閑話 其ノ壱
私は再び、恋をしている。あの時のような狂った雑学者からの告げられた恋ではなく、もっと純粋な恋。天宮公、公君に恋をしている。
あんなに熱心に私のことを言ってくれるとは思ってもなかったし、何か、認められた気がした。いや、気がしたんじゃない。認められたんだ。私が私利私欲を望むなら、彼は私利私欲による全ての憤りを見てくれている。
授業中も、公君を見ているだけで時間が過ぎていく。退屈だと思ったその時間に、一瞬の意識的な垣間で、一瞬の出来事だと錯覚出来る。脳の負担より、恋の負担というものを理解している。理解するほど、自分のことを恋心に惑わされていると感じる。私利私欲というより、それを糧にした役常相が本来の精神を表すようになる。あれ以来、ずっとそうだ。私利私欲の精神は神の告げのおまけ、この力が使えるのもそういった根拠に基づいた結果だったというわけなのか。
いずれにせよ、私は力を使うことを自分で禁じることにした。神に言われたあの言葉を否定するわけではないが、今はただ、自分の気持ちを整理したい。最も、自分のことを自分がよく知っていると割り切っていたのは私だったんだけども。
昼休みになれば、友達と話しながら食べるのが普通だと思う。至って、私もその普通という枠には入っている。しかし、今日は公君と一緒に食べたかった。気持ちが抑えることが出来ず、自分の思うままに突き進んでいく。
「公君!」
「うおっ!…びっくりした。」
さりげなく、背中を押す。それに驚いた公君が私の方へと振り返り、びっくりしている表情をしていた。それが何かと面白くって、笑ってしまう。
「ん…あはは!面白い顔だね。」
「ひでーな。これでも、つまらない顔代表だ。」
「そこまで言わなくても…。ねぇ、一緒に──」
私は途中で話すのをやめてしまっていた。浮かれていた自分の気持ちに今更、嫌悪感を抱き始めていたからだ。あんなことをした後に、堂々と、それより、何事も無かったかのように接するのは気が痴れる。馬鹿だ、私の馬鹿。気持ちを整理するだの、恋をしているだの、私にとって、それは自分の罪を償うための贖罪だ。公君が言ったあの言葉を自分が助けられたと自覚して、のうのうと生きている。
「サガ?一緒に…なんだ?」
「あーえっと、ごめん。なんでもない。」
「…そうか?別に俺に何か気遣っているわけじゃないならいいんだが。」
「そういうわけじゃないよ。ごめんね、呼び止めて。」
「いや、いいよ。サガと話すのは少し面白いからな。」
ああ。こんなことなら、ちゃんと誘えばよかった。
放課後になってから、ずっと自分の在り方を探していた。よく、自分探しの旅に出るという言葉を見掛ける。実際、それは全部を捨てて、新しい自分になりたいための生き様だ。私は全部を捨てられるほどの想いはない。一つ、一つ、それは私を形成させるための重要なものだ。概念が論ずる、私を私と認識できるための追憶だ。
「サガ!ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか?」
「えっ、あ、うん。」
急に話しかけられると咄嗟に対応することが出来ない。それは突然起きた事象であるからではなく、自分の容姿を再確認するための時間が無いからだ。公君と会う時は万全な状態の私でいたい。いわゆる、願望の奥深さ。人間は誰でも完璧になれるわけじゃない。だから、神の力を持っていても完璧になれるわけじゃない。
「えっと、聞きたいことって?」
「女子とどこかに行く時に着ていく服はどんなのがいいかという話だ。」
「あー、昨日そんな話をしてたね。」
海波渥美。俗に言う、美少女。彼女が本気を出せば、この学校にいる男子達を網羅出来るほどのスペックを持ち合わせている。吉か凶か、それ故に、自分の美貌に嫉妬もない奴だ。悪く言えば、彼女は自分のことを客観的に捉えていない。全部が全部、自分中心に回っているのではなく、世界が彼女自身に回っていると言った方が妥当だろう。だが、彼女は記憶を見なかろうが分かることがあった。それは、公君に好意を抱いていること。
公君が彼女に対して、何を思っているかは分からない。でも、明らかに私の方が劣っている。選ばれないのは私だ。でも、選んで欲しい。腐りきった私の心を紐解いて欲しい。一方的な想いは一人の少女とは違って、最も、罪に近い何かだ。私が劣っていなくても、選ばれない、選ばれてはいけない存在だ。だから、彼女は彼女自身で世界が回っているように見える。全部が上手くいき、波乱万丈のはの字もない。人生、山あり山あり、それが彼女の道だ。
「私、公君の制服姿しか見てないから、具体的な意見は出せないよ?」
「それもそうだな。んじゃあ、例として、というか、俺がいつも着てそうな服を言おう。」
「分かった。どんな服を着てるの?」
「まぁ、上は白のTシャツで、下は黒のダボッとしたズボンを出かける時に着るな。」
「なるほど。それはそれでいいと思うけど、私の個人的な意見を言うなら、何か羽織るものが欲しいね。」
「なるほどな。シンプルっていうのも、案外良いとは言えないしな。まぁ、ただえさえ、外に出ることは無いから、選択肢はいくらでもあるわけだが。」
「黒色、青色のものなら薄着でもよく売ってると思うよ。」
「帰りに買うか。ありがとな、サガ。」
「うん。また相談乗らせてよ。」
彼女のように、公君との関係をよくできることは無い。ただ、ずっと見ているだけでも、私にとって幸せだ。だから、こんな選択しか取れなかった。
「あー、後、今日一緒に昼飯食わないか?」
「え、ん、え?」
思わず、ため息をつく前に吸い、自分でもびっくりするくらい驚いていた。まさか、あっちから誘われるなんて思いもしなかったからだ。公君は比較的、受け身であって、人に興味がなさそうな感じだったのに、私に少し気が入りすぎている。何かやってしまったか、いや、そうじゃないのか。気の迷い、それよりも何か意味がある。
「今後、サガにはお世話になりそうな気がするし、俺の友達、二人とも部活の用事で一緒に食べられないんだよ。」
「そ、そうなんだ。」
間髪入れずに私に追撃する。私の心は震度7ぐらい揺れていた。動揺よりも、動激揺と言ったところだ。公君にバレないように少しずつ落ち着きを取り戻そうと、息を吸っては吐く。
「ん、大丈夫か?」
「えーあーうん。一緒に食べようか。」
戸惑いもあったものの、私は周りの視線を気にせずに承諾した。別に視線とか、噂とかを信じたわけじゃない。仮にそういう噂を建てられた方が優位だ。
昼休み。いつもちゃんと聞いている授業は、耳の穴をトンネルのように通り過ぎていく。まともに聞こうと思っても、自意識が邪魔する。でも、やっと、この時が来た。
「公君。待ってたよ。」
「悪い、遅れたな。」
「食堂なんて、あんまり来ないけど、いい匂いするね。」
「いい匂いって言っても茶色い食べ物だらけだけどな。」
「確かに野菜とかないけど、そういうのって男子高校生が結構食うイメージがあるよ。」
「代謝がいいから何食っても、ある程度は太らないんだよ。」
「なるほど。育ち盛りって奴?」
「そう、育ち盛り。とは言っても、俺がそこまで育ち盛りかって聞かれると疑問に思うことはあるけどな。」
「でも、太らないっていいな。私、これでも体型は気にしてきた方だから。」
「サガの体型って、なんとなく、平均値って感じだよな。可もなく不可もなく、男子に普通に好まれそうな感じだが。」
「そうは言っても、制服だけじゃ判別できないでしょーが。」
「た、確かに…ごめんな?デリカシーがなくて。」
「えっ?いや…別に。」
少しだけ私は期待してしまった。彼に私の体のことを聞かれたから。彼が私に興味を持つなんて。
「女子はいつもどんなのを食うんだ?」
「うーん、意外と男子と変わらないかもね。」
「つまり、ラーメンとかカロリーが高そうなものとかを食べるってことか?」
「少数の人はそうなんじゃないかな。でも大抵はラテとか、菓子とかそんなもんだよ。甘いものはみんな好きだからね。」
「甘いもの…か。」
「なんか好きな甘い食べ物ある?」
「そうだな。俺は別に甘いものであれば、なんでもいい。」
「公君は意外と大雑把だね?」
「これに関しては大雑把というより、甘いならなんでもいいって感じだな。逆に、サガは好きなものがあるのか?」
「うーん。」
考えてはみるものの、私は甘いものをあまり食べてこなかった。というより、知識の囚われて、甘いものに興味がなかった。確かに甘い者には興味があったかもしれないけど、今じゃそれも、過ちの過去だ。だからと言って、甘いものが嫌いというわけじゃない。好きより下、嫌いより上。つまり、普通。
「いやぁ、特にないかな。私、あんまり甘いもの食べないし。」
「そうか。」
話を遮っているみたいで心苦しくなってしまう。知識欲があっても、興味がなければ、それは単純な学でしかない。言ってしまえば、頭の持ち腐れというところだ。
昼休みが終わり、授業が始まる。思い返してみれば、公君とのランチは上っ面なものでしか無かった。確かに、楽しいという気持ちはあった。でも、感じていたのは、私がいかに人に興味を持たなかったのかが身に染みて分かったところだった。今に気づく、私は公君を好きなのではなく、公君が好きな私が好きなのだ。
私利私欲とは、そんな定理で成り立っている。いや、理由なんてものはなかったけど。あれやこれやらを可愛いと言っている女子は本当に可愛いと思っているのか、そういう何かに近しいものを感じた。
こんなの、贖罪にもならない。恋なんて、ただの感情だ。でも、それでも、私は彼にそう、恋をしていたい。
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