第3話 女人禁制の部屋

クレーム受付日時:8月10日(火)9時

物件名:カーサ八木〇

クレーム担当:土田から水野に変更


「お電話ありがとうございます。杜不動産管理の土田です。」

斜向かいの机の土田さんが、朝イチで鳴った電話を真っ先に取った。

入社したばかりの頃はビビりながら電話を取っていたがすっかり慣れたようだ。

最近はクレーム対応も1人できるようになってきているし、社長から色々教えたりカバーするよう言われたけどそろそろお役御免かもしれない。


そんなことを思っていたら土田さんが電話を保留にして助けを求めてきた。

「水野さんすみません。カーサ八木〇206号室の佐々木さんからエアコンの調子が悪いってクレームなんですけど…」

「…ああ。1人暮らしのおじいさんですね。どうしました?」

「リモコンが反応しないらしいので一度確認しに行きますって言ったらなぜか怒っちゃって、別の社員を出せって…」

土田さんは困惑した表情を浮かべいる。

「?なんででしょう?とりあえず代わりますね。」

自分のデスクの受話器を取る。

「もしもし。お電話代わりました杜不動産管理の水野です。」

「ああどうも。カーサ八木〇の佐々木だけど、エアコンがおかしくてさあ。リモコンのボタンを押しても反応しないから、一度見て欲しくてね。」

おかしいな。

さっき土田さんが見に行くと言ったら怒ったらしいけど、来ては欲しいのか。

「わかりました。とりあえず今から伺います。」

「よろしく。来るのは水野さんだけだよね?」

「ええ。私1人で行きますよ。」

「そうかい。さっきの女の子じゃなくて必ず水野さんが来てくれよ。」

了解して受話器を置いた。

土田さんが恐る恐る話しかけてくる。

「水野さんすみませんでした。私変なこと言っちゃったのかもしれません。」

「うーん。普通の対応だったと思いますけど、色んな人いますからね。とりあえずご指名されたので行ってきますよ。」




佐々木さんとは電話で何度か話したことはあるが実際に会うのは初めてだった。

206号室のチャイムを鳴らすと部屋から小柄なおじいさんが出てきた。

「ああどうも。早々にありがとうね。」

「いえいえ。エアコンの確認させていただく前にお聞きしたいのですが、先ほどの電話で土田が佐々木さんに何か失礼な発言してしまいましたか?言っていた場合は持ち帰って指導などしますので遠慮なく言ってください。」

変なことを言っていた様子はなかったが今後のこともあるのでまず確認しておくことにした。 

佐々木さんは少し慌てて答えた。

「違う違う。別にあの子は悪くないんだ。なんというか…まあ…部屋に入れば分かるんだけど…」

そう言いながら佐々木さんは居室のドアを開けた。


部屋の左右の壁沿いには大量のDVDのパッケージが積まれている。

映画鑑賞が趣味なのかと一瞬思ったが違う。

AVだ。

壁沿いに大量に積まれているパッケージ全てアダルトDVDだった。

よく見ると下の隅の方はビデオのゾーンもある。

DVDが主流になって見なくなっていったのだろう。

どんどん下へ端へ追いやられていったようだ。

それにしてもすごい量だ、7帖の部屋の三分の一はアダルトDVDに場所を取られている。

家具は折りたたみ式の小さなテーブルとテレビしかなくて、テレビの下にはDVDデッキともう使われていないであろうボロボロのビデオデッキが積まれている。

部屋の状況に圧倒されていると後ろの佐々木さんが恥ずかしそうに口を開いた。

「すごい量でしょ?この部屋に女の子入れるのはちょっと、セクハラかなんかになっちゃいそうだし。」

「…なるほど」

「男の人に来て欲しかったんだけど、あの子私行きますって言って張り切ってたから思わず強い口調で他の人にしてくれって言っちゃって…」

「そう言うことだったんですね。土田は佐々木さんに変なこと言ってしまったかもしれないって落ち込んでましたよ。」

「違うんだ。慌てて怒ったような言葉が出てしまって申し訳ない。こんな部屋なもんで…」

小柄な佐々木さんはしゅんとさらに小さくなってしまった。

まあ若い女性が見たらちょっと怖くなるくらいの量だし、佐々木さんなりに配慮した結果、少し悪い方に転んでしまった。

なんにせよ土田さんの対応が悪かった訳ではなくてよかった。

そう思っておこう。



肝心のエアコンの不調はリモコンの電池を逆向きに入れていただけだった。

肩透かしをくらったが勘違いや小さなミスが原因なのはよくあることだ。

佐々木さんは恥ずかしかったのか何度も謝って、お詫びに缶コーヒーをくれた。

「今後何かあった時は私宛に連絡ください。お邪魔しなければいけないような案件は私来ますので。」

そう言って僕は佐々木さんに名刺を渡す。

「ありがとう。今後は水野さんに話すよ。あと部屋の様子とかはあの女の子には…」

「大丈夫です。もちろん言いませんよ。」

安堵の表情の佐々木さんに見送られながら7帖一間のAV御殿を後にした。

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不動産管理のお仕事日記 @wasabiiii

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