十三話 修復

全部が上手くいったとは思えないが、俺の中ではそうなっている。柳のことも、サガ、通称黒髪セミロングのことも。災難続きではあったけど、自分でなんとかやってのけたはずだ。自分を褒めることなんて滅多にしないし、ポジティブに考えること自体、ネガティブ思考が存ずる証明だ。だから、ネガティブ的に言えば、頑張っても、何も得ることは無い。願いも大抵、そんなもんだろう。


デジャブというデジャブを日常で感じなくなったのが一番の得点か。いや、あんまり恩恵を感じない特典だな。というか、こっちが普通ということに慣れていなかった。馴染むと言うよりはデジャブに感じるものを慣れる時点でおかしいんだと思う。あくまで、俺の中の観点ではあるけども。


「よっ、天宮。」


ニヤニヤした表情で、こっちに近寄ってくるのは、柳。まぁ、その表情ってことは成功したんだろうな。それはデジャブ冥利に尽きる。あんだけ苦労して、失敗だったら俺はサガに言ったことを二度、否定しなければならない。どっちにしろ、俺は成功にかけていたわけだ。これはかなり、両刃の剣の賭けではあったんだが。


「朝早くから、変な表情を見せんな。」


「まぁ、そういうなって。朗報があるからよ。」


「朗報ね、大体予想はつくけど。」


「そう、デート決まりました!」


「良かったな。」


「天宮にしては感情の籠ったことを言うんだな。こういうことをすると、大抵、冷たい視線と共にゴミを見るような目をするから。」


「いや、俺が協力しといて、それはないだろ。普段の俺ならやってた。」


「やってたんかい。でも、本当にありがとう。おかげで助かった。」


乗りかかった船。俺は柳に助け舟を出した。かつて、柳が船に俺を乗せてこようとしていた。俺はそれに承諾し、なんとか自分という存在を受け取った。だからこそ、俺はいつか、それを返さなければならなかった。流れではあるものの、それなりに助けと呼べることは出来たはずだ。柳がそれに気づいてなければ、それとなくの精神ということである。恩返しというのは、あくまで、契約された精神という塊に過ぎない。


「楽しいゴールデンウィークを過ごせよ。」


「ああ。」


日常の一部のごく普通な授業が始まった。




いつもの様に俺と柳と山名で、食堂で話をしながら昼飯を食っていた。ああ、いつもの様にっていうのも、ほんの些細なことではあるが。


「なぁ、天宮はゴールデンウィーク、何すんだ?」


「ゴールデンウィーク…ねぇ。」


脳の中にびっしりと詰まった、暇という言葉。今になっては、それが正しいか否か、判断しなければならなくなっていた。柳はゴールデンウィーク中に島莉さんとのデートを楽しむつもりだろう。全部の日がデートという訳でもないだろうが、俺がゴールデンウィークという特別な日に入ることなんて、早々危なっかしいことだ。ゴールデンウィークに思い入れをするのは柳だというのに、俺という暇という言葉が似合う男に一体何の価値があるって言うんだ。自虐的に観点を見たものの、全然、予定というのは増えることは無い。ネガティブ思考ってのは辛いな。


「特に決まったことは無いよ。強いて言うなら、勉強くらい?」


「マジか、真面目だな。」


ゴールデンウィーク後には、期末テストがある。そのために勉強するのも一つの予定だ。まぁ、ただそんなやつ、暇な人、暇人であり、つまらない人間だ。全部の人間に当てはまる訳では無いが、俺にとってその行為はつまらない人間が予定があるかのように存在を認識させるための虚偽だ。こんな話をするのも癪だが、至って陰キャな生活というものを実感している。


「山名は何するんだ?」


「彼女とデートだよ。柳と一緒ってこと。」


「おお。やっぱり、そんな気はしていたけどな。つまり、天宮…お前ってやつは…。」


「あーそうだよ。ただのつまらない人間の完成だ。そもそも、俺に彼女が出来る可能性なんて一切ないだろ?」


「いやいや、天宮にはいい所がいっぱいあるじゃないか。えっと、優しい、とか?」


「それって、結局、誰でもなれる単純なタイプでしかないと思う。だって、気が変われば、誰にでも、気遣うことは出来るんだからな。それと言って、それをこなすのに自力という言葉なんてもんは存在しない。それを誰かが''優しい''か''偽善''だと評価すれば簡単になれる。まぁ、だから、俺に優しいっていう言葉も祈るための言葉でしかないってわけだ。」


