第4話 若き英雄
砂漠の朦々とした熱気の中、私より一回り年下の少年が、汗だくになりながら剣術に励んでいた。ムハンマドの養子、アリーである。
さて、私はメッカでも有数の剣術家であるため、こうしてムハンマドの可愛がる大切な従兄弟アリーに稽古をつけさせてもらっているが、
(ムハンマドが可愛がる訳だ)
彼は確かに才能に満ち溢れていた。私が彼に教えた全てを彼は既に吸収し尽くし、さらには彼なりの改良を加えていたため、正直言って、私が今戦っても勝てる自信がなかった。
そんな私の気持ちも知らずに、無邪気に彼は私を剣術の師と慕った。そうして今も、一人でやればよいものを、わざわざこの炎天下に私を呼び出し、剣術の指南を頼んだのである。
と、一通り終わったのだろうか、アリーがこちらに駆け寄ってきた。
「何か助言がありましたら」
汗だくで息も絶え絶えになりながら、私に言った。
私はもう、ちょっとしたアラ探しをして、それを師匠面しながら指摘する事しか出来なかった。
(何も昼にやらなくても)
と少し思う。こうした砂漠地域では、激しい運動は夜に行うのが基本であった。
が、少し思い返してみれば私も武術大会に出ていた頃は確かに昼夜問わず稽古に励んでいた覚えがある。私はそこで、少なからず老いてきている自分自身を認識し、悲しくなった。
私も本当は、ウンマの中でもかなりの若手なのである。アブーやウスマーンが中年になっていく中で、私は彼らの代わりに前線を張る人間なのだという自負があったのだが、おそらくその役目はアリーが担うのだろうと思い、落ち込んだ。
アリーにはこういう部分がある。才能に溢れるだけでなく、純情で正義感が強い強者であるが故に、無意識に人間の弱い部分を刺激し、気付かないうちに憎悪や嫉妬を買う。そういう危うい部分があった。いずれウンマ内部の指導者となった時に反感を買うのではないかと杞憂するが、彼がまだ若いだけだと自分を安心させる。
「あとなぁアリー」
「はい!」
「実戦と稽古は違う。稽古では確かにお前は一人前の戦士になったが、戦場で目の前の人間を殺すとなれば話は別だ」
もっともらしい事を言うが、かくいう私も実戦の経験はない。
「いざムハンマドに刃が向けられた時、その盾となり、ウンマが負けて退く時、その殿として戦場に残る覚悟が、軍人には大事なのだよ」
少年の目は輝きをましていく。
「お前にその覚悟があるか?」
「あります!」
即答だった。いや実際彼はそうするのだろう。本当に、彼は強い人間だった。そんな輝きから目を背けたくもなったし、何故か泣きたくもなった。
「まぁ実際のところ」
消え入りそうな声を張り上げて言う。
「ムハンマドはいざ戦争となったら兵卒の一騎打ちは禁じている。これからは集団戦法によって遠いビザンツやペルシアにも対抗して戦争ができるアラブの軍改革が大事なのだ」
と、恐らく一騎打ちなら勝てないであろう自分を慰める。
「だから今言ったような事が実際に起きる事は、ないかもしれないな」
するとアリーは微笑んで
「でしたらまた今度、その集団戦法?とやらのご指南もお願いします!」
と言ってきた。
彼はこうして私の心を抉る。私は集団戦法とやらがどんなものか良く知らないし、仮に同じ段階からアリーとその研究を始めてもアリーの方が私より早く習熟するのは目に見えていた。
結局
「お前にはまだ早い、一度戦闘の死線をくぐり抜けた人間にしか、兵士を指揮する資格はない」
と意味不明な事を言ってその場を収めた。
まぁいい、実際に戦争をする局面がくれば、私は活躍し、認められるはずだ。
そう根拠なく信じた。
砂漠の非文明民だった俺が二つの帝国を相手取る最強の指導者になるまで。 原文ママ @seinarukana
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