エピローグ②


 美しき花嫁を迎え、厳かな空気の中で静かに式は進み、感動が膨らんでゆく。


 ここは教会ではないけれど、みんなのたくさんの想いが詰まった手作り結婚式場。


 世界でたったひとつだけの忘れ得ぬ誓いの場。


 穏やかな晴天は清々しい若い二人を、優しく祝福してくれていた。 


 そしてクライマックスを迎え、誓いのキス。


 二人が夫婦となった瞬間、もう、親戚縁者は言うに及ばず、式を眺めている数百人に及ぶ一般の方々を含め一斉に大歓声があがった。


 勿論、私も心の底から拍手喝采をして「おめでとう! ジャック、ローズ!」とこの時ばかりは仕事を忘れ叫んでいた。


 誰かが幸せになる姿は見ているだけで、自分も幸せな気分になる。


 そんな時、ふと私の脳裏にシスターアンヌの言葉が流れた。


「シンデレラ、今日はあなたに不幸と幸福について教えてあげましょう。あなたは自分を幸福だと思いますか、不幸だと思いますか?」

「不幸ですよぉ、夕飯のハンバーグ、私が一番小さかったんです!」

「なるほど、浅はかで狭い了見ですね。わがままは女の美徳。その調子で励みなさい。さて、いいですか、私はかつてとても不幸でした。ありとあらゆる不幸が連鎖反応を起こし、抜け出せぬ負のスパイラルに陥っていた事があります。人は弱いものです」

「うわぁ、そんな事があったんですか?」

「ええ、大変でしたよ。どんな不幸かと言うと、殿方達とのデートの為に家を出た瞬間でした。突如突風が吹き、せっかく整えた髪型がぐしゃぐしゃになりました。私はショックのあまりデートをすっぽかしました。そして次のデートの時は、マニキュアを塗ろうと爪を整えている時に削り過ぎてしまい、悲しみに暮れまたすっぽかしました。次は出がけにタンスの角で小指をぶつけ、やり場のない怒りですっぽかしました。次は服にコーヒーをこぼしてしまい、絶望のままにすっぽかしました。次は歩いていて可愛い小猫がいたので、遊んですっぽかしました。こうして私はデートをすっぽかし続けました。最早、呼吸をする様に、すっぽかしました。風が吹けばすっぽかし、雨が降ればすっぽかし、病める時も健やかなる時もすっぽかし、悲しみの時も喜びの時もすっぽかし、貧しい時も富める時もすっぽかし、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り、私はすっぽかしました。そんな不幸の渦中に私はいました。ですが、すっぽかす度に、焦った殿方達から様々な高価な貢物を山の様に頂けました。わざわざデートしなくても貢物が頂けるとは、実に効率がいい。『いやん、すっぽかしって最高!』と叫び、気がつけば私は幸福になっていたのです」


 いや、すっぽかしてただけだからぁああ!


 すると、シスターアンヌはふと膝をついて、小さな私と視線を合わせ、にっこりと微笑んだ。


「いいですか、シンデレラ。私は思いました。人は人生を生きる上で様々な不幸に襲われます。ですが私達はそこで終わりではないのです。人はまだまだ人生を生きているのです。時は止まらずに進んで行くのです。ですから起こった不幸に囚われてはいけません。そこで立ち止まってはいけません。しっかりと前を向き、胸を張り、歩いて行くのです。そうすれば、不幸とはその先にある幸福の種となるでしょう。わかりましたね、シンデレラ。神の御心のままに」


 なんかいい感じにまとめて来たぁぁああ!


 幼い私はツッコミたい衝動を慎みをもって耐えた。


 だけど、今思えばその言葉はとても大切な事だと思う。


 物語のシンデレラは沢山の不幸の中、最後には幸せを掴んだ。


 もし彼女が落ち込んだまま、舞踏会がある夜に部屋で泣いていたら、決して王子様と出会う事はなかった。


 私達は不幸に囚われてはいけない。


 人間は生きてゆく上で、小さな不幸から、どうしたらいいか分からない程の絶望的な不幸にも出会う事がある。


 でも、そこで立ち止まってはいけないのだ。


 胸を張り、それでも懸命に前を向いて歩いて行くんだ。


 いつしか幸福になる自分を思い描いて。


 私は幸せな結婚式を応援しながら、


 彼ら、彼女らが、結婚という一大イベントをこなす上で、


 楽しいばかりじゃなく、様々な葛藤や苦しみや苦労をしている事を知っている。


 それでも当日、幸福と言う花を咲かせ、幸せいっぱいに笑うんだ。


 私はそんな彼ら、彼女らのお手伝いをしている時間に幸せを感じる。


 このお仕事を選んで、本当に良かったって思う。




「シンデレラ、ありがとう!」


 誓いのキスにブーケトスを終えた花嫁のローズが、真っ先に私の所に駆け寄って抱きついて来た。


「こんな素敵な式を考えてくれて、私なんて言ったらいいかわかんないよぉ、ありがとね、本等にありがとね、シンデレラ、ううっ!」

「ぐすっ、、良かったね、良かったよぉお、ローズ!」


 ぎゅと互いを抱きしめ合いながら、私達はこの結婚式を通して、並々ならぬ苦労を分かち合った旧知の友人みたいになっている。


 ジャックもすぐ隣に来て、私に何度も「ありがとう、ありがとう、俺、嬉しい、最高に幸せだぁ!」とお礼を言ってくれる。


 今からは、式が終わり披露宴という名の大宴会へと現場は変る。ローズはお色直しをして、カクテルドレスで再登場だ。でも会場は既に宴会モードに突入しており、ジャックとローズの父親達が「飲むぞぉおお、皆の衆ぅぅううう!」と叫んで、大歓声を浴びている。


 と同時に彼らが呼んだケルル民族音楽を奏でる楽団が、めちゃくちゃ楽しそうな音を奏で始め、皆がテーブルを叩いたり、思い思いに愉快に踊り始めた。


「ねぇ、シンデレラ、私達も踊りましょうよぉ!」


 涙ぐんでいたローズは笑顔になり、私の腕を引っ張って踊りの輪の中を目指し始めた。


「ちょ、ちょ、ちょっと、ローズ! 今からお色直しだから! それにあなたウエディングドレス着てんのよ!」

「いいから、いいから、ほら、1曲だけ! ねっ、みんなで楽しく踊りましょう!」


 そう言ってローズとジャックは私を強引に連れて行く。


 もう、仕方ないなぁ。私は急いで魔道インカムを通じて、参加している全スタッフに指示を出した。


「みんな、今すぐ作業をやめて踊るわよぉおお!」


「「「「「えええええっ! 何言ってんすかぁああ!」」」」」


 スタッフ全員からびっくりした声が聞こえるが、私は即座に応えた。


「花嫁さんのご所望です! みんなで1曲だけ踊りまくるわよぉおお!」


 私はローズとジャックと一緒に、楽しそうな踊りの中に勢いよく入って行った。


 海岸沿いの公園で、手作り感満載の結婚式。


 でもみんなすっごく楽しそうだ。


 キラキラと揺れる海面がたおやかに輝き、陽気な音楽は人々の笑顔を産み出す。祝福が惜しみなく溢れ、こんなにも多くの思いやりが世界を満たしていた。


 どこまでも広がる紺碧の空みたいに、新たに夫婦になった二人の幸福が、健やかで伸びやかに、ずっと、ずっと、穏やかに続きます様に。




                               おしまい



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ロマンチックコメディ部門参加作品(ない?) 私はブライダルプランナーのシンデレラ ーかぼちゃの馬車とセカンドライフー 福山典雅 @matoifujino

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