番外編 クリスマス
年の瀬が迫っている。
冷え込みは増す一方で、人肌が恋しくなる。
世間はすっかりクリスマスムード一色。あちらこちらでイルミネーションが照らされている。
「あっという間の年末ね」
パラパラと粉雪が舞う、夕方の街。
リカと手を繋ぎながら、ゆっくりと銀世界を歩いている。
「年々、時が過ぎるのがより早く感じる。爺さんになったときの時間感覚が恐ろしいよ」
「エルフみたいなこというんだ。まぁ、これからはもっともっと早く過ぎちゃうけど」
「どうして?」
意地悪そうに微笑んで、リカは続ける。
「マサくんが私の虜になって、時間なんて忘れちゃうから」
「くさいこというね」
「私は本気なんだけどなぁ」
受験を目前に迎えた、三年生の十二月。
本来であれば、受験生にクリスマスなど関係ないものだ。勉強に勤しむべきなのだろう。
ここまで、ふたりで一生懸命やってきた。それも、クリスマスだけは息抜きをしよう、という楽しみがあったから。
期待していたきょうだけは、受験の神様も許してくれるはず。
……なんて、都合よく神様を信じてみる。
「くさい、とはいったけどさ」
「うん」
「周りも似たようなものだし、全然不思議じゃない」
「カップルばかりね」
見渡す限り、幸せオーラに覆われた人たちばかりだ。
幻想的な雰囲気が、気持ちをうわつかせると冷めた目で見ている自分もいる。
ただ。
「この中だったら、僕たちが一番かな」
「へー、マサくんもそういうこといえるんだ。うれしい」
リカのニヤニヤが止まらない。ふだんならためらう言葉が、心を持っていったようだ。
「痛々カップルは、クリスマス限定だからな」
「全力でやって見せてよ」
「当然。お姫様の命令とあらば、すかさず従うのが王子の役目ってものだ」
スタートから五分も経たないうちに、小っ恥ずかしくなって通常どおりに戻った。
通りを歩いていく。サンタを模した服装をした男が、小さな子に風船を渡していた。他にも、ケーキ屋が近くにあるらしく、トナカイ姿の店員が、必死に呼び込みをかけていた。
近くの子供は、サンタやトナカイに目を輝かせていた。そんな姿を、遠い目でリカは眺めている。
「なにか思い出にでも浸っているのかな」
「クリスマスパーティー」
「昔、長井家と上里家でやったやつ?」
「そう。ケーキの火を消しあったな、って」
俺たちふたりの付き合いは長い。幼少期には、合同でクリスマスパーティーをおこなうことさえあった。
毎度のごとく、ケーキにろうそくをさして消しあうのが恒例だった。クソガキだった俺は、リカに構わず火を吹き消したんだっけ。
「あの頃のマサくんも、子供だったなぁ」
「ん? いまもガキだってことかな」
「いまも、私の体に埋もれるときは――幼くて純粋無垢な子どもみたいだもん」
「おい。恥ずかしいことは、さっきで終わりじゃなかったのか」
「事実だからいいの。否定できないでしょう?」
「くっ」
恥ずかしながら、リカにはされるがままだ。一度包み込まれると、頭がくらくらして溶ける感覚になる。
「いずれ主従が逆転するかもしれない、と負け惜しみをいっておくよ」
「楽しみ。マサくんに圧倒されたら、どんなに気持ちいいんだろうね」
捕食者の目で見つめられ、詰め寄られる。
「か、仮定の話だ。そんなマジにならないでくれよ」
「期待の目だよ。きょうがその日でも、全然オッケーなんだけどなぁ……なんてね?」
マサくんは期待を裏切らないんだからさ、と小声で付け足してくる。
「いちおう、きょうのメインはイルミネーションだろう? 話と同じくらい、楽しんでいこうよ」
「それもそうだよね。私の望みなのに、おしゃべりだけに夢中になっちゃった」
「話はいつでもできるけど、イルミネーションはいましか見れないってものだしね」
「いいこというじゃん、長井くん!」
「部活の監督かよ」
道の両脇に特設されたイルミネーション。光が先々に続いている。光の中を歩いていると、ここが別世界のようにすら思えてくる。
光に照らされ、落ちてくる雪が際立つ。
「ホワイトクリスマス。やっぱり私たち、ついてるよね」
「あぁ、運命は僕たちの味方らしいね」
「まーたキザっぽくなってる」
「雪のせいだよ」
繋いだ手を離して。
子どものように走り回ったり。手に雪を集めてみたり。イルミネーションに触れたり。
無邪気な一面を、リカは押し出してきた。
「俺だけじゃないよな、リカ……」
クリスマスパーティーのとき、プレゼント交換をしたことがある。
その際に、自分の欲しいものが回るように、事前にこっそりとサーチしていた。欲しかったのは、俺が用意したキーホルダーだった。
光に反射して、リカのかばんにぶら下がっているキーホルダーが、揺れた。
「どうしたの、頬なんて緩ませて」
「思い出し笑いだよ」
「なにそれ」
結局、イルミネーションより、いつも通り話に花を咲かせるだけだった。
クリスマスイブは夕方からだから、午前中に勉強してもイブを無駄にしてないね、なんて他愛もないことを話していた。
ぐるぐる回って話すだけでも、時間は過ぎていった。
「そろそろ引き返さない?」
「疲れさせちゃったか」
「ちょっと休憩したいな。ふたりで、ゆっくりと」
「……リカ、俺はあんまり用意してないぞ」
「でも、私はしてるんだよ?」
スマホの写真を見せつけてくる。映っているのは、予約確認の画面。
「ディナーの予約、してたんだ」
「いつの間に」
「本当は、マサくんにしてほしかったんだけど」
「ことしは受験だから、と思って、それで……」
「いいの。この反応まで予想済み。来年以降は、よろしくね?」
リカがギュッと急接近してくる。
「きょうのディナーは上級のやつなんだよ? 夜景も綺麗で、食事もおいしい。最高のクリスマス気分に浸れるの」
「本当に最高だね」
「もちろん、本番はそのあとなんだから、覚悟しておいてよ?」
「あらかた、わかっているよ。こりゃあしたは学校いけないかもな」
肉食獣のように、リカは飢えていた。
ハイライトのない目と無邪気な微笑みがアンマッチだが、美しい。
「もう学校なんてどうでもいいでしょう? クリスマスが、全部許してくれるよ」
浮気された僕はヤンデレ幼馴染の愛に溺れたい〜共依存で堕ちた僕らはとっくに手遅れです〜 まちかぜ レオン @machireo26
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