三章 猫に黄金
十四話 ゴールデンウィーク
静かな部屋にベットに寝転んで、貴重な休みを無駄にしている奴は誰か。それは多分、俺のことだ。いや、そもそも予定なんてものは元からなかったが。
柳は島莉さんとのデート、山名も彼女とデート。そう、お手上げ状態である。二人が別に悪い訳じゃないが、俺は完全に見捨てられている。でも、やってきたことは全て、自分だ。自業自得、それより、自分がやってきた因果が未来に起きる事を応報している。だからこそ、この結果なのだ。
何もする気が起きない。どちらかと言うと、何もすることがない。勉強やら、ゲームやら、やれることはある。でも、それは俺に最低限の休みの仕方でしかない。それを踏まえての何もすることがないという文句。自分に言い訳を聞かせるほどに、俺は暇という休みを謳歌している。
「外にでも行くか。」
独りでに言ってしまった言葉に今、後悔している。されど、気分転換は十分に必要だ。頭が回らなきゃ、暇も謳歌できやしない。何も考えず、ボーっと服を着替える。まるで、無意識下にやるように。
外は快晴であり、日差しが俺の気持ちよりも遥かに明るく照らしている。それを見ているだけでも、気持ちが竦んでいく。特別いい気分じゃないのは確かだ。太陽を憎むほど、そんなんじゃあ、いくらたっても、気分転換にならないだろう。ただ、ボーっとするよりかは歩いていた方がマシだ。
車通りの少ないところを歩いていると、反対側の通路から壁にもたれかかりながらくる女子高校生がいた。見たことある。そう思って、近づくと確かに俺の覚えのある女子高校生であった。だとして、この制服は俺と同じ高校のやつだ。
「えっと…大丈夫ですか?」
「あんた……は…あんときの…。」
意識がはっきりしていないのか、目の焦点があっていない。辛うじて立っている、それが彼女の様態だ。運命触手が激しく、彼女に繋がっていく、それと共に、彼女が攻撃してくることも理解出来た。
「やめろ!」
ストップをかけようとしたが、それは意味もなく、彼女のストレートパンチは近くの電柱を壊すほどの怪力であった。電柱がこちらに倒れかかろうとするが、なんとか、意志触手で受け止めることが出来た。が、それは一時的な何かであり、解決には怠っていない。すぐさま、運命触手の軌道を見て、彼女の攻撃を避ける。
「その力…やっぱり、神の力か。」
あの時、もっと彼女に聞くべきことがあったはず。確信はつきたくはなかったみたいで、自分に嘘をついた。というより、関わりたくなかったのかもしれない。でも、今更、怖気付いているところで、意味は元からない。俺は俺であり、嘘をつけた俺は自分自身の虚偽でしかない。つまり、これは俺の嘘への正当化ではなく、向き合うべき嘘だということ。
「神の力…あんたも持ってるの?」
強気な態度を取る彼女は、さっきよりも足が自立できるようになっていた。様子からして、彼女の意思で攻撃したわけではなさそうだった。不安、恐怖。それだけが彼女を蝕んでいるようで。
「持ってるというか、そんなとこです。」
「…同級生と敬語は少し気が引けるわ。私の名前は又抜まり、あんたは?」
「天宮公です。俺のこと、知ってるんですか?」
「えっと、あんた有名じゃなかった?悪い意味でだけど。」
「あー、そういえばそんなのありましたね。」
「敬語はやめてくれる?」
「あ、すんません。」
「はぁ。なんか、いけ好かないわ。でも、ちょうど良かった。私を助けて欲しいの。」
「助けて欲しい?」
「うん、出来るだけ早く。」
「何が起きたんだよ。」
「ついてきて、歩きながら話す。」
「分かった。」
さっきまで、たどたどしい歩き方だった又抜はあれが嘘だったように普通に歩いている。一応、何かの制御は出来るらしい。
「それで、何が起きたんだ?」
「私が信仰する神社の猫達がいなくなってしまった。猫達は様々な力を持って、言わば、神社の守護神みたいなものだった。」
「守護神…。」
「猫達がいなくなったことで、神社の信仰による力が暴走し始めた。簡単に言ってしまえば、猫達は蓋で、蓋が消えてしまったがために、器から力が漏れ出してる状態にある。」
「つまり…力のリミッターが外れているんだな。だから、攻撃してきてたのか。」
「それは…ごめんなさい。あんたを別に傷つけるつもりはなかったんだけどね。どうやら、力のブレと精神のブレは同じところにあるのかも。でも、言い訳でしかない。」
彼女はかなり気にしているようで、自分の非を認めようとしていた。俺は別に彼女を責めているわけではなかった。ただ、意志は他のところにあるのか、それが知りたかっただけだ。もし、猫が力を操っているのだとしたら、猫が怪しくなり、意図的に猫は神社から消えたと言える。
「別に気にしてない。確認したいことがあっただけだったんだ。」
「確認したいこと?」
