第7話 初恋

 二日の道のりをかけて帰る私たち。

 道中、危険も少なくジークのいるカーターベル領を目指す。

 私が御者にお礼を言うと、久々に見た屋敷を見渡す。

 手入れの行き届いた庭園。庭師が常に環境を整えつつ、綺麗な花を咲かせる。

 奥にあった馬小屋に、エサを保管する貯蔵庫。

 離れ。

 そして茶室。

 見慣れた屋敷が気持ちを落ち着かせる。

 ジェシカとは一応の和解を示した。

 彼女はまだ振り切れていないみたいだけど、私には十分な気持ちを吐露してくれた。

 彼女ともうまくやっていけそうな気がする。

 さて。ジークを探さなくちゃいけない。

 私と一夜をともにはしてくれなかった不器用な男。

 不安や恐怖から逃げるように背ける顔。

 あの仏頂面の彼に一言もうさないと気が済まない。

「どこなの!? ジーク」

 そう言っていくつかの部屋を開く。

 ジークの私室。

 ジークの好きなクラシック音楽の流れる小部屋。

 植物園。

 そのどこにもいない。

 しばらく屋敷に帰らなかった私を心配してくれさえ、いなかった。

 そのことに腹立たしいものを感じ、メイド長にも聞く。

「た、確か屋上で風を浴びたいと、仰っていました」

 その話を聞き、ドレスのスカートをたくし上げ、全力疾走する。

「ジーク――っ!!」

 私は精一杯の気持ちで屋上へ上がる。

 その顔を見て、ぎょっとしたジークは屋上から立ち去ろうとするが、私はそれをとらえる。

「いいじゃない。初恋の彼女を想っても!」

 その声に、ジークが涙を浮かべる。

「いいじゃない。間違えても!」

 私は大きな声でジークの耳をつんざく。

「いいじゃない。色ぼけしても!」

「俺、俺は……! 不実だった!」

「何を言っているの! こんなに悩んで後悔して、それでも私を選んでくれた。なら純粋な恋じゃない!」

 ジークは渋面を浮かべて、私を見やる。

「こんな俺を許してくれるのか?」

 恐る恐ると言った様子で顔を見つめてくる。

「ええ。もちろんよ。間違えは誰にもあるよ!」

 私はその頭を撫でて、胸に納めると、優しい口調で告げる。

「私だって間違えたもの。そう、間違えない人なんていないよ」

 涙声になっているのを気づかれないように、強く言い放つ。

 見せないように。気づかれないように。

 私の初恋を隠して。

 それでも今はジークが好きだから。

 今の関係が嫌いじゃないから。

 もう誰も犠牲にしないから。

 だから今を生きるよ。

 私にはそれができると信じて。

「あなたは何も悪くないじゃない」

「でも、俺はジェシカを傷つけた」

 泣き叫ぶジーク。

「あら。勝手に私を傷物にしないでくれます?」

 事情を話したらついてきてくれたジェシカ。

 スズランの香りを漂わせて。

 屋上の入り口に立つ。

「あなたも、勘違いしていたのでしょう?」

 陰りを見せる雰囲気で、そこに立っていた。

 それが人を苦しめる雰囲気だとしても。

「ジェシカ……」

「私が決めることじゃないのは分かっている。でも、ジェシカを見てあげて」

 落ち着いてきた私は視線をジェシカへと向ける。

 幼馴染みで、両思いで。初恋で。

 それでももう過去の人。

 そうだと想う。

 でもホント、私が決めることじゃないよ。

「すまない」

 ジークはそれだけ言うと立ち上がる。

 そして一歩。また一歩とジェシカに近寄る。

「申し訳ない。俺はキャリーが好きだ。ジェシカ、キミとは付き合えない」

 少しホッとした。

 本当にジェシカと結ばれるんじゃないかと、ヒヤヒヤした。

 こんなことになってもまだ私を愛してくれていると知る。

「そんなことだと思ったわ」

 安堵なのか、それとも呆れてなのか、ため息を漏らすジェシカ。

「さ。お茶会の続きをしましょう? キャリーさん」

 ジークを押しのけて、こちらに歩み寄ってくる。

「え?」

「いいじゃない。乙女の話をしても」

「ええ……」

 私は驚いて声を上げるのがやっとだった。


 それからカーターベル領の屋敷にある庭園にて、お茶会を開くことにした。

 ベラも一緒に。

「て。なんですかね。このメンバー」

 私は誰にも聞かれない声で呟く。

 雰囲気がおっとりしたベラに、勝ち気そうな雰囲気を持つジェシカ。

「あら。ジェシカさんお久しぶりね」

 ベラはジェシカを見やるとそう呟く。

「はい。わたくし、愛人候補として来ました」

「えっ!!」

 度肝抜かれた私は、目をさらにする。

「あら。いいお話ね」

 ベラが嬉しそうに飛びつく。

「そういうことよ。よろしく。キャリーさん」

 クスクスと笑うジェシカ。

「さすがに冗談だよね?」

 私は困惑したまま、訊ねる。

「あら。貴族が愛人を抱えるのは良くあることよ」

 ベラはさも当然のように笑みを浮かべている。

「ふふ。わたくし、本気の恋を始めてもいいのかしら?」

 妖艶な笑みを浮かべるジェシカだが、話しているとジークへの気持ちは残っているっぽいし。

「でもジークフリートは、家族以外には〝ジーク〟って呼ぶの許していないわよ」

 ベラがそう裏表ない表情を向けると、難しそうな顔をするジェシカ。

「わたくし、呼ばせてもらうことなかったです」

 泣き出しそうになるジェシカ。

 介抱するベラ。

「私、幸せ者かもしれない……」

 我知らず口走ると、

「「ホントそう!!」」

 ベラとジェシカの声が重なるのだった。

 泡を吹く結果となった。


 これから先、苦難が待ち受けていることを私はまだ知らない。



                  ~Fin~

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能面イケメンと弱気・病弱な泡吹き姫の私が夫婦になり、溺愛されながらも公務をこなす! ~愛人候補がいます~ 夕日ゆうや @PT03wing

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