番外編

番外編 勤労感謝の日

「いらっしゃいませ」


 リカの透き通った声が、店内に響き渡る。厨房に控えていた俺にも、しっかりと聞こえた。


「二名様ですね、こちらにどうぞ」


 昼どきとあって、客はそれなりにいる。俺たちが営んでいるのは小さな個人店なので、来るのは常連ばかりだ。


 しばらく待っていると、リカからオーダーが入った。


「アイスコーヒーひとつ、ホットココアひとつ。ミートソースふたつね」

「オーケーだ」




 *  * *




 リカとは、大学二年生になって結婚した。ちょうど一年前のことになる。


 リカの執着は相変わらずで、進学先の大学学部学科まで同じと来た。全力で勉強したものの俺の学力が超優秀なリカに及ぶはずもなかった。いい学校だが、リカにとっては併願校だった。


 結婚といっても、関係性はいままで通り。同棲するようになったのと、いちゃつき具合が増したことくらいか。


 現在働いているのは、である。店主が体調を崩し、一時は閉店の危機にあった。


 そこで、結婚してから間もない頃、俺とリカで継ぐことになった。アルバイトというていではあるが、ほとんど店の主といってもいい。リカの取り計らいで、俺たちふたりで働いている。お払い箱となった店員のことは、考えないようにしている。


 ここでの仕事には順応しつつある。バイト代も悪くない。リカと人目を気にせず一緒に過ごせる。始めて正解だった。


 慣れた手つきでパスタを調理していく。ごくありふれたミートソースだが、それがいいといわれる。店の味を再現するのに、ちょっと手間取った記憶がある。


 考えていると、あっという間に仕上がった。トレーに載せ、注文を運んでいく。


「お待たせしました、アイスコーヒーとホットココア、そしてミートソースになります。ごゆっくりどうぞ」


 他にすることもないので、厨房に引っ込む。その様子を見て、リカも後ろをテクテクとついてきた。


「お疲れ、マサくん」

「そちらこそ」


 ウエイトレス姿のリカは、とびきりかわいい。高校生のときよりも大人びて、ファッションに目覚めたリカ。かわいさの進化は止まらない。


「あぁ、きょうもマサくんの隣で働けて幸せ。大学にいると、つい他の女が擦り寄ってこないか気になって、集中できないもの」

「こっちも幸せで気楽だよ。リカの徹底的な監視を受ける俺の身にもなってほしいよ」

「監視なんていいすぎ。見守りだもん」

「なるほど、俺に近づく女子に牽制かけまくるのは見守りの範疇なのか」


 あー聞こえない、聞こえないと棒読みするリカ。痛いところを突いたためだろう。


「考えてみてよ、マサくんは私の夫なの。浮気とか不倫とかされたら、私がどう動くか読めるでしょう?」

「すくなくとも相手は滅多刺しの刑。針千本も冗談じゃない。で、俺は一生監禁人生を送ると」

「理解が早くて助かるわ。何度も会話しているのもあるけど。私の闇を晒さないためにも、ふだんから念には念を入れているってわけ」

「……見守りは大事だな」


 納得したように、リカは頷いた。


「ねぇ、仕事終わったらどうする?」

「一緒にご飯食べて映画見て課題やって、そして」

「その後。お風呂も済ませたら、選択肢はなくなるでしょう?」

「要するに欲求不満だと」

「もう。夫婦なんだし、わかるでしょう?」


 リカの愛情表現は制御の効かない暴走列車だ。


 修学旅行の夜、リカを受け入れた日。すぐさま求められた。そのときはなんの用意もなく、一線を越えることはなかったが、近しいものはあった。


 子供が欲しいとは常々いわれている。育てられる環境にないと説得して、渋々受け入れられている。


 とはいえ、重なりあうことには重なりあう。最初は若さを搾り取られるくらいの勢いだったが、いまは落ち着きつつある。


 しばらくご無沙汰だったこともあり、リカは限界に近かった。厨房に来るときも、密かにボディタッチを試みられていた。


「重々承知しているよ。きょうは祝日だろう? 昼を過ぎたら店を閉める。その後までお預けな」

「夜とかいわないよね?」

「終わってすぐのほうがいい、と」

「当たり前。もういつでも大丈夫な状態だから」

「……リカには逆らえないな」


 きょうは勤労感謝の日だ。バリバリ働いている場合ではない。終わり次第、ふたりの時間を過ごすことこそ、よりよい選択だと思う。


「あ、マサくん。お支払いお願い。お客さん待っているみたいだし」

「わかった、いまいくよ」


 さぁ踏み出そうと思ったとき、リカが服の袖をキュッと引っ張った。


「レジにいかなくちゃじゃないのか」

「常連さんだもの。わかってくれるって」


 リカが引き止めるために、なかなか仕事に取りかかれないなんて日常茶飯事。それをお客さんも受け入れて、にこやかに微笑んでくれる。理解がすごい。


「ちょっと聞いて欲しくて」

「ああ」


 耳元までリカは寄った。生あたたかい息を吹きかけて、丁寧に言葉を紡いでいった。


「……早くマサくんが欲しい。一緒に昔の話をしたいし、かわいいところも見せてほしい。人にはいえないようなこと、いっぱいしたいな。私たちの子を持ちたいって思えるように、いっぱいマサくんと楽しみたい。だから、ちゃんと働いて、備えてから始めたいな。マサくんはお預けが大好きだから困るよ? 体、もうこんなにあったかいんだから」


 ふふふ、と微笑んで、リカがレジの方に向かっていった。


「リカはリカだな、まったく」


(fin)




【あとがき】

 ご無沙汰しています、まちかぜレオンです。


 勤労感謝の日なので(?)、番外編を書きました。結婚後も相変わらずのようですね。リカは止まりません。


 さて。カクヨムコンも間近です。新作ラブコメを出します!


「ツンデレ偽彼女は期限付き〜月生まれの“輝夜姫”が、余命数ヶ月でいまさら恋に目覚めたら〜」(仮)を11月27日(月)より投稿予定です。


「ヤンデレ幼馴染」を楽しんでいただけた方にもおすすめですので、ぜひ読んでいただけると……!


 本作のクリスマス特別編も来月あげますので、引き続きよろしくお願いします!

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