プロジェクター
のーと
世界の歩き方
そぞろ歩く、という表現が適しているだろうか。循環し続けるその真っ只中でふと思う。四方からの呻き声にいい加減気が滅入り、項垂れたまま惰性で歩き続けていた。別に人に囲まれて狭苦しいこの状況が嫌な訳では無い。じゃあ何が嫌なのかと聞かれても困ってしまうのだが。それをはきはき答えられるような変人はここにはいないだろう。
「「初恋の相手との再開」如何ですかー。」
前方では赤くてひょろい子鬼がチラシ配りをしている。
割とよく見る光景だ。滑舌は潰れていて不毛な慣れが見て取れる流れ作業。
進むほど近づいてだんだん声が鮮明になってくるのでいやでも耳に入った。
「「母の味」ご用意しておりまぁす。」
よく分からない宣伝を聞き流しているうちに僕は小鬼の横まで来ていた。
「あ、お兄さん。探してたんですよ。」
思わず足を止めてしまい後ろの人にぶつかられた。しかし何事も無かったかのように僕抜きで流れは再開する。謎の焦燥感により流れに戻ろうとするがなぜか歩き出せない。
「えぇ、もどってしまうんですか。」
ぎょろりとむき出しになった目は一途に僕の方をみていた。いつの間にか腕を掴まれて逃げられなくなっている。
「ああ、ちょっとぉ乱暴だなぁ。」
見た目より強く掴まれているんだろうか。全く離してくれない。というよりかは僕の腕に力が入らない。疲れているんだろうか。僕自身もうこうやって歩くのに飽きている。なら、この怪しいヤツの話を聞きながら休憩しようか。
「聞いてくれる気になったんですかぁ。えへ、お兄さん見る目ありますねえ。」
はみ出しそうなくらいぐりんぐりん目ん玉を動かして喜んでいる。手を叩いてへりくだる様子は見ていられない。
「じゃあぁ、地図のこの場所で落ち合いましょう。」
鼻息荒く空振りしそうなやる気をたたえていた。そして先程まで配っていたチラシを押し付けられる。
「私は先にいっておりますねぇええ。」
声をあげようとするが上手くいかない。
「あ゛あぁ、ちょっと」
久しぶりに使った声帯は言葉を忘れてしまったようで小鬼には何も届かない。がに股のまま不器用に走り去る彼の背中を見送り、チラシに目をやる。カラーペンで「失った宝物、とりもどしませんか?」と記載があり全く胡散臭くて呆れた。手書きのかわいらしいフォントにしか好感がもてない。だが約束を破るのはなんだか後味が悪いので、集団を抜けてひとりで歩き始めた。
「おぉおまちしておりましたあぁ。」
地平線が見えるくらい殺風景なここに地図は必要あったんだろうか。正直まっすぐ進むだけだったのですぐに着いた。
「えぇとですね、面倒な手続きは一切必要ありません! あなたが取り戻すべきものは2枚のドアを通ることで得られます。」
この鬼、凄い。
カンペをガン見している。ただ一生懸命視線が右左をなぞりながら降りていく姿には応援したくなる何かがあった。
パチン!とよくある転換の音が小鬼の指から響き背後に違和感が現れる。反射で振り返ると灰色の引き戸がたっていた。窓が付いていて、そう、まるで教室のドアみたいなデザインの。
「では、宝探しの旅をお楽しみください。」
初めて落ち着いたトーンで言われた言葉に足元から腕まで肌が泡立つ。
深呼吸をしたあと、溝に指を這わせて横に流すと思ったよりも簡単に眩しい光に包まれた。
目を開けるととても見覚えのある校庭に立っていた。うんてい、ジャングルジム、つきやまに登り棒。足に伝わる砂っぽいグラウンドに組体操を思い出す。僕がいた頃の小学校そのままだ。
ここでなんらかの宝を見つけるということだろうか。見回してみるとブランコの方に制服の女の子らしい人影があった。とりあえず話しかけに行ってみようか。
もう手の届く距離まで近づいた頃。声は依然として出なかった。すると彼女は打ち合わせでもしてたみたいにできたタイミングでこちらに回る。
「来てくれたんだ。待ってたよ。」
ふわりとスカートが広がりリボンもはためく。明るく反射する目、綺麗に上がったまつ毛がこちらを捉える。いつも通りの白いマスクが眩しい。
その存在に心臓が踊り、久方ぶり感覚に手の先にまで力が入る。宝物について何か聞かないとと思い出した頃にはもう彼女のペースに呑まれていた。
