無能力ディテクティブ-科学が劣化し、魔法が発展した世界で-
蔵薄璃一
魔法使いの放火魔
β2023年
5月
極東ウエストエリア
首都キョート
警視庁
公安部総務課
特別庶務係
「今日だけで殺人事件が……3つ。無能力者を排斥したってのに、能力者の犯罪が起きるんじゃ、何のためにこの国を分断したのか分からなくなるわなあ……」
ひとりの男が机上札が置いてある係長席でぼやく。
現在、この部屋には彼を加えても二人しかいない。
「なんでこんなことになってんだ!」
「私に分かるかうすらハゲ、刑事課に言え。っていうか、私に当たり散らすな。また奥さんに逃げられたのか?」
「逃げられた訳ちゃう。実はな……ってちょっと待て。お前、なんで俺にタメ語なん。」
「別に。そんなこと言ってる暇あるなら、自分の仕事したらいいじゃないっすか。」
目をかっぴらいて係長が部下の女性を睨みつけた。
「おん前それが人にものをいう態度か!」
「大変です!」
係長が怒った勢いでバンと机を叩くと、入口付近の戸棚の上から書類が落ち、来た警官の頭にヒットした。
「だ、大丈夫?」
「は、はい……」
自分のせいかと思ったのか、流石に気を使った係長。
「で、なんだ一般警官。一般警官が公安部来ていいと思ってんのか。」
優しさを見せる係長に対し、一切の優しさがない部下。
「い、一般警官……ごほん。えー、えっと、申し上げにくいのですが、人手が足りないので、捜査に出て欲しいのです……」
「……なんでそんなに人が足りていないんだ。馬鹿なのか。私ら、捜査員じゃないぞ。」
「し、シンプルに人材不足です。」
……
……沈黙が訪れた。
「は?」
部下の女性が素っ頓狂な声をあげた。
「配属されている人数が少ないのであります!ほぼ全員が3件の捜査に出払っております!」
「はァ?人事は一体どんな割り振りしてんだ。そんなに人足りないのか?」
「そうだ。ウチは常に人材不足だ。」
話に割り込んだ係長が代わりに答えた。
「なー」
ダン!
「「なー」」
同意を求めるが無視された係長は、足で音を鳴らす。
すると、ビクッとした警官が思いっきり首を何回も振り、係長と声を揃えた。
「そして、上があんまり賢くない。」
「あの、それ僕いる前で言わないで……」
「ってか、あたしらよりエリートのくせして頭固くないっすか?無能ここに極まれりっすか?」
「って、そもそも俺、人事じゃないしー。人事じゃなければ、一課の上層部でもないわ。文句は直接上に言いなさい。聞いてもらえるどころか出てもらえないだろうけどねェ〜。」
「しばくぞ。」
ピシャリ
冷たい言葉がこの場を凍らせた。
係長が思わず咳払いする。
「私らも人いないんすけど。そもそも、配属されてる人数が少なすぎるんですけど。私ら一応"庶務"なんすけど。庶務の私らにまで出ろって言うんすか。」
「え、だって特別庶務係って通称"便利係"じゃ……」
それを聞いた部下の機嫌が悪くなったことを察したのか、係長が口を開いた。
「あんなあ、先崎くん。いい加減分かりなさい。言ってしまえば、オレらは人手不足を補うための人員なの。便利屋っちゅーわけや。もっと言えば、公安警察と警察のパイプ役。おん前に散々言うたやろ。オレだけやない、ワシに託した係長も--」
「おい死んでないだろ、あの人。まるで死んだとでも言いたげな遠い目しやがって。係長"代理"がそう言っていたと告げ口してやるぞ。」
「そないな言い方したつもりないわ!そんなことよりや、係長"代理"なんて言うなや!"代理"なんてちょっとダサいやろ!」
先崎と呼ばれた部下の女性はため息を吐いて、観念したように警官の元へ歩み寄った。
「おい、ウチのダメ上司は仕事が終わっていない、私が追い返……ああ、話を聞こう。」
