第6話 最強との対戦 二つ目の技②
睨み付けられて、コハクはちょっとたじろいだ。
タジ……くらいに。
だって、最強主人公系が泣いているので。
友達と喧嘩した幼女みたいに泣いているので。
クロハは泣きながら怒鳴った。
「何でそんなに死ねって言うの?! ひどいよ!」
タジ……としていたコハクは、タジるのをやめて「は?」と低い声を落とした。
首をにゅっと前に突き出し、眉を寄せる。
クロハは今にも地団駄を踏みそうで、そのあまりにも子供っぽい様子に、最強主人公系にはどんな悪意にも傷付かぬ強靭な精神力があるという潜在イメージが崩れた。
「いや、だって……」
「だって、何だよお!!」
剣は逆手持ちのまま、クロハは再び目を擦る。
観客がどよどよと動揺している。
「死ねって言い過ぎじゃない?」「酷いよな」「クロハくん可哀想!!」とのクロハへの同情的な声が七割と、「すげえ」「あいつ、クロハを泣かせたぞ!」「呉本、だっけ? あいつ、勝つんじゃないか?!」とのコハクへの称賛の声が三割、コハクの耳に届いた。
そしてその声の数々は、当然クロハの耳にも入るわけで、自身への同情の声に、自分が現在如何に情けない姿を晒しているのか、今になってやっと気付くと、慌てて涙を拭い切って勇ましい表情を作った。
しかし、じんわりと涙は滲む。
「君は酷い奴だ! 今日初対面に人間に対して、何度も死ね死ね死ね死ね……」
「だって、“しね”が技名だし」
「絶対嘘だただの暴言だ!」
審判役が「あ、ホントだ」と呟く。
すかさずクロハが「え、ホントなの? 何その最悪なチョイス!!」と突っ込んだ。
コハクがこの風能力にまさかのチョイス“しね”を選んだのは、ただ能力の瞬間的な攻撃という特性を連続して発動させるための最大限の最短発動モーションの一環であり、かつ相手を必ず倒すという意思を示すためである。
それを親切に説明してやると、クロハは納得したような、けれども「言われた方の気持ちを考えてください」とか言ってる学級委員長みたいな表情で、じっとりとコハクを見つめた。
「改名するつもりはないのかい? 僕たちは悪と戦うためにここで学んでいる立場だよ。技の名前が“しね”なんて、あまりにもヴィランじゃないか」
「はあ? じゃあ何にすりゃあ良いってんだよ。“しね”がダメなら“Death《デス》”にしろってか? Death! Death! ヘビメタかよ! 俺にはヘビメタ殺法がお似合いってか!?」
「そうじゃないよ! 落ち着いて!?」
クロハは両手の中指と人差し指を曲げて「ボルゾォオオォオオォオォォォオォイッ!」とヤケクソになってシャウトするコハクをどうにか宥めようとしたが、無理なことこの上ない。
代替え案を脳内で模索しながら「二文字……でも最短発動なら一文字でもいいんじゃないか? 五十音のうちの一つを使うだけなら、悪意ある技の名前にはならないだろうし」と良案を思いついた。
何とか笑顔を作ると、両腕をわたわたと振り動かしながらコハクの意識をヘビメタから自分に向けさせる。
「い、いっそのこと一文字にするのはどうかな?! 例えば……“あ”とか!」
「“あ”っ! “あ”っ! ……せんせ~い! 剣条くんがみんなの前で喘がせてきま~す!」
「ちが、そんなつもりは!」
「こらっ、剣条くん! 呉本くんを喘がせない!」
「違うんです!」
最悪な失敗をした。
コハクの「この変態! ラッキースケベ野郎じゃなくて意図的スケベ野郎! 公然わいせつ系ヒーロー!」との暴言があまりにも心を抉る。
コハクは急なクロハのセクハラに乗せられて衆目の前で喘いでしまった羞恥心から、さらに怒りと殺意を募らせる。
「そんなつもりはなかったんだ!」
「犯罪者はみんなそう言って自分の罪を軽減させようとするんだ!」
「いやホントにそんなつもりはなかったんだってばあッ!」
クロハは再び幼女泣きした。
クロハの心は完全なる善性なので、犯罪者だと罵倒されるのは本当につらい。
悪気は無かった、むしろ善意百パーセントで案を出してみたのだが、どうしてこんな最悪な裏目が出てしまったのだろうか。
涙で視界が歪む。
コハクはその隙を見逃さなかった!
(今がチャンス!)
コハクは再び“しね”を脚に纏うと間合いを詰め、剣を振りかぶった。
クロハが一瞬で接近した気配に気づき顔を上げるも、涙が視界を狂わせる。
「喰らえ!」
“しね”は脚から剣へ。
防御行動が間に合わないほどの速さで剣を振り下ろす。
「しまっ、ぐああっ!」
訓練用の剣とは言え、剣である。
刃はクロハの胸を斜めに裁った。
肉の壁を失った血液が噴き出し、紺色の制服に染み込んでいく。
クロハは背中から倒れた。
コロシアムは、パッとしない奇妙言動を繰り返す男子生徒が、最強主人公系男子に一太刀を浴びせたという衝撃によって言葉を失い、静寂に包まれる
「……や、やった。一撃、ぶち込めた」
呆然とコハクが呟く。
胸の中が熱い。興奮? 感動? どちらにせよ、心地よい。
「……う」
観客席のどこかで、男子生徒が声を漏らした瞬間、空気を激しく振動させるほどの絶叫、歓声、悲鳴が轟いた。
ただ技名を唱えただけなのに、異名が「クソビビらせ野郎」になった 綾川八須 @love873804
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