いつだってピンチ
ヤナセ
頑張れぼく。
夏の日差しに焼けたタイルに落ちた、綺麗な色のアイスが即液体になってくのを眺めて、ぼくはため息をついた。
「ユキはいつもそう!まいかいごまかされると思わないでよね!」
あかん。めちゃくちゃ怒っとる。
脳内に飼ってるツッコミ芸人が肩をすくめる勢い。目の前の朱里ときたら、自分でアイスを叩き落としたくせに自分の足に跳ね返りがきたのでさらに不機嫌になっている。
「いや、話聞いてよ…」
「いいわけはいらないの!ユキのばか!」
ハンカチで自分のスネのあたりを拭きながら朱里は怒鳴る。この状態になったら理屈は通らない。どうしたもんかな、とぼくは思いながら、とりあえず宥めつつ日陰の方に誘導を試みた。
原因はいつものやつ。
ぼくが悪い。
2人でいるときにぼくがこうして時々うわの空になるのを、朱里はひどく嫌う。
「あかりの話ぜんぜんきいてないよね!」
「いや、聞いてたって」
「うそつき!もうきらい!」
朱里が叫んだ。すんごく大きな声で。
「もうやだ!かえる!ユキのろりこん!はんざいしゃ!おまわりさーん!!!このひとろりこんです!!!!」
「待て待て待て待って待って待って!?!?」
それはやめてそれは。ねえ朱里お前どこで覚えたのそんなこと。マジで社会的にやめて。ぼく死んじゃう。
ほらー!通りすがりの人たちや献血の呼びかけしてる人や警備員さんがすっげえ目でこっちみてるじゃん。すぐそこに派出所あるんだぞ。めんどくさい展開を予想して目の前が真っ暗になる。
いや違う、これは「毎度のあれ」だ。
「ユキ!きてくれないかと思ったー!!!」
「ごめんトモカ!すぐ援護する!!!!」
地上に降り立った瞬間ザッガン!と地面に無数のヒビが走る。ぼくのせいじゃない、目の前の赤黒くどでかいアイツ。ぼくらが便宜的に「ドラゴン」と呼んでいるアイツのせい。動きに気をつけつつ、まずは最前線の仲間たちに回復魔法をぶっかける。量は最大。これで時間稼ぎはとりあえずオーケー、次はバフだ。こっちは少し時間がかかる。ぼくがきたのに気づいた味方の士気が上がった。こんな時にしか会えない連中だけど、ほんとみんないい奴らだ。誰にも死んでほしくない。
ぼくを教会からここまで運んできたガーディアンのクロコが翼を広げて、「ドラゴン」の巻き上げた石礫からぼくを護った。頼れるやつだ。後衛の仲間もぼくの周りに集まってきた。
「ごめんね教会からここまでクロコで一直線だったんだけど!」
「あーーーー!!!エンカしてすぐ呼んだけど流石に遠かったね!」
トモカたちの攻撃魔法が炸裂しまくってるので、トモカとのやりとりも怒鳴り合いになる。彼女とはいつもこうだ。
「事前に呼べよ!」
「むーりー!」
わかってる。いつもそうなのだ。
前衛に守護の魔法をかける。成功。前衛が「ドラゴン」の気を引いている間に、やられた味方をクロコに回収させる。
やばい、やられた人数多いな。いつものことだけど。
ぼくが呼ばれるときはいつもこうだ。
「大丈夫!ユキが来たからなんとかなる!」
トモカが、自分自身に言い聞かせるように怒鳴った。
全員これでもかとぶっ叩きに入ってるのに「ドラゴン」にはちっとも効いてる気がしない。
「あいつ弱点なに!?」
「知らない!」
「火と水と風はダメでした!」
「氷剣も折れたぞ!」
うわ、最悪。ぼくとトモカは顔を見合わせる。
敵には何かしら弱点がある。今回の場合あと残ってるのは雷くらいなのだが、またこいつが使いにくいったらないのだ。
まず、ぼくがあれ、苦手。弱点に弱点属性をぶつけたいんだけど、狙ったところに飛ばないのだ。いまみたいな乱戦だと味方の振り上げた武器に落ちかねない。なので味方を下がらせたいのだが、そんな余裕のある相手ではない。前に手練を張り付かせてるのにこっちにも攻撃が飛んでくるくらいの相手だ。撤退もできない。雷のでかいの落とせるのはざっと見回してもぼくくらい。そりゃそうだ。「こう」でなければ、トモカはぼくを「呼べ」ないのだから。
「…仕方ないな」
ぼくはため息をつく。
トモカが、ぼくの腕をギュッと掴んだ。
「ダメだよ、それ」
「トモカ。みんなを下がらせてね」
「ダメだってば!あいつ飛ぶんだよ」
「尚更好都合じゃん。大丈夫。クロコがいるよ」
「ダメだよ!たまには私の話も聞いてよ!ユキいつもそう!」
ああそうだ。いつもぼくはトモカの忠告を聞かない。
「だめだよ、トモカ。他にない」
「ユキのバカ!朱里を泣かせる気!?」
「いやそこで朱里の名前出す?」
そりゃ卑怯だよ、トモカ。
「わ、私も泣くからね!」
うん、知ってるよ。
「大丈夫だよ多分。それよりみんなをよろしくね」
「ユキほんと人の話聞かないよね!多分じゃダメだってば!」
「いけるって。多分」
「もう!」
クロコがぼくの隣に舞い降りる。指示など出さずともぼくの意を汲む、頼れる優秀なガーディアンだ。
「ごめんな、トモカ」
「ユキのバカ!ロリコン!」
「いやそれ待ってちょっと」
ふたりともぼくのことなんだと思ってるの。
クロコはぼくを背に乗せて急上昇、すり抜けざまに火球をいくつか「ドラゴン」の目…のような何かのあたりにぶつけて気を引く。眉間…のあたりに綺麗な石、朱里が落としたあのアイスと同じ色。ギラリとした「ドラゴン」の目。もう下のことは構っていられない。トモカがなんとかしてる筈。クロコが速度を上げて螺旋を描く。引かれるように「ドラゴン」が迫ってきた。ほんとだこいつ、飛びやがった。しかも、クロコより早い!?やば。いつもこうだ。ぼくは、いつも。
ねえ朱里、ぼくはうわの空になってるわけじゃなくて、毎回割とこうやってピンチなところで世界を救って…って、そうだね。君には関係ない。君の世界には関係ない。ごめんね朱里。待ってて、すぐ帰る。
朱里、トモカ、どうか、ぼくに力を。
「神様仏様朱里様、だねっ!絶好調じゃんユキ」
トモカがぼくの背中をバンバン叩く。
うん、絶好調すぎる。「ドラゴン」の急所はあの綺麗な石っぽいアレだったようだ。ちょうどそこに上手く当たったのかもしれない。落下に巻き込まれるようなどんくさい前衛はいなかったはずだが、念のために頭数を数える。よし、問題ない。今回は死人も出なかったようだ。
無事、「ドラゴン」は死んだ。
めでたし、めでたし。
…つまり。トモカと一緒にいられるのは「今回は」あとすこし。
「いつもありがと」
トモカがぼくの手をぎゅっと握る。
「ね。なんにもない時にもユキを呼べればいいのに」
「そうだね」
どうしてだか知らないけれど、それはできない。トモカは滅多にわがままを言わないけれど、こういう時はいくらでもわがままを言ってほしくなる。
「ユキ、愛してる」
くっついてくるトモカの背中を撫でる。
「ぼくもだよ」
「朱里とどっちが好き?」
「どっちも好き」
「もう…いまくらい、私だけって言ってよ」
「うん、トモカ好き。かわいい」
「ふふ」
クロコが甲高い声で鳴いた。時間らしい。
「朱里のこと、よろしくね」
トモカが笑った。
視界が暗転する。
夏の日差しに焼けたタイルに落ちた、綺麗な色のアイスが即液体になってくのを眺めて、ぼくはため息をついた。えっ、今回の『戻り』はここからなの…。
「ご、ごめん朱里…」
朱里のことは大好きだけど、彼女が怒鳴るのはあんまり好きじゃないんで、今度はとりあえずものすごく下手に出てみた。なんてったって悪いのはぼくだし。
「…………ううう」
朱里はなんか言いたそうにして口ごもり、唇をとんがらせて黙ってしまった。
「ごめんね」
「ユキ、いっつもそう…」
ぼくは手を引いて日陰まで連れて行き、足元に飛び散ったアイスの名残を拭いてあげる。しゃがんだぼくの頭を朱里がぺたぺたと叩いた。
「しんさくふらぺちーの…」
「わかった。ガーデンズにあるからそっち行こうね」
「ちょこのはかりうりー…」
「うん。それもね」
「写真パネル…」
「記念写真ね。撮ろうね。」
「うん」
「お昼どうする?」
「んー…」
朱里はかわいい。
朱里がニコニコしてると「あっち」でのぼくの能力が上がりまくることに気づいたのはいつからだったかな。それとは別に「あっち」には特に前触れなく呼ばれ、「あっち」の用が終わるとぼくらの思惑にかかわらずぽいと戻されるのは、ほんとどうにかならないかなと思うんだけど…
でも。「あっち」のことがなくても、ぼくは朱里に笑ってて欲しいんだ。大事なだいじな、ぼくとトモカの娘だから。
「てか、朱里おまえね。せめて外ではぼくのことパパって呼んでくんない?さっきから周りの目が怖いんだわ」
「知らない!ユキいっつもそう!」
あっ、これ今日の地雷なのね。なんかまた学校で言われたのかな。
まあ、そこらへんはお茶でもしながらゆっくり聞き出そうと思う。
ぶすくれてはいるが素直にぼくの手を握る可愛い娘を連れて、ぼくは涼しいショッピングモールを目指すことにした。
いつだってピンチ ヤナセ @Mofkichi
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