「懐かしいよね小学校、覚えてる?」
動揺して何度も頷いてしまう。君はそんな僕を見て目を細めた。
「じゃあ、宝探し、行こっか。」
そう言って視線を外され昇降口の方に歩き出す。訳が分からないまま横に並ぼうと踏み出した。
冷えた廊下を彼女は無理なく背筋を伸ばして進む。
懐かしい光景を突き辺りの角部屋まで行って止まった。キュ、とメリハリのついた上履きの音が響く。
長机のならんだ、雰囲気までが静かな部屋の入口。音を立てて開けるとそこには見慣れない景色があった。なぜか本が床に散乱している。本棚に目をやると中には半端な数しか入っていない。
「あれ、結構散らかっちゃってるね。」
若干目を見開いて言う。そして髪を耳にかけ、本を片手で包むようにすくっていく。宝探しからは外れている気がしたが彼女がそうするなら僕も手伝う他ないだろう。
本が戻っていく音はとっ散らかったり無くしてしまっていた思い出を整理してくれたように思う。
「うん。これでいい。」
うっすら笑う顔が照らされる。少々憂うような雰囲気をまとっているのが気になる。
「お疲れ様。」
両目を合わせて労いの言葉をかけてくれた。
先程より自然に笑えた気がする。
その時また違和感が走る。2枚の扉が前方に出現したようだった。今度は両開きの形で虹色だ。そうか、これが2枚目か。
「あ……お別れかな。」
何を察したのか彼女は声に寂しさを滲ませる。それはきっと僕の自惚れじゃない。
「いいえ、ドアを開けた先でまたすぐに会えますよ。ええ。」
ぬるりと現れた子鬼が解答する。僕は思わず後ずさるが彼女は冷静だった。
「なんだ、そっか。」
眉尻を下げて笑った。感情が読み取れない。
「ええと、扉を通っていただけると恐らく宝物が出てくるかなと。」
なんでそんなに曖昧なんだよ。またカンペ見てるし。
「おふたりのご多幸を末永くお祈りしております。」
どこかで聞いた事のあるセリフ。それを言ったあと満足そうに頭を掻いた。
僕らはそれぞれ横並びになった別の扉の前に立つ。あとはもう開くだけ。
「じゃあ、また後でね。」
若干震える声で彼女はそう言った。僕に手を振っておいて自分は踏み出せないでいるのに気づいてしまう。
僕は取り戻したい宝物に心当たりは無い。だけれど君にはなにかがあるんだろう。僕の1歩が勇気に繋がることを願って身体で扉を押し開ける。
後ろで彼女の扉が開く音がした。
開けると先程までいた地獄に着いた。宝探しの終着がここってなんの冗談だよ。
永遠にめぐり続ける人波が遠くに見える。焦燥感は消えていた。
そしてはじめて気づく。目元が重い、というか視界にフレームがある、ということに。意識した途端邪魔になるやつ。原因を明確にしたくて恐る恐る耳に手をかけるとそこには予想通りプラスチックの感触があった。
両手で迎えにいって下ろす。するとなんとなく暗かった僕の世界はもう少し鮮やかだったと分かった。
ここは地獄では無かったのかもしれない。
空は狭いが清々しい青色だ。コンクリートジャングルに僕は立っている。
先ほどまでは小鬼に見えていた男が人波から溶けだしてきて僕に確信を告げる。
「貴方は最初からずっとここにいましたよ。」
あぁ、あぁそうかここは。
ツートーンは明るくなった世界。涼しい風が吹き抜けて正しい気温を知る。日光が網膜に刺さる。新しい目標のために呼吸に集中し脳に酸素を巡らせる。
思い出が、小さな気づきが、僕の中で光った。
隣のドアをくぐった彼女。そちらを振り向くとすぐに見つけることが出来た。口元を覆い隠して自分は醜いと卑下するように立ちすくんでいる。次の目標は君だ。その視線を迎えに行く。
きっかけは白いスクリーンへの投影だったかもしれない。でも今ならそれを外した君にも同じことが言える。
「君は綺麗だよ。」
それ以上を口にする勇気はまだない。もっと君を知って、胸を張ってこの先を言えるようになるまで。僕はもう少し立ち止まっている覚悟を決めた。
プロジェクター のーと @rakutya
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