「あぁ、猫達がもし、又抜の力を操っているなら、猫達は意図的に神社から出たことになる。もしくは、猫達が神社の外に出ることで、力が暴走するのを知っている奴がいる。大体、こんなところが考えられると思う。」
「猫達が意図的に神社の外に出ることは無いから、多分、後者が正しいわ。」
「なんで、猫達は外に出ないって分かるんだ?」
「猫達は言わば、守護神というより依代なの。猫の神を完全に顕現させるためには猫の複数因子が必要で、それが合わさることで、化け猫様が顕現出来る。」
「化け猫…?」
「でも、逆にそれが原因で、顕現させるために依代になった猫達は化け猫様の力が体内に入り込んでしまった。化け猫様を顕現させるための力は神社で形成を保てるから力が保持されるんだけど、神社の外に出てしまった瞬間に力の法則が乱れて、蓋が空いたままになってしまう。私は化け猫様の力を借りてるからそれと同様に力が乱れてるみたい。」
「ちょ、ちょっと待て。」
ツッコミたい理由が今にあった。化け猫って神なのか、俺の記憶では、妖怪だったはずだが。
「何?」
「えーっとだな。化け猫様って言ってるけど、化け猫って''妖怪''じゃなかったか?」
「そうね、確かに''妖怪''だった。」
「妖怪だった?」
「あんたの神に聞いたことない?''常識的な違い''を生み出すことにしたって言うやつ。」
ああ、それなら聞いたことがある。人間が存ずる思想に対して、神がそれを成すことがこの世界の通りになっている。だから、神はそれに従うまでだということ。
「まぁ、聞いたことはあるな。」
「信仰する神社に猫が一匹いた事が発端で、あの神社は猫の神がいるという噂になった。噂か、誠か、そんなのはどうでも良くて、運が悪くも良くも、その神社には猫がよくたくさんいるようになった。私達の言う神は、人間が神だと認識しているからこそ、顕現出来る。けど、それを常識だと言うなら、神社に対する、まさに、偶像崇拝っていうのは猫であって、猫の神がいるというのが神社に対する思想になった。そして、人間が思う猫の神、それほどの八百万の神をまとめることは出来ず、神に近い存在の妖怪が選ばれた。猫の神、そして、化け猫が選ばれた。」
「だから、化け猫が神になったってわけか。ただ、それは人間の解釈違いにならないのか?神が存ずる思想っていうのは、妖怪が存ずることは無さそうだが。」
「化け猫様に聞いたことがあるの。何で、妖怪なのに神なのかって。そして、化け猫様は私がここにいることを理解して欲しくないって言った。多分、妖怪だったのに、神になった自分が妖怪として醜かったのかもしれない。」
確かに、自分の存在意義はその特徴としての何かであり、その特徴さえ、なくなってしまえば自分を見失うのも納得がいく。それが妖怪と神になれば、その二つが対する物であり、一番の損失だということ。逆が逆を呼び、順を逆にしているだけの意味なのかもしれないが、本人にとっては余っ程のことだ。
「まぁ、何となくわかったな。」
そうしている内に、俺が見た事のない神社の前に着いていた。
「これが化け猫様の神社か。」
「ええ。とりあえず、階段を登って、手がかりになるものを探して。」
「とは言ってもだな…。」
手がかりというものが、神社に残っているのかさえ、俺には分からない。ただ、彼女は猫を見つける手がかりを持ってしても、猫を一匹も捕まえられてないようだ。それが苦悩と苦労だということは重々承知ではある。
「一匹もいないな。」
「…まだ、一匹も捕まえられてない。というより、私、猫を追跡できないの。」
「ってことは、今まで総当りで探してきたのか?」
「ええ。でも、一匹ぐらいは見つけたことはあるけど、簡単に捕まえることが出来ない。猫達も同様に化け猫様の力を持ってるから。」
「ああ、言ってたな。」
力を持つ猫か。この前までは神やら恋やらに振り回されていたというのに、今回は特殊な力を持つ猫と対峙しないといけないのか。面倒事っていうのは連鎖だから仕方ないのかもしれないが。
「それで、猫の行方は分かりそう?」
「えっと、だな。分かりそうにないかも。」
「そう…。ねぇ、聞くのは迷惑って分かってるけど、あんたはどんな力を持ってるの?」
引っ掛かりはそこにあった。まぁ、聞いてくるだろうとは思っていたし、彼女に伝えた方が探索の幅は広がるだろう。けど、俺は今、嘘をついた。猫の追跡なんて、運命触手の後を追えば簡単に見つけられるだろう。嘘をついた理由はもし、彼女の善意に対して、俺がそれに踏み込んでいくのはどういうものだろうか、と考えしまったからだ。彼女が俺に助けを求めた理由っていうのは、多分、神の力を持っている、つまり、境遇が同じだからだ。境遇が同じだからこそ、互いが互いを理解していると思ってしまう。他人に言えない秘密を互いに共有し合える環境というのは、今のことを言う。
この助けはやはり、俺にとっての悪にしかならない。彼女が俺に付け込む理由も無いはずだ。だから、俺は彼女を助けない選択を選んだ。
「腕から出せる触手を操るんだよ。気持ち悪いからあんまやらないけどな。」
「手伝うってこともしないの?」
「まぁ、うん。力になれないからな。」
「一人よりは二人の方が猫は見つかるはずよ。それなのに力になれないって断言するの?」
「俺なんかが猫を見つけられると思うか?俺は人を一人見つけるのも苦労するぞ。」
「別に、猫も人も変わんないわ。人数が多ければ、多いほど探すのは効率がいいはずよ。」
「頑固な奴だな。…仕方ない。探すよ。」
「本当に?」
「ああ、本当だ。」
又抜の頑固さと顔の必死さから俺は事の重大さを噛み締めた。又抜は多分、あんなことをしないのだろう。騙されるのは今回だけだ。
「まず、又抜。俺は今さっき、嘘をついた。」
「は?」
「いや、すまん。諦めてくれると思ってたからな。実はお前には見えないと思うけど、白い糸みたいなのが俺の周りに発生してるんだよ。」
「はぁ。嘘ついたことはいいとして、その白い糸ってのは?」
「''運命触手''って言うんだが、これは出来事の流れを読んで……所謂、未来を読めるものだ。」
「なるほど、それで猫がどこに行ったか、分かるってこと?」
「まぁ、そういうことだ。」
運命触手の説明はかなり面倒臭いので、又抜には簡単な説明をすることにした。未来を読めるっていうのはかなり間違った解釈ではある。どちらかと言えば、運命の流れを垣間見るっていうのが正しい説明だ。
「とりあえず、こっちの方向に逃げてる奴がいる。行ってみよう。」
「分かったわ。」
運命触手が導き出したものは神社の奥の奥、つまり、森の中である。この神社は森の間に出来ていて、人に見つけられるのも一苦労だ。昔は栄えていたのかもしれないが、時につれて、放置されていってるのだろう。
「…神社か。」
運命触手を追った先には、古びた神社が立たずんでいた。さっきの神社よりも年季が入っている。おそらく、本当に忘れられた神社だ。
「私、こんなところに神社があるなんて知らなかった。しかも、あの神社と近いし。」
「灯台もと暗しとはよく言うけど、これはなかなかに大きいもんだな。」
「本当にここにいるの?」
「ああ、猫がどこかに隠れている可能性がある。」
「どこって──」
又抜が話す前に猫が急に前に出てくる。その姿は何ら変わりなく、猫だ。運命触手はその猫に繋がっていく。こいつが力を持った猫か。
「見つけたっ!」
又抜は何かを構えると、こう唱えた。
「
又抜は瞬く間に瞬間的なスピード、言わば、新幹線の速さで猫の方に走る。よく見ると、又抜の尻のほうからもやもやとした、ホログラムのような猫のしっぽが出ていた。一猫ってそういうことか。
「くっそ!」
「マジか、あの速さで?」
しかし、状況は変わらず、又抜のあのスピードを出したとしても、猫を捕まえることは出来なかった。あの速さよりも速いとなると俺は絶対に捕まえられない。
「ちょっと、手伝ってよ!」
「あんなの無理だろ。お前のその速さで捕まえられないなら、俺は足でまといになるだけだ。」
「挟み撃ちとかあるでしょうが!」
「お前の速さに合わせられるかどうか怪しいぞ。」
「その言い草、やってみなきゃ分かんないってこと?」
「まぁ、そうだな。」
「じゃあ、やるわよ。」
合図はさっきので、理解した。新幹線のスピードが人間が追いつくかと言えば、追いつかないのが現実だ。ただ、肉眼で見えない速さでは無い。ここで求められるのは、反射神経だ。如何に、又抜に合わせられるかどうか。ここで失敗すれば、猫はとんでもない速さで逃げてしまうだろう。
「一猫 猫足」
又抜が猫の前に行く。そして、目にも止まらない速さで猫は又抜に対して、反対方向に逃げていく。俺は蛸の触手を使って、反対方向に向かう猫を捕まえようとした。
「避けられた…!」
「もう一回!」
又抜は足を踏み入れ、ジャンプしている猫に同様にジャンプをして、捕まえようとする。そのジャンプも一定の速さで行き、猫のすぐ側まで近寄る。しかし、猫は既に地に足が着いており、逃げる時間を作ってしまった。
「天宮!」
頼みの綱は俺しかいない。そんな状況、俺には不都合だ。ただ、限りある人生の中で、自分が世界に求められる瞬間は幾つあるだろう。多分、一生そんなものは来ない。でも、誰かのために出来ることは幾度なく、チャンスも変わらず来る。それが俺には不都合でしかない。
「間に合え!」
運命触手で見た、猫の行き先を把握し、その方向に思いっきり触手を伸ばす。そして、触手を縄のようにして、猫を捕まえる。
「……何とかなったな。」
「やった、やったわ!」
又抜はツンケンした態度をやめて、女子高校生相応な反応をした。必死になっていた表情も今は緩やかな顔になっていた。余っ程、嬉しいのだろう。
「ねぇ、そんなに顔を見ないでくれる?」
「あ、はい。」
うん、やっぱり怖い。
思想的社会主義 憂い凧 @takorut
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