とりあえず虫を食え
なぜか俺は鈴木さんと一緒に下校していた。
まさか女子と一緒に下校する、という高校生活で密かに叶えたいリストの項目のひとつが、こんなにあっさり叶ってしまうなんて。でも全然嬉しくないのはなぜだろう。なぁぜなぁぜ?
「つまり、鈴木さんはYouTubeもTikTokもニコニコ動画も見たことないけど、配信者になりたいわけだ。それで天下を取りたいわけだね」
「うん、そうなるね」
「あまり私を怒らせない方がいいぞ」
「押尾くん、なんか口調変わってない……?」
俺は大きくため息をついた。
べつに、配信くらい、今どき誰でもいつでも簡単に始められる。
勝手にやればいい。
だが、鈴木さんは天下をとりたい、と言った。
そうなるとまったく話は変わってくる。
今のご時世、いったいどれだけの人間が、配信者として、人気取りという熾烈なパイ集めゲームに挑戦していることだろうか。
だが生き残ることのできる人間はごく一握り。
鈴木さんが飛び込もうとしているのは、もはやレッドオーシャン。
つまり血の海だ。
「血の海でおぼれ死ぬぞ」
「えっと……どういう意味?」
俺は懇切丁寧に、いまの動画サイトを取り巻く状況や、配信者というものの一般常識を、できるだけかいつまんで鈴木さんに説明した。
「ふーん……そうなんだねぇ」
「つまり、いかにバズって沢山のファン――チャンネル登録者を獲得するかが、すごく大事になってくるんだ。そのためには、トークが面白かったり、人がやっていない面白いコンテンツを作ったり、そういうことが必要になるんだよ」
「それがつまり、おもしれー女になる方法ってこと?」
「そうだ。わかってくれたか」
「押尾くんが、すごく詳しいんだってことはわかったよ。やっぱり、押尾くんに頼んでよかったなぁ」
「そうか。わかってないか」
俺は鈴木さんのマイペースさに、徐々に免疫を備えつつあった。
これぞまさに生命の神秘である。
「でも、とりあえずゲームしてればお金がもらえるんでしょ?
わたし、それをやりたいな」
「鈴木さん、普段ゲームとかやるの?」
「ううん、全然」
「じゃあ……これから始めてみたいんだ?」
「べつに興味はないけど。でもゲームならわたしでもできるかなって。あ、でもなるべく簡単なのがいいな。あとすぐに終わるやつ。5分くらいとか……? それでいくらもらえるかな? 3万円くらい?」
「社会の厳しさパンチなら俺がいくらでもあげるよ」
「押尾くん、なんか顔が怖いんだけど……」
鎮まれ……俺の右腕……。
俺は疼く右腕をアシタカよろしく必死に押さえつけながら、鈴木さんの発言に頭を痛めていた。
にこっ、と俺は爽やかな営業スマイルを浮かべた。
「じゃあ、ゲームじゃない方がいいかもね」
「あ、そうなんだ」
これだけ自制心がある俺は、将来きっと凄腕の営業マンか、理解ある彼くんになれるに違いない。
「他に、鈴木さんってどんな趣味があるの?」
「趣味は……特にないかな」
「じゃあ、得意なことは? 例えば歌とか、ダンスとか」
「えぇ、歌なんて歌えないよ。ダンスだって体育でしかやってないし。だいいち、人前でそんなことするなんて、恥ずかしいから無理だよ」
「じゃ、じゃあ創作とかは? 絵を描いたり、曲を作ったり」
「やったことないし……興味もないから、無理じゃないかな」
「すぅぅぅっぅぅぅぅぅぅ……」
「? 押尾くん、大丈夫?」
髪が逆立って伝説の戦士になりそうな勢いだった。
俺はなんとか静寂の呼吸で、自分を落ち着かせた。
「わかった、鈴木さん。鈴木さんがおもしれー女になってバズるために、いい方法を思いついたよ」
「ほんと? わたしなにをすればいいの?」
俺は満面の笑みで答えた。
「とりあえず、虫を食え!!!」
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