第4話
物事には、全て意味がある。
それは、自分にとってか、他人にとってか。
それを、探す人生だった。
祖母の日記にはそう書かれていた。ただ、ずっとひたすらにひたむきに。お父さんの口癖を真似して。
今やその日記がどこにあるのか、他のページに何が書いてあったかは憶えていない。ただ、印象的なその言葉が、脳の奥深くに爪を立てて残っている。
「らん、私今日夕方までお祭りの準備してくるから。お昼は適当に食べといて」
朝、母さんはそう言って家を出ようとしていた時、今日は俺も出かけてくると伝えると。
「おじいちゃんのとこ?」
「いや、友達と遊びに」
そう言うと、母さんは目を見開くと少し涙を浮かべた。
「ほんとに?」
「うん」
今まで、俺が友達と遊びに行くなんて言ったことがないからか。母さんは嬉しそうに、そして安心したように、涙を拭い。
「気をつけてね」
そう言って、5000円のお小遣いを渡して家を出た。
こんなに使うわけもないのに、ただ感情の表現としてくれたと思うことにした。待ち合わせは10時からで、今は9時もう時期家を出たほうが良さそうだ。
待ち合わせ場所は、近くのショッピングモールでそこで本を見たりするらしい。
服を着替えて、身だしなみを整え家を出た。
外はやはりうだるような暑さで、バスを調べてよかったと思う。バス停に向かうだけでも汗が出る。
小学生らしき短パン半袖の男の子たちがサッカーボールを持って横切っていく。夏休みに家を出ること自体珍しいことで、これが夏休みの風景かと思う。いつもの通学路でも少し浮ついた空気が流れていて、子供の声が響いている。暑くても、街のせいか俺の足取りはいつもより軽かった。
ショッピングモールに着くと、その人波に嫌気が差しそうだった。自分一人なら近寄りたくもない。
待ち合わせはまではあと10分ほど、中で少し涼みながら待つことにした。ショッピングモールに入り入口付近の椅子に座り、この間交換したラインを開き中の椅子で座っているという旨の連絡をして一息つく。
日頃の運動不足が祟ったのか、もう既に疲れてしまった。
「あ、見つけた」
すると、沖前が大きく手を振りながらこちらに駆け寄ってくる。
「10分前だね」
いつもの制服姿ではなく、大人っぽい格好で一瞬誰だかわからなかったが声を聞き沖前だとわかった。
青を貴重としたワンピースに白いカーディガンを羽織っている。
「ああ、おはよう」
「おはよう」
沖前はニコッと笑った。
制服ではない沖前を見るのは初めてで、なぜだか緊張してしまう。
「えっと、似合ってないかな?」
バツの悪そうな顔して、ワンピースのスカート部分をつまむ。
「いや、違う。その、よく、似合ってる」
顔が熱くなるのがわかった。
沖前は、はにかむように笑い。
「よかった」
さらに顔が熱くなるのを感じて、すぐに顔をそらした。
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
「そう?」
沖前は不思議そうな顔をしたが、笑顔に変わり。
「じゃあ、行こうか」
沖前は歩き出し、俺は少し速歩きで追いかけた。
「どこから行くんだ?」
どこからと言ったが、俺はどこに行くのかも知らない。
「そうだね。まだお昼には早いから、本屋にでも行こう」
「あっ。ごめんなさい」
ショッピングモールは人が多く、向う途中沖前は何度も人に当たってた。
「大丈夫か?」
「うん。ごめんね」
「大丈夫」
沖前は、申し訳無さそうに手を差し出した。
「ねえ、よかったらでいいんだけど。手、繋いでくれない?」
「っ、手か?」
つい聞き返してしまう。
沖前は、上目遣いで心細そうにこちらを見上げる。
「手、か」
俺が自分の手を触り、手袋の感触を確かめる。頭ではわかっている、手袋をしているから安心だと。しかし心が怯えている、もしが、頭を埋める。
「えっと、やっぱなし」
沖前は手を引き、笑顔を顔に貼り付けた。
「ごめん、イヤだよね、気にしないで。よし、行こう」
さっき、服の話をした時とは違う笑顔。寂しそうな、心細そうな笑顔。
その顔を見た時、体は勝手に沖前の手を掴んでいた。
「イヤじゃ、ない」
不思議と顔が熱くなっていく。人の手を握ったのはいつぶりだろうか。
細い指が力強く俺の手を包む。俺も返そうとするが、力を入れたら壊れてしましそうな繊細な手。
俺は深呼吸をし、歩き出す。大丈夫、未来はみえない。
すると、ギュッと沖前も握り返し横に並んだ。
「ありがとう」
顔を見ることは出来なかったが、きっとさっきみたいな笑顔ではないだろう。
「荒瀬君はこれ読んだことある?」
本屋に着き、俺等は小説コーナーにいた。
沖前は棚から一冊の本を取り見せた。
「ああ、愚者の祭。読んだことある。だが、本は持ってないな、昔祖父に借りたことがあるだけで」
「そうなんだ。私これも好きで、新品で欲しかったんだよね」
沖前はごきげんな様子で、ニコニコしながらまた本棚に目をやった。それは、お菓子売り場で何を買うか悩んでいる、子供のように幼さを感じる。
「荒瀬君はなんか、欲しい本あった?」
「そうだな。これとかはいつか買おうかなって思ってたんだが」
「あ、それいいよ」
沖前の作品の知識量は、とてつもなかった。俺が手を伸ばした本のほぼ全て知っていた。最近まで、読んでいなかったとはとても思えないほどに。
小説コーナーのあと、俺らは漫画を見に行った。
沖前は漫画も好きで、新刊を何冊か買っていた。
「そろそろ、お腹すいたね」
本屋を出たあと、沖前は当たり前のように手を握りそう言った。
「そうだな。なにか食べるか」
しかし、今から行っても夏休みのショッピングモールの飲食店はもちろんフードコートすら座れそうない。
「どうする?」
人でごった返すフードコートで、沖前に目線を送ると頭をひねらせる。
「どうしようか。まだ、解散はしたくないしな」
沖前は、フードコートを見渡し空いている席を探すがやはりこの人で空いている席などなかった。
「荒瀬君、もう少しご飯我慢できる?」
「え?まあ、俺は大丈夫だが」
沖前はこちらを向き言った。
「一回外に出て、外で食べよ。それに行きたいとこもあるし」
「ああ、わかった」
今すぐ、昼食にしたいというわけでもないので俺は了承した。それに、この人を見てしばらく座れそうにもない。
俺らは、ショッピングモールを出て近くの駅に向かった。
「で、どこに行くんだ?」
今は駅のホームで電車を待っていた。
沖前は、時刻表を見ている。
「あと、5分後にくるみたい」
沖前は、そう言ってベンチに座った。
「行き先はね。3駅先の古本屋さん、私はよく行くんだけど荒瀬君行ったことある?」
3駅先の駅を、少し思い出すのに時間がかかった。電車に乗ることがあっても、特定の場所でしか降りることはない。なので、正直朧げにしか思い出せない。
「いや、ないな。そもそも、電車に乗るときは基本逆方向に行くからな」
俺は誰もいない反対ホームを見ながらいった。
「そっか。いい場所だからきっと、気に入ると思うよ」
沖前は自信ありげに笑い、そっと俺の手に自分の手を重ねた。俺は少し驚きながらも握り返す。
今は、はじめ握った時とは違う心臓の鳴り方に気づく。
「暑いな」
ポツリとつぶやくと、沖前はちらりこちらを覗き込み頬を上げ。
「そうだね」
俺は、そのはにかむような笑顔を見ることはできなかった。
俺とミライに結末を。 あすペン @Asuppen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。俺とミライに結末を。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます