欲張りなティアラ(1)

 舞踏会で見た豪華な宝石を思い浮かべながら、ライラはティアラの図案をいくつも描いた。

 しかし、なかなかしっくりとくるものがない。

 そろそろオーロラから催促が来る頃だろう。早く形にしなければと思うものの、気持ちばかり焦って、手は動かなかった。

 周りを見渡せば、ライラ以外の工房の職人たちは忙しく働いている。ライラは情けなさと焦りで、頭を抱えた。


「この図案、悪くないんじゃないか」


 ふいに、ジェイデンの腕が伸びてきて、数ある図案の中から一枚を拾い上げる。


「あまり気に入ってないの」

「妥協点を見出すのも大事だろ。そもそも、今のあんたに完璧なものなんて出来るのかよ」

「それは……そうだけど……でも」


 ライラは口ごもった。

 完璧でない私に、完璧なものはできないのだろうか。

 良くない傾向だと分かっているのに、ぐるぐると否定的な考えが頭の中で渦を巻く。

 冷静になりたくて、世界から自分を切り離そうと、そっとライラは左耳を塞いだ。

 すると、強引にその手を引っ張られる。


「うわっ」

「だ、だから、完璧じゃなくてもいいってことだよ」


 ジェイデンは「くそっ」と髪をかきむしる。


「えっ……?」

「〝不完全なる美〟を知ってるか? ルーモとブリーロの二体の女神像のことだ」


 ライラは目を輝かせて頷いた。

 浮き彫りレリーフを学ぼうとしていたとき、有名な彫刻だからと、ローガンに二体の女神像を描いた絵画を見せてもらったことがある。


「一体は腕を欠いた女神、もう一体は翼をもがれた女神の彫刻像だよね」

「完璧である必要はないんだよ。むしろ、不完全なものにこそ心惹かれることもあるんだ」

「それが、不完全なる美……」


 ライラは、荘厳なる二体の女神像を思い浮かべる。

 欠けているがゆえの儚さ、または、欠けているものを想像する広がり。

 完璧なものだけが、美しいわけではない。

 ふと、舞踏会の夜、手のひらに舞い落ちてきた綿雪を思い出す。

 オーロラのティアラに、いずれ溶けて消えてしまう霜の花のモチーフを取り入れようとしたのも、不完全なる美に、無意識に惹かれていたからではないだろうか。

 不完全なるもの。

 美しいもの。

 ライラは、光り輝く場所へと導かれているような気がしてくる。


「ライラにしか作れないものがあると思う」


 ジェイデンがぼそりと言った。

 

「私にしか作れないもの」


 ライラはジェイデンの言葉を繰り返す。


「自分のことってよく分からない」


 しかし、なかなか答えには辿り着けなかった。


「男ばかりの職人の世界に飛び込んできたり、自転車に乗ろうとしたり……とにかく、良くも悪くも無鉄砲で貪欲なんだよ、ライラは」

「無鉄砲で貪欲……確かに、そうかも」


 すると、聞き耳を立てていたのか、ローガンがゲラゲラと笑い出した。


「さすがジェイデン。無鉄砲で貪欲とは、言い得て妙だな」

「そんなに笑わないでください」


 ライラは頬を膨らます。


「職人が、作品に対して貪欲なのは悪いことじゃない。自分の思ったように、ありのままでいいんじゃないか」

「でも、自分の思うままに作って、お客様がときめいてくれるかどうかは分かりませんから……」

「ときめきなんて俺には分からねえが、誰もが思い描くようなティアラにする必要はないんじゃないか」


 ローガンは髭をなでつけながら言った。


「あのご令嬢のことだ。古典的なティアラなんか望んじゃいねえんだろ」


 ライラは、もう一度オーロラの言葉を振り返る。


『伯爵家の人間に、社交界デビューで、古臭いティアラをかぶれというの?』


『舞踏会に集まる貴婦人たちの中で、誰よりも輝かなければならないの』


 ティアラ、という形にこだわらなくてもいいのかもしれない。誰よりも輝いていればいいのだから。ライラは目を見開く。やっと、希望の光を見つけたような気がした。


「ありがとうございます、皆さん! タイラーさんに相談してきます!」


 ライラはいきなり立ち上がると、炉のある作業場へ向かう。

 想像するものが、形にできるのかどうか、確かめる必要があったからだ。

 

「わしは何も言ってないけどな」


 レイモンドは誰よりも一番楽しそうな顔をしていた。


 ◇


「ライラ! お前、まだいたのか!」


 工房の机でうとうとしていたところを、ローガンに揺り起こされる。

 ライラは「すみません」と寝惚け眼で答えた。

 炉に火が入っていない工房は、ひどく冷えている。あまりの寒さに、ライラは体を震わせた。


「少しだけだなんて言っておきながら、泊まり込むつもりか。凍死するぞ」

「つい、夢中になってしまって」


 ようやく心の中の像が定まったティアラを削り出すために、皆が帰ったあとも、ライラは一人工房に残っていたのだ。

 忘れないうちに、形にしたかったから。

 夢中になるうちにいつしか夜が更けて、疲れ果てたのか眠ってしまったようだ。ローガンが様子を見に来なければ、本当に凍死していたかもしれない。

 そこでドアノッカーが鳴り、扉が開く。


「ジェイデン……?」


 とっくに帰ったはずのジェイデンがあらわれ、ライラは驚いた。


「近くを通ったら、まだ工房に明かりが灯っていて。もしかしてと思ったらやっぱりか」


 しかめっ面でジェイデンは言う。


「ちょうど良かった。ジェイデン、ライラを連れて帰ってくれ。放っておいたら、倒れるまで作業を止めないぞ、こいつは」

「分かりました。ライラ、帰るぞ」


 二人がかりで無理やり上着を着せられ、追い出されるようにライラは工房を出た。


「あれをああして……あともう少しだったのに……」


 ライラはぶつぶつ言いながら夜道を進んでいく。


「待てよ。送っていく」

「えっ、いいよ。大丈夫」

「ついでだよ。あそこの路地、暗いだろ」


 勝手にジェイデンはライラの前を歩き始めた。


「あ、ありがとう」


 ぶっきらぼうだけど、本当は優しい人なんだ。

 ずっと誤解していてごめんなさい。

 ライラはジェイデンの背中に向かって、心の中で語りかけるのだった。

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