欲張りなティアラ(2)

 いよいよ、オーロラにティアラを納品する日がやってきた。

 試作品には概ね満足してもらったとはいえ、不安がないわけではない。

 ライラは慎重に、真鍮しんちゅうの装飾が施されたガラスケースを、カウンターの上へ置いた。ケースの中の、ベルベッドのクッションの上には、すでにティアラが飾られている。


「大丈夫、綺麗だよ」


 ティアラへ語りかけるように、ライラはつぶやいた。

 きらり、と霜の花がきらめいたような気がする。

 ティアラを形作るつた模様には、小粒の月光石が輝く。月光石は、内側から輝きを放つよう、複雑な多面体にカットされた。ティアラの全面に咲くのは、宝石の霜の花。花柱は虹玉、花びらは涙貝でできている。


 花びらの花脈は、特殊な象嵌ぞうがん技法で描かれたものだ。貝や鼈甲べっこうなどの有機素材の表面に金や銀を埋め込む技法ピクウェは、それまで一子相伝の幻の技と言われていた。それを、ローガンが独自に再現することに成功し、ライラにも受け継がれたのだ。


 細やかな作業を得意とするライラは、シャンパンカラーの二枚貝で、人魚姫の涙に例えられる涙貝を花びらに形どり、白金で花脈を描いた。

 そうして、冬の冷たさと美しさを表したような、霜の花が出来上がった。


「あとは、仕掛けガジェットを気に入ってもらえるかどうかだ」


 ライラは、ガラスケースの底部分にある引き出しを開ける。引き出しの中から、様々な付属パーツと、小さな専用工具が出てきた。

 道具が揃っているか、傷はないか、ライラはひとつずつ確認していく。

 しばらくすると、窓の向こうに、二頭立ての馬車が到着した。


「こんにちは。私のティアラは出来上がったかしら」


 ライラの前にあらわれたオーロラは、肩にかかった髪を払い、腰に手を当て上体を反らせた。相変わらずの高圧的な態度に、ライラは一瞬怯んでしまう。


「で、出来ました。お待たせいたしました。こちらです」


 しかし、何とか気持ちを持ち直し、ティアラが飾られたガラスケースをオーロラの目に入れる。


「…………」


 オーロラは無言のまま、ガラスケースへと顔を近づけた。


「手にとっても?」

「もちろんです」


 ライラは被せ式のガラスケースを持ち上げた。

 霜の花のティアラが、自然の光を受けて輝きを放つ。


「……すごいわ」

「えっ?」

「こんな繊細なティアラ、見たことがない」


 オーロラの恍惚とした表情に、ライラの自信が満ち溢れていく。


「意外と、軽いのね。これだけ宝石が使われているのに」

「はい。できるだけ薄くなるように削りました」

「これなら、頭に乗せても気にならないわね」


 オーロラはご機嫌だった。

 しかし、勝負はここからだ。


「以前にお話していたように、これからティアラを分解します」


 ライラは再び硝子ケースの引き出しを開く。

 すると、瞬く間にして、オーロラの表情が曇った。


「複雑そうね。うちの執事にもできるのかしら」

「慣れればどなたでもできるとは思いますが、店にお持ちいただければ、私が責任を持って分解も組み立てもいたします」

「……まずは、見てみたいわ」


 ライラは専用工具を使って、ティアラをいくつかのパーツに分けた。

 大きめのパーツは付属のチェーンをつけてネックレスに。

 小さめのパーツは、髪飾りやピンを付けてブローチへと変化した。


「手早いわね」


 オーロラが感心したように言った。


「あ、実は……お待たせしないように、何度も練習したので」


 素直なライラは正直に答える。


「付けてみてもいい?」

「はい。お手伝いいたします」


 ネックレスや髪飾りを身に付けたオーロラは、壁掛けの鏡の前に立ち、しばらくの間じっと自分の姿に見入っていた。

 ライラは息を潜めて、その様子を見守る。


「いいわ。すごくいい。期待以上よ」


 オーロラの表情が華やぎ、ライラは胸を撫で下ろした。


「宮廷用の宝飾品とはいえ、女王の前では失礼になるため、滅多なことではティアラを冠ることはできないの。こんな可愛らしい宝飾品を、たった一度きりのものにするのは勿体ないものね。こうして、ネックレスやブローチにできるのなら、何度でも身に着けることができそう」


 早口でよく聞き取れなかったものの、ライラがティアラに込めた思いを、オーロラが受け取ってくれたということは伝わってきた。


「恋をするように、いつもおそばに置いていただけるティアラにしました」


 オーロラは嬉しそうに微笑む。


「あなたにお願いして良かったわ。お揃いのリングとイヤリングも注文したいのだけど、いいかしら」

「は、はい。ぜひ……!」


 代金と引き換えににティアラを手にしたオーロラは、上機嫌で帰っていった。


「でかしたぞ、ライラ。よくやった」


 オーロラの姿がないのを確認して、ローガンが売り場に顔を出す。


「親方や、皆のおかげです。タイラーさんには特に、鋳造で無理を言いました。予想より重量が出て、何度もやり直しをお願いしましたから」

「お前さんならできると思ってた」


 ローガンは笑いながら、ライラの頭をぐしゃぐしゃとやや乱暴に撫でた。


「ジェイデンもしっかり報告しろよ。誰よりもライラに期待しているのは、あいつなんだから」

「ジェイデンが私に期待? まさか!」

「気づいてないのか。哀れなやつだな、ジェイデンも」


 ローガンは大げさに溜息をつく。


「でも、やっぱり、ジェイデンのおかげです。完璧じゃなくても美しいものがあると教えてもらったから、あのティアラが出来上がったんです。完全体でないときも、それぞれがネックレスやブローチとして美しい。私らしいティアラなんです」

「そうだな、貪欲なお前さんらしい。欲張りなティアラだ」

「私、ジェイデンにも御礼を言ってきます」


 ライラは満足げな笑顔で工房へと向かうのだった。




 ―― 第一部・完 ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宝石職人のバケットリスト タカナシ @birds_play

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