔話や童話などの結末を改変することも流行はやっているそうです。そのうち『にんぎょひめ』も本当に、今お父さんが語ったみたいな物語に変わるかもしれません。

 お父さんは心の中で、ついつい自画自賛しながら……。


「そもそも『にんぎょひめ』の『尻尾を失って足が生えてくる』っていうのが、カエルの変態とそっくり過ぎるんだよなあ。もしかして『にんぎょひめ』って元々、おたまじゃくしがカエルになる様子から思いついた物語なのかな?」

 ふと、そんな勝手な想像もするのでした。




(「おたまじゃくしはカエルの子」完)

   

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おたまじゃくしはカエルの子 烏川 ハル @haru_karasugawa

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