パイナップル畑の怪
烏川 ハル
パイナップルは缶詰に限る
窓の外を見てごらん。
道路沿いの畑に、ビニールハウスが並んでいるだろう? 目を凝らせばビニール越しに、アロエみたいな葉が生えているのも見えるかもしれない。
でもあれはアロエ栽培ではなくてね。さすがに見えないだろうけど、あの緑の上にちょこんと乗っているのはパイナップル。
あれらのビニールハウスは、パイナップル畑なんだ。
驚いたかい? パイナップルの生産といえば日本では沖縄だけというイメージだが、実はこうして鹿児島でも行われているのさ。
生産量の都道府県別ランキングでも、沖縄に次いで第2位。ただし沖縄が全国シェア99.9%、鹿児島が0.1%というレベルの「第2位」だけどね。
本格的に鹿児島でパイナップルの生産が始まったのは最近のようだが、でも個人的に栽培を試みる程度ならば、かなり昔から行われていたらしい。
小学生の頃、友達からこんな話を聞いたことがあるからだ。
――――――――――――
名前は確か吉田くんだったかな? 2年の途中で彼は転校、それっきりなので、聞いたのは小学校に入ったばかりの頃のはず。
吉田くんは西日本の生まれで、ここ鹿児島にも親戚がいたらしい。その鹿児島のおじさんは農業を営んでいて、サツマイモやサトウキビ、観賞用の花の栽培から豚や牛の畜産まで、手広くやっていたそうだ。
そして当時チャレンジし始めたのが、パイナップルの生産だったという。
まあ「チャレンジし始めた」なんて言い方をすると、試行錯誤や四苦八苦の段階みたいに聞こえるかもしれないが……。
実際には、甘くて美味しいパイナップルがすぐに採れるようになった。主観的な「甘くて美味しい」だけでなく、科学的に数値を調べても、よそのパイナップルよりも糖度が高かったという。
評判を聞きつけて、遠くから仕入れ業者が足を運ぶほどだった。「おたくのパイナップル、是非うちで扱わせてください!」みたいな感じでね。
ところがおじさんは、それを断ってしまう。「流通ラインにのせるほどの収穫は無理だから」というのが理由だった。
そもそもが小規模なパイナップル畑だったし、実は仕入れ業者よりも先に、たちの悪い連中に目をつけられていて……。
「たちの悪い連中……? 誰だか知りませんが、交渉ならうちにお任せください。懇意にしている弁護士先生もおりますので……」
「いや、言い方が悪かったかな。私の方でも、具体的な相手はわからない有様なのです。まあ『百聞は一見にしかず』と言いますし、現場を見ていただきましょう」
そう言っておじさんは、仕入れ業者の男をパイナップル畑へ連れていく。
高さは人間の背丈くらいで、横幅も両腕を広げた程度しかなく、全長は数メートル。小さなビニールハウスに入ると、剣状に硬く伸びた葉がたくさん並んでいる。美味しそうに実ったパイナップルの姿もあるのだが……。
仕入れ業者の男は、さすがに専門家だ。パイナップル畑の様子を目にした途端、表情が曇った。
「これは……。荒らされていますね?」
収穫するならば一斉に収穫するだろうに、半分くらいのパイナップルが既に姿を消していたのだ。
最初から実らなかったわけではないのも明らかで、「少し前までここにありました」と言わんばかりのスペースが不自然に空いている。果実の汁らしきベタベタした液体がこぼれているところや、食べ散らかしたパイナップルの破片らしきものまで落ちていた。
「はい。どうやらパイナップル泥棒に目をつけられたらしく、何度も襲われて……。ただでさえ少ない収穫量が、さらに減っているのです」
おじさんの説明によると、食べ散らかしたような破片は、いつもほんの少ししか残っていない。消えたパイナップルとは数が合わないから、この場で食べたのは味見程度だけ。ほとんどは持って帰って食べているか、あるいはどこかで売り捌いているのではないか。
「警察に被害届は出しましたし、一応はパトロールしてくれているみたいですが……。
「自衛の意味で、自分で盗難対策は……?」
「それもやっています。ほら、ここに警報装置があって、こちらとあちらには罠まで設置して……」
仕入れ業者の男に対して、おじさんは具体的に設備を見せながら説明していく。
ところが、これが裏目に出た。
数日後の夜、今度はこの仕入れ業者の男が泥棒に入ったのだ!
――――――――――――
仕入れ業者の男にしてみれば。
元々のパイナップル泥棒たちが「どこかで売り捌く」ほど盗めるのであれば、自分たちにも出来るはず。盗みに関してはアマチュアでも、パイナップルを手に入れた後の販売ルートに関しては、むしろ自分たちの方がプロだ。
しかも設置されている警報装置や罠については、ご丁寧に説明を受けている。これならば「盗みに関してはアマチュア」でも簡単な仕事になるだろう!
そんな考えだったらしい。
仕入れ業者の男が忍び込んだのは、空が雲に覆われて、月や星の光はほとんど見えない夜だった。
持参の懐中電灯は、外に明かりが漏れないよう注意して、足元と手元だけを照らす。警報装置も罠もクリアして、いざビニールハウスに入ってみると……。
パイナップルが並んだ辺りから、ガサゴソと不審な音が聞こえてくる。外ならば「風のせい」とも思えるが、ビニールハウスの中だから、その可能性はありえない。
では、先客だろうか。ちょうど同じ夜に、先に泥棒に入った者がいるのだろうか。例のパイナップル泥棒だろうか。
しかし不思議なことに、物音はするものの、人の気配は皆無だった。
怖くなった男は、自らの立場も忘れて、つい声を上げてしまう。
「誰だ? 誰かいるのか?」
さらに、そちらに懐中電灯の光を向けてみると……。
「……!」
絶句すると同時に、腰を抜かした。
まるで怪談の提灯お化けみたいに、パイナップルが宙に浮いていたのだから!
ただ宙に浮いていただけではない。それこそ提灯お化けと同じで、パイナップル表面の硬い皮が横一直線にパクッと割れて、大きな口が形成されていた。
目や鼻として切れ目や穴もあったというから、もしも現代の我々だったら、提灯お化けよりもハロウィンのカボチャを連想したかもしれない。
そんなパイナップルのお化けが、他のパイナップルに齧りついて、硬い皮ごとムシャムシャと食べていたのだ。いわばパイナップルの共食いだ。
しかし声をかけられたりライトを向けられたりが鬱陶しかったようで、お化けは食べるのを中断。口からパイナップルの汁を
「……ミタナァ?」
「ぎゃあああああっ!」
今度は大きな悲鳴を上げて、男は慌てて逃げ出そうとする。
でもあまりにも動揺していたものだから、ビニールハウスから出られなかった。入り口近辺にあった罠に足を取られて、そのまま失神してしまう。
――――――――――――
仕入れ業者の男は翌朝、気絶した状態で発見されて、パイナップル泥棒として捕まったという。
現場には、パイナップルを食べ散らかした跡が残されていたからね。いくら男が「俺じゃない! パイナップルの共食いだ!」と主張しても、誰にも信じてもらえなかったのさ。
でも信じないのは大人だけで、純真無垢な子供の中には「そういう話もありえるかも」と思う者も出てくる。この話をおじさんから聞いた吉田くんも、その一人だった。
特に、パイナップルの共食いという
吉田くんから話を聞いた僕も、この解釈には「なるほど」と思ってしまった。
だから「甘くて美味しいパイナップルは皆、共食いをして生き残った果物だ」と思い込んでね。八百屋やスーパーで店頭にパイナップルが並んでいると、ついつい想像してしまう。閉店後、誰もいなくなった店内で、こいつらはまた共食いを始めるのでないか、と。
お母さんがパイナップルを買って帰ろうとしても、いつも強硬に反対した。「嫌だ、嫌だ」と泣き叫ぶほどだった。
2つも3つもではなく、買うとしても1個だけなのだが……。それでも冷蔵庫に入れたら他の果物を、廊下のリンゴ箱に入れておいても一緒のリンゴを、パイナップルが食べてしまうのではないか。もしも現場を目撃したら「……ミタナァ?」と祟られるのではないか。
そんな恐怖に襲われて……。結果、うちではパイナップルといえば缶詰限定になった。輪切りにされて缶詰に入れられたパイナップルならば、もう亡くなっているから、さすがに共食いも出来ないだろうと安心できたのさ。
――――――――――――
なぜ君にこんな話を語ったかというと……。
ほら「三つ子の魂百まで」ではないけれど、幼少期に刷り込まれた感覚は、大人になっても残る場合があるだろう?
こういう事情で、僕は今でもパイナップルが苦手でね。缶詰になったやつは大丈夫だけど、生のまま丸々ひとつ買って置いておくのは、どうもゾッとしてしまう。
だから僕と一緒になったら、パイナップルは缶詰ばかりになるのだが……。それでも僕と結婚してくれるかな?
(「パイナップル畑の怪」完)
パイナップル畑の怪 烏川 ハル @haru_karasugawa
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