「小ちゃい声で話さんかい。誤魔化しきれてへんぞ。」
「……辞める時、一発ぶん殴ってやる。」
「おん前、好き勝手言わせておきゃー!」
普通の声量で聞こえるように発せられた部下の暴力発言に対し、係長代理が声を荒らげるが、既にこの場から去っていた。
やり場のないこの気持ちをどうすることも出来ず、ため息を吐く。
コーヒーを飲もうとするが既にカップの中身は空。
面倒くさそうに立ち上がり、インスタントのコーヒーを入れ、お湯を注ぐ。
お湯の出が悪く、何度もスイッチを押していると、暴発してお湯が飛び散った。
「あっづあああああああ!」
==========
警視庁
ロビー
「ちょっと待て、やっぱりおかしい。」
ここまで来て先崎が足を止めた。
「は、はい……?」
「私一人で向かえって言うのか!空き巣とかの単純な犯罪ならまだいい、だが今回は放火犯だと言うじゃないか!少なくとも庶務がやる件じゃない!そもそも、私こうやって一人で捜査するの初めてだぞ!いくら人員いないからってブラック過ぎないか!?」
「す、すみません!と、とにかく指示してきた人には言っておきますんで!」
「はァー……仕方ない、これも仕事か……まずは現場検証だな。よし、来い。」
「はえ?」
戸惑いよりも急に話題を振られたことによる驚きの声が、一般警官から飛び出た。
「あの、私……生活安全--」
「知るか、運転手くらい出来るだろ。」
「あの、僕怒られ--」
「私はやることがある。わざわざ呼びに来た責任、取ってもらおうじゃないか。」
「へ……?」
==========
パトカー車内で、先崎は今回起きた事件の資料を予め読み込んでいた。
「やることって、資料に目通すことでしたか……」
「……なんだと思ったんだ。」
「いや、サボりだと--」
ガン!
「あいだっ!う、運転中……」
足のすねを蹴られて、運転しながら悶える一般警官。
そんなことは気にせず、放火事件の資料に目を通していく。
「発生した火災は……今回で2件目。2件目!?」
目を見開いて驚いた。
1件目の話は、全くもって警視庁内でも全く聞かなかったからだ。
「なんで最初の1件は報告されてない?」
「いや、別件ですよ!ただただ同じ放火だったんで、適当にまとめてたんです!2件の事件の関連性は不明です。関連は恐らくないと思いますが……!」
「おい、なんでそう言えるんだ。」
「イタズラ程度のレベルだと判断……って、そもそも僕、捜査班じゃないので詳細までは……!」
「それでも犯罪は犯罪だろう。立派な放火じゃないか。これを担当したやつはどんな仕事を--」
正木 火山(マサキ カザン)
……係長代理だった。
厳密に言うと、捜査員の調査を元に、最終的に"イタズラ"という内容で処理したのが係長代理であった。
頭が痛くなるも、資料に目を通していく。
「……確かに、イタズラと言われるのは分かるが。」
資料にある現場の写真を見ても、階段の踊り場の地面に、たった少しの焼け跡があっただけだった。
はっきり言って、昔ながらの建物であれば気づかないほどに全く支障のないものであった。
「1件目は焦げ臭いという通報があり、駆けつけたがこのザマ。2件目は駆けつけた時には……既に時遅く、結果的に全壊。」
「そういうことです……」
ちょうど読み終わった頃、焼け落ちた建物が見えてきた。
かなり広い。
「着きました、カケドモマンションです。」
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カケドモマンション
大きなマンションが焼け落ちた形跡があり、中には公園があった跡もある。
現場はそのまま保存されているようだ。