「天宮、ふざけたことは悪いが、本当に俺は優しいと思ってるぞ。」


「僕も。」


濡れ衣という言葉をここで使うかは分からないが、結局、それという、断言出来る言葉は見つからない。優しいと思う反面に一切の感情がなければ、ある程度の統制になる。見積もりも言われた限りのものだ。


「それより、僕は海波さんとの関係が気になってしょうがないよ。」


「だから、そんな関係じゃないって言ってるだろ。最近は関わってないし、そんなもんなんだよ。」


「諦めが早いな、天宮。俺は成功させたんぞ?」


「それって、自慢か惚気、どっちだ?」


「どっちもだな。」


「かなり贅沢だね。」


山名が苦笑すると、柳はまた誇らしげな顔をする。成功させた原因は俺にあるってのに。まぁ、引きづることはあまり良くない。柳が成功させたと考えるべきだ。いや、それだとある意味の戒めを示していることになるのか。だとすると、柳との関係は今、戒めの因果に飲まれている。気にすること必要ない。柳が上手くいけばいい。


「そろそろ昼が終わるね。教室に戻ろうか。」


「そうだな。」


山名と柳がそう言って、席を立つ。それに気づくのに少し遅れて、慌てて立つ。


「どうした?」


「なんでもない。」


不審がられたものの、特に気にされることは無かった。なぜ、反応が遅れたのか。それは運命触手がまた何かに伸びて行ったからだ。それはどこかは分からないが、何かしら嫌な雰囲気を醸し出していた。どちらにしろ、運命触手絡みは余計なことで片付けられることばかりではある。しかし、この運命触手に助けられていることも事実であり、この二つの事実に挟まれ、悩まさられている。




教室に戻ると、その運命触手がどこに繋がっていたか分かった。普通は一、二分かかるところが、ものの一瞬で分かってしまったのだ。この時、俺は自分の力を恨んだ。それもそのはず、繋がっていたのは海波さんだったのだから。海波さんの方を見るとこちらに手を振り、廊下に来てと手で合図をしてきた。


「何用ですか、海波さん。」


「その…ゴールデンウィークって暇かな?」


「暇ですね。強いて言うなら勉強くらいです。」


決まり文句のように、さもなく、勉強が暇では無いことを意味しているような言い方をする。女子の前で見栄を張っているわけではなく、単純にやることが勉強なだけだ。自分に戒めを感じるというか、それこそ、言い訳に聞こえるものだが。


「勉強か、偉いね。私もやらないとだけど、もし暇なら、ゴールデンウィーク中にどっか遊びに行かない?」


「いいですけど、海波さんは大丈夫なんですか?」


「それは何の心配?」


「ほら、この前、そういう噂もあったじゃないですか。」


「それは私にとって過ぎた話。今は今で、過去は過去だと思うよ。いつまでも過去を引きづってたらキリがないから。」


「ご最もで。ゴールデンウィークは全日、暇だと思うのでいつでもいいですよ。」


「じゃあ、ゴールデンウィークの最終日に。」


「はい。」


海波さんは友達とかの付き合いで、ゴールデンウィークが忙しいのに違いない。ゴールデンウィークの最終日まで、予定という予定が詰め込まれているとすれば、どれだけの疲労を費やすのだろう。わざわざ、俺のために労を増やす必要はない。適当な理由で断るか、だとしても、労る理由も俺に必要なのかと言えば、違う。海波さんにとって、それが一つの労りなのかもしれないし、一つの労働なのかもしれない。彼女においての労の基準を知ったわけではないし、ただの考えすぎだとは思うけど。


「連絡先、交換しておこっか。」


「あ、はい。」


中学の頃からあまり友達がいなかった俺には連絡先を交換するという異文化はあまり体に馴染まなかった。報連相のように、ただ、平和的な文ではなく、事務的な文になることは承知の上なので、自分から進んで会話はしたくない。しかし、連絡先って、海波さんから貰えれば、喜ぶものだろうか。どの物語においても、美少女的存在は確立されて、美少女的存在から貰う何かは神聖物に等しいものだ。なんか、気持ち悪いことを考えてしまった。


放課後、俺は黒髪セミロングこと、サガと廊下で喋っていた。


「公君。今日、誰かと廊下で喋ってなかった?」


「あ、ああ。海波さんとだよ。」


「海波さんか。なーんで、二人きりで話していたのかな?」


「ゴールデンウィーク中に一緒に遊びに行かないかと誘われたんだ。」


「断ったの?」


「いや、暇じゃない嘘はつけなかったから断ってない。サガよ、これがつまらない人間の成り行きだ。」


「嫌だなぁ、公君。私は少なくとも、つまらない人間とは思ってないよ。」


「ありがと。お世辞でも嬉しいこった。」


「…まぁそれとして、私も誘ってくれてもいいんですよ?」


「サガを?いや、サガも友達とかと予定があるだろ?そんな特別な日に、特別でもなんでもない、ただの秘密の共有をしている仲はゴールデンウィークに誘っちゃいけないだろ。」


「別に公君とはそういう仲間だと思ってないよ。」


「え、それってどういうこと?」


「だから、友達でしょ?」


「サガ、まさか、友達になってくれるのか?」


「ええ?そんなシリアスに言うことかな?」


「サガに嫌われてると思ってたからな。実際、俺に恨みでもあるはずだろ?」


「ないよそんなもの。嫌うとかどっから出てきたの?」


「俺の一方的な価値観だ。だって、柳との恋を諦めさせたんだからな。」


「その諦めがついたのは、公君の一方的な価値観のおかげだと思うよ。それとこれとは別の話ではあるんだけどね。」


「サガがそこまで言うなら、嫌われているわけじゃないんだな。それじゃあ、サガが必要になったら呼ぶようにはする。」


手に持っていたスマホをサガに見せる。さっきまで少なかった連絡先には、海波さんの連絡先ががっちり入っていた。その連絡先に価値があるかどうかはその一方的な価値観に研ぎ澄まされてはいる。もし、これが売れるものだとするなら、ダイヤモンドや石油などの価値は人間の心情によって生み出された価値ではないということである。あくまで、一つの感情論の行先の一方的な価値観というのではある。


「はぁ。公君は少し、女心というものを理解して欲しいよ。」


「え、なんか悪いことをしたのか?」


「まぁいっか。まさか、こんなにも上手くいくなんて。」


さながら、嬉しそうなサガを見ると、よっぽどゴールデンウィーク中に遊びたかったのだと思う。もしくは、合う人全員の記憶を改ざんするとかなのか。それはそれで恐ろしいが。サガに限ってそんなことはしないだろう。一つの目的に二つの目的は存在しないというのは、目的の内に二つの存在を認識することは不可能だからだ。例え、二つの目的を作ったとして、あるべき順に目的を正すことしか出来ない。


「ゴールデンウィーク、楽しめよ。」


「公君こそ。」


学校の門でサガと別れて、いつもの道を歩く。しかし、そこで具合の悪そうな女子生徒が壁に倒れかかっていた。


「大丈夫ですか?」


「…はぁはぁ……。」


息遣いが荒く、顔が赤い。無理して、学校に来たというわけでもなさそうで、熱というわけでもなさそうだった。ただ、何か異質なものを感じていた。運命触手は徐々にこの女子に繋がっていき、不幸な告を頭の中で網羅されていた。信じたくないぐらいの違和感と共に、猫の声がどこかしらから聞こえる。猫の声とは言っても、喉の奥から聞こえそうなゴロゴロという音。


「はな…れ、て。」


そう言って、女子が急に立ち上がると、右手を壁に叩きつけ、石で出来ていた塀を見事に壊した。それは人間の力と言うよりも、動物の力と言うよりも、例えるとするなら己の力こそで破壊したというのが正しい。


「なっ。」


思わず、口に出てしまっていた。離れては、いたものの、あれに当っていたら骨が粉末状になってしまうところだった。この歪な力を評するなら、言わなくてもいいぐらいに分かりやすい。神の力を持つもののはずだ。


「くそっ。」


捨て台詞を言い放ち、彼女は俺から逃げるように立ち去って行った。壊れた塀を見ると、本当に拳だけで壊したとは思えない。大きな穴が空いている。粉々になった石の欠片は、持とうとするだけで、砂のようになってしまう。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━二章完結です


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