鏑木 11
高台に建つ大きな屋敷に梅の花びらが降り注ぐ。
その庭に白い軍服のような服装の青年、魁一郎が立っていた。
耳を澄ますように目を閉じていた魁一郎は、音も無く刀を抜き、花びらの一枚を斬る。
その庭を一望できる道場に、少し年期の入った着物を着た女性、桃子がやってきた。
後ろには魁一郎の母和子が付いている。
桃子は薄く化粧をし、美しかったが着ているのは故郷より持参した着物ではない。
和子の物だ。
魁一郎は道場へ上がって畳の上に正座する。
何をするでもなくふらついていた興人もそれに倣った。
和子は正座する桃子の正面に座り、手に持った木製の簪を桃子の髪に差した。
「これはわたくしの夫、弥一郎がお守りにと彫ってくれた物です。きっと、貴方達を守ってくれるでしょう」
桃子は深々とお辞儀をする。
特に伝統のある儀式というわけではないが、これで両家共に認める嫁入りとなった。
「じゃあ、オレだけ帰るとするか」
興人はやれやれという様子で立ち上がる。
どの面さげて帰りゃいいんだかと呟きながら、ずだ袋を担ぐ。
「そうだ。子供が生まれたら、オレにくれ」
「お断りします」
魁一郎が言うまでもなく桃子が即答した。
興人は不服そうに顔をしかめたが、魁一郎に向かって小太刀の仕込まれた棒を突き出す。
「まだお前との勝負はついちゃいねぇからな。この次に会った時が本当の勝負だ」
決め台詞のような勢いで言い放つが、手に持つ棒の先がポロッと落ちた。
桐蔵に分断された所を応急的に補修していたのだが、甘かったようだ。
くすくすと笑う桃子に顔を赤くしながらバツが悪そうに立ち去る興人を二人は見送る。
「あれでいて、彼はわたくし達のことを気遣っているのですよ」
桃子は横に立つ魁一郎に向かって言う。
チンピラ達に放った捨て台詞。「喧嘩売る相手はこのオレ。稲葉興人」というのは、報復が桃子達に来ないようにするためだと言う。
彼なりの了承であり、奉呈なのだと。
最後まで勝手に話を進めるやつだ、と魁一郎は溜息をついて踵を返した。
「子供は何人欲しいのですか?」
家に入る際、桃子は唐突に言う。
「いや……、私は」
言い淀む魁一郎に桃子は構わず続ける。
「やっぱり男の子が、跡取りが欲しいですかねぇ」
桃子は足を止めて振り返り、
「いつか、人のために役立つような子に」
そう言って笑顔を見せた。
シノブシ3 九里方 兼人 @crikat-kengine
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます