鈴木さんをわからせたい
翌日の休み時間、俺は教室にいる鈴木さんを見つけて声をかけた。
というか、俺のすぐ後ろの席だった。
鈴木さん、存在感なさすぎない?
「昨日は悪かった。ついカッっとなって言ってしまった。今は反省している」
「べつに気にしてないよ。でもびっくりしたなぁ。いきなり虫を食え、なんて言い捨てて帰っちゃうんだもん。
あれ、もちろん冗談だよね?」
「いや、そうでもない」
「え」
「虫というか、ゲテモノ料理とか、あんまり人が食べないような珍味とか、そういうのを食べる配信者も多いからね。もしかしたら、人気が出ておもしれー女になれるかもしれないよ」
「うーん、気が進まないなぁ」
「いやでも、マジであるかもだぞ。なんだったら、自分でドブ川をさらって捕まえた名前も知らない謎の虫を調理して食うとか、洞窟にいるゲジゲジを捕獲して食べる、なんてことまでしたら、こりゃ相当伸びるかもしれない。
YouTubeにもさ、すごい人がいるんだよ。ほら漫画のNARUTOに大蛇丸ってキャラいるじゃん。あれの――」
「ごめん、漫画とか読まないから」
「あっ……そう」
鈴木さんは、いったい何なら興味があるのだろうか?
というか16、17年間、いったい何を楽しみに生きてきたのだろうか?
気にはなったが、それをストレートに聞くのは少し怖かった。
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ。
俺は椅子に横向きに座ったまま、後ろの席の鈴木さんと会話を続ける。
「そもそも、なんで鈴木さんって、配信者になりたいんだっけ?」
「配信っていうか、おもしれー女がいいかなぁ」
「どっちでもいいんだけど、なんで?」
「わたしって、自分で言うのもなんだけど……地味な女だと思うんだ」
「俺もそう思う」
「そんなはっきり言われると、さすがにちょっとは傷つくんだけど……」
「で?」
「やっぱり、このままずーっと地味なままでいても、あんまり人生楽しくないんじゃないかなぁ、って考えたんだ。だから、どこかで一発逆転できないかなぁって」
「ははぁ、思春期ぃ~」
「わたし、馬鹿にされてるのかな……?」
「いやいや、真面目に聞いてますとも。でも、そんな簡単にはいくかなぁ」
「だから押尾くんに頼んでるんだよ。わたしは自分じゃなにもできないから」
鈴木さんは基本的に、他力本願だった。
そういうとこやぞ。
「でも、何かを成し遂げるには覚悟がいる。そうじゃないのか?」
「押尾くん……いつになく、真剣な目」
そりゃそうだろう。本音で語っているのだ。
ひょんなことから、俺は鈴木さんの気持ちを知ってしまった。
そして彼女をおもしれー女にすると言ってしまった。
ひょっとしたら、何かできるかもしれないじゃないか。
こんな俺たちでも。
「鈴木さん、ちょっとだけ、がんばってみない?
普段やらないことや新しいことに、一歩踏み込んで調整してみるんだよ。それだけで、新しい世界が開けるかもしれないよ」
「……そう、だね。うん、押尾くんの言う通りかもね。
わかった。わたし、がんばってみる。
押尾くんが言うこと、なんでもするから」
おお。
まさか女子に「なんでもするから……//」と言ってもらうという俺の高校生活で密かに叶えたいことリストのひとつが、またしても叶ってしまった。それはともかく。
「じゃあ、虫を食えというのはさすがに置いといて……。
あ! たとえば、筋トレとかどうかな? 筋トレを地道に頑張るJKの姿は、需要あると思うんだ。日々どれだけできるようになったかを報告して、応援してもらうんだよ」
「ええ……さすがに筋トレは無理だよ。なんでもやるとは言ったけど……さすがに限度を超えてるなぁ」
「あァ?」
俺はつい青筋を立ててメンチを切ってしまった。
同じクラスの女子に対して、なんて大人気ない態度か。
だが、これは俺が悪いのか?
「じゃ、じゃあせめてランニングとか……」
「いやいや、さすがにさすがに。走ったりなんてしたら、疲れるでしょ?」
はーーーーーー。
デスノートとか、落ちて来ないかなぁ……。
【急募】鈴木さんをおもしれー女にプロデュースする方法 来生 直紀 @kisugin
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