さらに、公園があった場所の真ん中には、公園があったことを象徴するかのように、大きな樹が目印のようにあった。
しかし、その樹やすべり台、ジャングルジムといった遊具は既に見る影もなく燃えており、色のない黒黒とした色が悲壮感を漂わせていた。
「第一発見者はあなたですね。」
第2の放火事件・第一発見者
阿部 優(アベ マサル)
「失礼ですが、IDカードを確認しても?」
「いいげども……」
IDカードを受け取ると、スマートフォンを取り出し、警察専用のアプリでスキャンする。
阿部 優(アベ マサル)
生年月日:β1978-04-28
職業:カケドモマンション 清掃員
魔法属性:Fire(火)
「ご協力ありがとうございます。火災の件について、詳細をお聞きしてもいいですか?」
「いづも通り清掃しに来だ時のことだ。わしは歳食ってるもんだから、いっつも早起ぎなんだ。だから、時間より早く来てるんだども、その日はおがしがった。焦げ臭い匂いがしたど思ったら、アパートがごうごうと燃えてて、一瞬で建物が崩れ落ぢたんだ。朝5時ぐらい、まだ朝早いけど日が昇ってねえ時間だ。おかげで……もう職なしだぁ……」
肩を落として説明する阿部に対して、サンドイッチを食べる先崎。
「まあ、それはどんまいってことで。」
「はい……?」
「後で事情聴取、この場でさせてもらいますんで。ちょっと待ってください。」
口にものを入れながら、慰める気のない慰めるの言葉をかける。
「じゃー、Let's現場チェック。」
ポカンとした様子の阿部を無視して空に向かって拳を掲げる。
「おい一般警官、離れてそいつのそばにいろ。」
「はっ、はい!」
「電磁操査。」
フワッと先崎の髪が揺らぐと、彼女の手からパチパチと電気が走り、ブゥンと黄色いオーラが辺り一体を覆った。
電磁操査--
魔法による電波を発生させ、電磁波がとらえた生存者及び死者の存在やその分布状況、周囲の様子などを知ることができる。
心電図を把握する力が発せられる電磁波にあふぃ、それにより生存者を察知し、生存者の有無を確認する。
さらに、魔法による電気操作で磁場を発生させることで、金属の有無を測定。
魚群探知機の要領で人などの"生きるもの"と"死んだもの"を探し、金属探知機の要領で"モノ"を探すのだ。
「……!」
そして、彼女は違和感に気づく。
「人骨が残っていない……?」
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カラスノエンドウアパート
先程のカケドモマンションとは異なり、だいぶこじんまりとしており、はっきり言って綺麗とは言い難い--
「ボロいっすね。」
到着早々、遠慮ない一言を発する先崎。
「自分、刑事さんが怖いです。どうしてそんな--」
一般刑事の言葉も無視して、待ち合わせていた人物の元へ歩く。
そこには、痩せた普通の身なりながら、小綺麗な1人の中年男性がいた。
「すんません。」
「いえいえ、わざわざどうも。」
「ちょっとIDカード見せてもらっていいですか?」
警察手帳を見せながら先崎が言うと、おずおずとポケットからIDカードを取りだした。
石橋 三朗(イシバシ サブロウ)
生年月日:β1982-06-30
職業:カラスノエンドウアパート 管理人兼清掃員
魔法属性:水
IDカードを確認し、片手で返す。
「ありがとうございます。」
「ええ、よくいらっしゃいました。それで、聞きたいことと言うのは……」
「ここで放火のイタズラがあったって聞いたんですけど。」
「ええ、そうなん……っ!矢野さん!」
彼が視線を移した先に、背筋がほんの少しだけ曲がりながらも、健康そうな老人が歩いてきていた。
