首狩りの沼

うがの輝成

第二の沼



 これは、俺が当時高校生の時に経験した話です。

 

 そこは一応、観光地にはなっているが、山と海に囲まれ、家屋以外で目に付くものは森林と田畑がほとんど。インフラは発展途上、トイレは大体汲み取り式ボットン


 実家も雑木林に囲まれた山の中。当然虫だらけ。ゴキブリはいないが、同格の位置づけでへっぴりムシカメムシの大量発生被害がエグイ。臭い。

 一度妙な未知との遭遇。トイレにドス黒い蜂が入って来た。と、思ったら何か違う。体長5センチ程。黒々としたムカデの様な胴体にクワガタの頭部。ケツには針。それが蜂の様に飛ぶのだ。検索しても何なのか未だに不明。 

 

 そんなワイルドな地方のド田舎。学生時の楽しみと言えば、やはり夏休みなのは古今東西共通であろう。


 海水浴や夏祭りもだが、娯楽と言えばやんちゃな幼馴染の友人達とバイクで走り回り、深夜の観光地巡り。

 大体、真偽は定かではないが何かしらの曰く付き。昼間とは雰囲気が別物。

 俗に云われるTHE心霊スポット。


 その一つを語れば、とある観光場所。以前そこで男女の首吊りがあったそうだ。

 傍に落ちていた用紙に何か書かれていた。遺書では無い。


 ──『ハネムーンはあの世』との一文。


 それからそこでは、男女の楽し気な笑い声が夜な夜な聞こえるとか……。


 まぁ、その辺りは散々巡ったので、飽き飽きしていた頃。友人宅に6人程の仲間が集まり、深夜に各自の怪談話で盛り上がっていた。


 その間に、どこぞから⦅ア”ア”ァ…⦆とか、男の声らしきものを全員が聞こえた。

 それが一定間隔を置き近づいて来る。「怖い話をすると霊が寄って来る」って、話をよく聞くが正にそれだった。

 その後に窓から覗く何者かの顔。そこは足場の無い2階……。

 

 と、言う様な事が多々あり、わーわー大盛り上がり?の状況であった。


 そんな中で、とある話が誰かから語られた。その地に伝わる伝説的なもので、某日本昔話でも放送されたとの前置き。その放送回は、自分も含めて語り手以外誰も観ておらず、正直そんな話は聞いた事も無かった。


 その話は『第二の沼』と云われる幾つかある沼の中の二つ目。おそらく農地用の溜池であろう。大昔にその沼の周りを、とある女性が赤ん坊を背負って、鎌で草刈り作業をしていたそうだ。

 何気なく背の我が子の様子を窺ったところ──。


 赤ん坊の首が無かった。

 

 辺りを見回すも、どこにも無い。捜索隊が組まれたが、沼の中も含め幾ら探そうとも、赤子の頭部が見つかる事は無かった。その後、母親はショックの余り発狂。

 自らの首を鎌で掻き切り、その沼の傍で遺体で見つかったそうだ。

 

 おそらく「この世ならざる魔物が赤子の首をもぎ取ったのだろう」との事だった。


 それからそこでは、奇怪な現象が度々起きた。


 悲し気な女性と赤子の泣き声。


 這いずり回る首の無い赤子。

 

 首が切れ落ちかけた、狂気の表情で鎌を振り回す女性の姿。


 沼の中から無数に浮き出す、眼球の無い赤子の頭部。


 と、言った悍ましいたぐいのもの。それらと遭遇した者の中に犠牲者も現れ、いずれも頭部が無い状態で発見されたと云う。


 それで『第二の沼』の場所と言うのが、実はその友人宅から結構な近場。と言うか、俺たちが幼少期に通っていた保育園の近くだ。そして誰かが言った。


「行くべ!」


 一同即決だった。そこへは、墓地の脇を通る鬱蒼とした竹林の小道、ほぼ獣道。

 更に少々急な坂道を上り抜けなけらば辿り着けない。


 その入口から右側の方に保育園。その奥の石階段上が、その地域唯一のお寺。お寺が経営する保育所だったようで、遊具広場の周囲は金網越しで墓地が広がっていた。幼少期はそこでキャッキャとはしゃぎ回っていたのだ。


 沼への入口傍には、墓地を背後に並ぶ幾つもの地蔵。その地蔵何体かの首が無い。街灯はポツンと一つ。照らされた周囲の光景は、言葉には綴れぬ異様さ。

 圧し潰されそうな重苦しい空気。急に吹く生温い強い風が木々をざわつかせ、悲鳴にも似た音。どこか遠くで猫と思われる鳴き声。まるで赤子が泣くような……。


 それらが一体と化し、背筋に冷たい爪を立てる。


 血気盛んな面々であったはずが一同フリーズ。誰も動けない。何も言えない。

 圧倒的な‶何か〟の威圧感。底知れぬ戦慄が全身を這いずり回る。

 誰もそこから先へは、一歩も進めなかった。

 

 ──来るな。来ればどうなるか分かっておるだろう。


 そんな言葉が本能に語り掛け、不可視の壁に遮られたかの様な感覚。


 因みに、友人の一人はボクシング部のヤンキー。彼は岩手県にある日本最強の心霊スポットと名高い「慰霊の森」に単独ソロで向かい、バイク移動の道中、大量の霊にすがりつかれるも事故らず生還した強者。その彼でさえ恐怖で動けなかったのだ。


 正に門前払いか敵前逃亡。結局は行けなかった。


 実はその墓地。その場から結構近くに俺の父方先祖の墓があったのだ。

 他の友人たちの先祖も、その墓地のどこかで眠っている。

 これは、俺たちの先祖に護られ止められたのではないか?と、今にしてそう思えた。

 

 それから数年。俺は東京へと上京し就職。とある年のお盆休みに帰郷した時の話だが。

 久し振りにその友人らと集まり、同級生の女子らも交え飲み会となった。

 そして、現在の近況報告や小中高生の頃の昔話に花が咲いた。


 そんな中で例の怪談からの即興肝試し。入口で全員ビビッてケツを巻いて撤退した話で盛り上がった。だがしかし、あの話に幾つかの疑問が湧いた。


「なぁ、あの『第二の沼』の話って日本昔ばなしで放送されたってってたべ?」

「ん?まぁ、そうだっけなぁ」

「ああ。んな話だったなぁ」

 

 問いかけたのは俺だ。のちに気になってネット検索でその話を調べたからだ。いずれも同調し、当時の聞いた情報に誤りは無い様子。だが。


「放送されたのは、なんだよ。『第二の沼』の話なんて調べてもどこにもがったんだよ」

「「「は!?」」」


 放送されていたのは「みちびき地蔵」と言う話だ。死を前にした者が天国に逝けるよう、その地蔵にお参りに行くとの云われ。それがある日突然大勢の人が、地蔵にお参りに列をなした。そして翌日に震災が発生。大勢の人々が津波に攫われ犠牲となった話であった。


 しかし、共通する地蔵だけはあった。首の無い地蔵だが……。


「つうが、その第二の沼だけでなく、第一や他の沼に行った事ある奴っていんのがや?」


 一同、首を振り誰もいない。当時を振り返れば、身内、先輩後輩、身の回りでそんな話以前に、沼がある事自体一度も聞いた事が無い。おかしい。


 俺たちの子供の頃は、そこに道が有れば迷わず突き進むイノキイズム時代。特に近場の山道、小道、裏道、獣道は全て網羅していたはずだが‶其の道〟だけは誰も通ってない。大人たちに入道を止められた訳でもない。

 そんなヤバイ所がすぐ傍なら、寺の住職が率先して立ち入りを禁ずるはずだが、それも無い。


 それと、ネット普及により改めて、地図情報と航空画像でその地の様相が明らかになった。


 沼など一つも無い。ただの鬱蒼とした森林。気になったのは、一か所だけ木々の生えぬ開けた場所があった。ここはなんぞや……?


「そもそも、あの第二の沼の話をしたのって誰だっけ?」


 一同、互いの顔を見合わせて首を振る。


 あの話をした時の6人はここに揃っているはず。その語り手が誰か、いずれも覚えておらず、この場に存在しない……。


「「「………」」」


 一同、ゾッとした様子で言葉を失った。


 おそらくあの地は忌み地であり禁足地。俺たちは何の因果かこの世なざる者に、危うく異界に導かれ、引きずり込まれたところであったのだろうか。


 あくまでも勝手解釈オカルト持論。もしかしたら代々、寺の住職により結界の様なものが張られ、誰も立ち入られぬ様にしてるかも知れない。首の無い地蔵は何かの肩代わりかも知れない。それと、俺たちは先祖霊たちに救われたかも知れない。

 

 答えを求めるなら、その辺りが妥当だろうとの見解だ。


 超自然的な現象な故に人智には計り知れないが、とりあえずは翌日、先祖の墓に感謝を込めて手を合わせ、線香と手向けの花を捧げたのであった。



 完

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