第5話 最強との対戦 二つ目の技

足に付与した風の能力の効果によって、一瞬で間合いを詰めたコハクは剣を振り下ろした。


 剣戟。


 線香花火のような火花が咲く。


 防がれるのは分かっていた。


 クロハは剣を跳ね返し、自身の攻撃を繰り出そうと技名を唱える。




「“風焔牢ふうえんろう”」




 刹那、コハクの眼前に炎が奔り、強風が体を包囲する。


 


「なんだ!? ……竜巻?!」




 技の全容を把握すべく、周囲を見渡す。


 燃え盛る風が、渦を巻きながら上空へと伸びる。


 コハクは自身が竜巻の中心にいるのだと理解するとともに、まるで炎が吹き荒れる牢獄に閉じ込められているようにも感じた。




 炎の火先が露出した肌を焼き、制服を焦がす。


 炎から距離を取ろうとしても、吹き荒れる強風が体のバランスを崩そうとする。


 長時間この炎の竜巻の中にいるのは苦痛だ。


 


「苦しいでしょ?」




 クロハが問いかけてきた。


 炎と風の牢獄は分厚く、体の輪郭は、制服の色が黒色ということもあって、まるで立つ焼死体のようにも見えた。


 心配そうな声色だった。


 自分で発動させたわざなのだから、被技者と同等に、技を受ける苦痛の理解度は高い。




「降参するかい?」




 コハクが降参の意を示すまでは、この“風焔牢”を解くつもりはないのだろう。


 おそらく、クロハの魔力量は膨大だ。


 そのため、発動時間の持続力もほぼ無尽蔵と言っても過言ではない。


 魔力切れを待っていたら死ぬ。


 死ぬ前に教師陣が救出に乗り込んで来るだろうが、そうしたらコハクはクロハにかすり傷一つ負わせることもできずに敗退となってしまう。




 せめて、せめて一撃でも喰らわしてやりたい!




 コハクは脳みそを絞って考える。


 もともと賢くない頭だ。


 物事を慎重に考えて行動するより、実際に物事を始めて後から考えることの方が得意だった。




 ――ん?




 ふと、閃く。




 別に、この技をどうやって沈静させて脱出するかを考える必要は無いんじゃないか?


 炎も風も、熱や風圧があるが物・体・で・は・な・い・。


 つまりは、通・り・抜・け・ら・れ・る・も・の・。


 牢の分厚さは、輪郭が見えるので、恐らくコハクの大股三歩程度。


 


 ――走って突き破れば、どうにかなるだろう!




 コハクの脳筋たる部分が表面化し始めた瞬間だった。


 負傷も制服の損傷も今更だ。


 あとは、この炎と風の牢を突っ切るための勇気と、クロハへの増々の殺意が必要である。


 殺意は――充分。


 痛みも苦しみも、ものの数秒の事だと思えば恐れは小さい。


 


 コハクは深呼吸した。


 炎のにおい、熱い空気。


 脚に魔力を流す。


 “風焔牢”とは真逆に回転する魔力が、体を前進させ始める。




 剣条はきっと、油断してんだろうな。俺が値を上げると思ってるに違いない。




 失笑が零れる。


 轟々と鳴り轟く風の中から、クロハにコハクの失笑は届いてないだろう。




 体勢は低く、剣を後方に下げた左足と並行になるように、切っ先を下げて構える。




 そして――コハクは雷のごとき速さで前進した。


 身体が“風焔牢”の障壁に入り込み、炎が体を焼き、風が殴りつけてくる。




「え!?」




 クロハの驚愕の声が耳に届いた。


 


「まさか、突破するつもりか!?」


「ああ、そのまさかだ」




 障壁が前進を阻む。


 


 ――なら!!




 コハクは、脚に集めていた風能力の魔力を剣に移動させた。


 そして、コハクは剣を振りかざし障壁を斬りつけるとともに、「しね!!」と怒鳴った。


 瞬間的に風の能力が膨張し、障壁に穴・が・開・い・た・。


 視界が開ける。


 目の前には、やはり驚愕した表情のクロハがいた。


 再び風能力を脚に集中させ、一歩踏み出す。


 瞬きのスピードの移動。


 コハクは斬りかかった。




「しね! しね! しね! しね! しね!」




 息を吸う間もなく連呼し怒鳴り、剣を振るう。


 風能力が剣にスピードというバフをかけているおかげで、目にも止まらぬ剣戟が繰り出された。


 


 クロハは防戦一方。


 「ぐ」とか「う」とか唸りながら、剣の向きを変え続ける。




 くっ、一撃を追わせるためのスピードが足りないか!? 




 コハクは深く息を吸った。




「しねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしギイッテ噛んだしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしね!!!!!!!!」


「う、ぐぅ……!」




 クロハは剣を弾き返し、後方に跳躍して距離を取る。


 そして少し俯くと、不意に袖で目元を擦った。




 目にゴミでも入ったのか?そりゃあ、砂が舞うからなあ。




 クロハが目を擦り続ける今が好機である。


 コハクは一気に距離を詰め、斬りかかった。




「しね!」


「ちょ、」


「しね!」


「ちょっと待って……」


「うるせえしね! しね! しねぇ!!!」


「ちょっと、待ってってばあ!!!」


「うお!?」




 クロハはかつてない乱暴な動作で剣を弾き、手の平から繰り出した風能力でコハクを吹き飛ばした。


 場外一歩手前の位置まで吹き飛ばされたコハクは「アァ?!」とヤンキーさながらのメンチを切った。


 クロハを睨み付ける――何か様子がおかしい。


 片腕で擦っていた目元を、剣を逆手に持ったまま両腕で何度も擦っている。


 なんだか鼻を啜る音まで聞こえてくる。




 ……もしかして、泣いてる?




 コハクが鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていると、クロハが涙目で睨み付けた。




 

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