「おお、石橋。お前のとこに阿部は来てるか?火災があったと……聞いたが、大丈夫なのか。朝、電話したが出なくてな。今はあいつが……カケドモで働いているだろう。」
「大丈夫です。さっき連絡が着きました。一応、今日は色々話しようって言って、うちに呼んでるんで。矢野さんもぜひ、あいつの話聞いてやってください。」
「もちろんだとも。よかった。よかった。」
彼は先崎に一礼し、そのまま奥の家へ向かっていく。
当然面識はないので、石橋へ彼について尋ねた。
「……彼は?」
「ああ、矢野さん。自分と阿部さんの師匠みたいなもんです。……恩人ですよ。自分たちにとっては。最近、管理人職を引き継いだ自分の様子をちょくちょく見に来てくれるんです。あ、この件通報してくれたのも矢野さんなんですよ。時間ある時はちょくちょく来てくれてね……アドバイスしてくれたり、ありがたい限りです。」
そんな彼の"お気持ち"に付き合っている場合ではない。
ただ論理的に、正しい真実という名の結果を求めるのみである。
「すんません、矢野さん。ちょっとIDカードを拝見してもいいですか?」
「はい、わかりました。」
矢野 洋児(ヤノ ヨウジ)
生年月日:β1958-09-13
職業:退職済み・年金受給中
魔法属性:Plant(植物)
「どうも、じゃあ返しますね。」
「ああ、はい。」
「……そうだ。イタズラの件を発見したのも、矢野さんでしたね。」
「へぇー、そうなんですね。では、矢野さん。お話をお伺いしても?」
「現場近くにいたわけではなかったです。焦げ臭い匂いがして」
「?どうして焦げ臭い匂いがしただけなのに、わざわざ通報されたんですか?煙やその火自体は見ていないんですか?」
「いや、あの……火は見てないんです。煙もあったか……すみません、歳のせいか覚えておらず……。焦げ臭い匂いがして、火事だと思ってすぐに連絡してしまったんです。正直、イタズラだと思われても仕方ないです。慌ててやったもんで……。」
「さいでっか。」
矢野が去っていくと、先崎は見送ることなく視線を石橋に移す。
そして、真顔で彼にとっての地雷を踏み抜いた。
「すんません、阿部さんに対してはどういう印象を持ってますか?例えば、優越感とか。」
「優越感?」
「だって、年上の人で自分よりも早く矢野さんと仲良くなっている方ですので。その人よりもいい生活をしてるって--」
「とんでもない!」
「すんません、捜査なんで。」
「私が彼を不幸にするためにマンションの火災を引き起こしたって!?冗談やめてください!阿部さんはいい人です!阿部さんは、まだ清掃業に慣れない自分を矢野さん同様に面倒見てくれたんです!あなたの言うとおり、結果だけ見れば私は既に1アパートの管理人になりましたが、彼のおかげで私の今があるんです!」
「そこまでは言ってないっすけどね。」
そう言うと、ビクッと震えた彼が露骨に視線を逸らした。
(あっちの方はそうでもなかったけど。)
『俺はあいづのせいで、今も!今もこんなごとやってんだあ!あいづが俺より仕事できるがらっで!普通だったら、俺が今頃管理人やっでるはずだ!だのに、矢野さんが引き継いでくれたのは、普通よりも高いだけの清掃員だぁ!矢野さんは俺になんで管理人の職をくれながったんだあ!あいづもあいづだ!どうして俺に譲らなんだ!』
(ま、言う必要は……今のところないか。)
「じゃあ、現場見せてもらってもいいっすか。」
「は、はい。こちらです。」
アパートの階段を上り、該当の場所にたどり着くと。
位置的には、建物の一番上の踊り場となる。
踊り場の地面に小さく黒いシミのようなものが確認できた。
火が起こり、その場で燃えた跡だと思われる。
(本当に……イタズラ……?)
