赤い月に誘われて

西順

赤い月に誘われて

 赤い月を見た記憶がある。その日は少年野球チームの遠征試合で、僕たちのチームは相手チームに15対0と言う散々な負け方をした日だった。


 監督は野球に真っ直ぐな人で、試合の途中からやる気を無くして適当にへらへら試合をしていたのが、余程腹に据えかねたのだろう。僕たちは試合後に反省会と言う名の長い説教をされ、それで帰りが夜になってしまったのだ。


 監督が運転するマイクロバスで帰途についている最中、疲れて何人か寝ているチームメイトたちを横目に、補欠で何もしていなかった僕は、窓の外をぼんやり見ていた。その夜空に、赤い月が浮かんでいたのだ。


 開けた道の向こう、山の上に浮かぶ赤い月は、小学生の自分にはとても不気味で、何か不幸な事がこれから起こるんじゃないか。と心がざわついたのを覚えている。


「気味悪いな」


 僕の横で静かにしていたキャッチャーの松原くんが、同じように赤い月を見ながら、そんな事を呟いた時だった。


 ドンッ!!


 凄い衝撃とともに目の前が真っ赤に染まり、次の瞬間には赤が晴れて、自分は隣町の相手チームが使っている野球グラウンドにいた。空は晴天だ。


 ◯ ◯ ◯


 どうなったのか? と周りを確認する僕と松原くん。他にもバスの中で起きていたチームメイトたちはキョロキョロしていた。


「何しているんだお前ら! これから試合だぞ!」


「試合? 試合はもう終わったんじゃ?」


「何を言っているんだ松原。こ・れ・か・ら、試合なんだろうが」


 普通に監督の前で整列しているチームメイトたちに尋ねても、今日これから試合だと言う。僕たちは何かが起きて今日の試合前に戻ってきてしまったのだ。それに気付いているのはあの瞬間起きていたチームメイトたちだけで、監督も、寝ていたチームメイトたちも覚えていないようだ。


「どうする?」


「どうするって、何をどうすれば良いんだよ?」


「お前ら何を話し合っているんだ! これから大事な試合なんだぞ! ちゃんとウオーミングアップしておけよ!」


 事情を理解していない監督は、やる気満々で相手チームの監督の下へ挨拶に向かった。


「やるべき事は決まっている。今日の試合結果を変えれば、帰りのバスでの出来事も変わるはずさ」


 松原くんの言葉に僕たちは頷き、あの大惨敗から少しでも結果を変えようと奮闘した。まあ、補欠の僕に出来る事なんて無かったけど。


 結果としては11対0と、前回から4点も相手チームに取らせなかったので、これで僕たちの未来? も変わるだろうと思っていたのだが、やはり大差で負けて、途中でやる気の無くなったチームメイトがいた事で、説教タイムが始まり、帰りは夜となってしまった。そしてその夜からも帰る事は出来なかった。また、試合前に戻されてしまったのだ。


 ◯ ◯ ◯


 このままではいけない気がする。それが僕たちの共通認識で、この事態を打開するには、もっと多くの仲間が必要になる。そう思った僕たちは、夜のバスの中で、チームメイトたちを眠らせない事が大事だ。と帰りのバスの中でヤケクソになって騒いで、監督から怒られながらも、チームメイトを一人も眠らせない事に成功したのだった。そして試合前に戻った。


「どうするんだよこれ?」


「試合結果を変えなきゃ駄目だ」


「勝てって事か?」


 誰かのこの一言に皆黙ってしまった。大差で負けるくらい相手チームとは戦力差があるのだ。勝てるとは思えない。そこで僕が口を開いた。


「いや、監督が怒っていたのって、結果じゃなくて態度だろ? 大差で負けると分かっている試合でも、真面目に試合に臨めば、監督も長い説教はしないんじゃないかな?」


 これにはチームメイトたちも納得してくれたようで、相手チームとの試合に真面目に取り組み、これが功を奏したと言うべきだろうか。なんと僕たちのチームが奇跡的に相手チームに勝ったのだ。


 しかしこれがまずかった。大喜びの監督は、試合後に僕たちを褒め称える事に大量の時間を割き、結果として僕たちの帰りは夜となってしまったのだから。そして僕たちはまた、試合前に戻されたのだ。


 ◯ ◯ ◯


「結局、俺たちが試合前に戻る理由って何なんだ?」


「監督がこの試合に拘っているからだろ?」


「向こうの監督と因縁あるみたいだしな」


「俺は監督が居眠り運転したせいで、前方から来た車と交通事故を起こしたんだと思っている」


 チームメイトの大半はその認識らしいけど、僕たち初期組は違った。


「俺たちが試合前に戻されるのは、監督がこの試合に強い思い入れがあるからなのは、その通りだと思うけど、監督が居眠り運転していたからって言うのは違うと思う」


 松原くんがそう言って皆をなだめる。


「何でそう思うんだ?」


「俺たちが皆を眠らせない為に、ずっと騒いでいた事があっただろう? あの時、監督は確実に起きていた。だから、俺たちが戻る理由が監督の居眠り運転ではないと思うんだ」


「あの時は、たまたま別の理由で事故を起こしたんじゃないか? 何かにぶつかったとか」


 とチームメイトの一人に言われては、松原くんも黙ってしまった。なので僕が代わりに答える。


「その可能性はないよ」


「言い切るな」


 チームメイトに首肯で返す。


「帰り道は開けた一本道だから、木にぶつかる事も無いよ」


 僕の説明にチームメイトたちは黙り込んだ。でもまだ何か言いたそうなので、先に僕が情報を開示する。


「僕は最初から何度も試合前に戻されているからね。その僕があの帰り道で気付いたのは、どうやら僕たちは同じ場所、同じ時間になると試合前に戻っているみたいなんだ」


「同じ場所、同じ時間……。それなら時間さえずらせば!」


 チームメイトの視線に、僕は首を横に振る。


「そうしたいんだけど、何故か監督の説教やら褒め言葉で、僕らの帰り時間はいつもあの時間になってしまうんだ」


 僕の説明に、肩を落とすチームメイトだったが、松原くんは違った。


「なら、考えがある」


 ◯ ◯ ◯


 その試合はシーソーゲームで、互いに点の取り合いになる良い試合だった。が、その分試合時間が長引き、結局僕たちの帰り時間は、いつも通り夜となってしまった。


 そしてもうすぐ僕たちが試合前に戻る時間となった所で、松原くんが手を上げた。


「すみません監督! グラウンドに忘れ物をしてしまいました!」


「すいません俺もです!」


「僕もです!」


 皆が一斉に手を上げるものだから、監督は仕方なく道の端にマイクロバスを止め、こちらに注意でもしようと振り返る。その時だった。


 ドドドドドド…………ッ!!


 道路の前方で大きな物音がしたのだ。何事か? と皆の視線が外に注がれるが、暗くて良く見えない。


「皆はここで待っていろ」


 と監督が外に出て確かめに行く事数分。すぐに戻ってきた監督は、僕たちにこう告げた。


「道に大きな穴が空いていやがった。恐らく陥没でもしたんだろう。この辺は地盤がゆるいって聞いているからな。全く、危うく死にかけたな。迂回して他の道を行こう」


 監督の言葉に僕たちは顔を見合わせ、大歓声を上げた。


「お前ら、道が陥没したんだぞ? 喜んでんじゃねえよ。そういや松原、忘れ物があるんだったか。取りに戻るか」


「あ、それはもう良くなったんで。すぐに別の道から帰りましょう」


「なんだそりゃ? まあ良い。後で大事なものでした。なんて言うなよ」


「はい!」


 まあ、この先に続く未来以上に大事なものなんてないからね。


 僕たちを乗せたマイクロバスは遠回りして、無事にいつも僕たちが使っているグラウンドに戻ってきた。そしてそこで解散となったのだ。僕たちのグラウンドから見る月は、いつもの金色の月に戻っていた。

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