そうとしか思えないほど、建物が多少古いのもあり、前々からあったかのような跡であった。
極東ウエストエリア警察には、物的証拠から指紋を検出するように、魔法を使った形跡を入手・鑑定することで、魔法の使用者を特定できる仕組みがある。
だからこそ、今更ではあるが燃えたガレキか最悪"スス"でも取れないかと考えているのだが……
ちなみに、既にカケドモアパートにあった焼けたガレキは回収済みだ。
「ちょっと退いてくれ。」
スマホを見ながらリュックサックを背負う男が、先崎に言った。
避けて通ればいいものを、わざわざ『避けろ』と言うのだ。
舌打ちしたい気持ちは抑えようとしたが無理だったので、普通に先崎は舌打ちした。
「現場検証中なので。」
「は?何、警察もイタズラ程度でわざわざ来てんの?暇だねえ、税金泥棒。」
よくもまあ、警察相手に面と向かって言えるものである。
「うるせえな。公務執行妨害で逮捕されたくて絡んでんの?」
警察手帳を見せると、一瞬怯んだ様子を見せたが、たじろぎながらも言い返す。
「警察手帳って……警察手帳偽物じゃないんですか?警察ってこういうの最低でも2人とかで動くんじゃないですかー?」
「おい一般警官。こいつ捕まえてくれ。」
無線で話すと、一般警官がパトカーから出てきて「はいー!」という絶対に大声であろう声が聞こえてきた。
それに気づいた男はビクッと体を震わせて驚いたようで、顔を伏せて悪態をついた。
「邪魔だってば……ったく。」
「スマホじゃなくて、周囲をちゃんと見ろよ。いつか事故って死ね……死ぬよ。」
聞こえていたかどうかは謎だが、苛立ちをぶつけるかのようにドアを思い切り閉め、バァン!という音が辺り一体に響く。
管理人の石橋が顔色を伺いながら、バツが悪そうにしている。
「彼は?」
「このアパートに住んでいる工藤さんです。」
「……アパートの住人にも、話を聞かなきゃだな。」
==========
「ずっと勉強してましたよ、僕浪人なので。」
そう話すのは、先程出会った浪人生。
IDカードを確認すると、このように情報が確認できた。
工藤 高(クドウ タカ)
生年月日:β1998-04-07
職業:無職
魔法属性:Fire(火)
「ずっと勉強してましたよ、僕浪人なので。僕、キョートユニバーシティの医学部志望なので。」
「はぁ。すんません、それを証言できる人っています?」
「いるわけないでしょ。監視カメラがある訳じゃないし、1人暮らしですし。」
「へぇ……日頃の勉強によるストレスで、イライラしてやったとかは?あなた、火の魔法使いですよね。」
「や、やってないですよ!」
そう言うが、先崎は手帳に書き込むペンの速度を緩めない。
「も、もういいですか?勉強の邪魔しないでください!」
バタン!
一方的に話を切り、ドアを閉める。
「モテない童貞インターネット正義マンっぽ。」
==========
2人目
千葉 航誠(チバ コウセイ)
生年月日:β1996-10-28
職業:フレンズマート アルバイト
魔法属性:Wind(風)
「え、なんすか。」
「警察です。3日前、ここで小規模な火災があったんですが、あなたはその時、何をされていましたか?」
「え、そんなことよりさ、ちょっと聞いてくんない?俺の方でも事件あったんよ。強盗がさ、うちのコンビニに来たんだよ。でもさー、そん時さ俺がいたおかげっつーの?俺が『社会のゴミが消えろ』っつって取り押さえて懲らしめて--」
「話聞けや、虚言癖。そんな事件起きた報告は来てねえんだよ。強盗があったと言ってたというコンビニは、そこの店長が『逃げられた』って報告してくれてるよ。警察が捕まえましたけど。」
「あ、いや……」
狼狽える千葉。
明らかに子供の嘘がバレて、母親に問い詰められている状況にしか見えない。
「話を変えるな。何してたんだって聞いてんの。さっさと答えろや。答えないなら、公務執行妨害及び放火容疑で連行するぞ。」
「あ、あの!バイトが休みでその日は寝てました!あとは家で--」
「最初からそう言え(カス)。」
「え、お姉さん俺とお茶して--」
バァン!
今度は先崎が扉を思い切り閉めた。
「嘘で武勇伝を語って、いざとなったらその嘘がバレて、さらに嘘を上塗りするタイプ。」
結局、ほかの住人4世帯は全て外出していたとのことで、全てアリバイが取れた。
==========
数時間後--
極東ウエストエリア国境付近
先崎は警視庁に戻ってから、押収した自分のバイクを走らせていた。
「すんません、こういう者なんすけど。」
国境を管理する関所。
関所の審査官に警察手帳を見せ、あることを確認しに訪れたのだ。
「ここ最近、『日本イースト』に移動した人っていますか?」
「ここ最近、ですか……」
「正確には3日前から、ですね。」
「えー……いませんね。そもそも、極東ウエストエリアと、日本イーストに分かれてから日本イーストに移動した人自体いないですね。」
「あざます。」
さっさと外へ出て、タバコを蒸かす。
一服し終え、タバコを踏みつけて火を消した。
バイクのエンジンをかけ、街中へ向かって雑に進んでいく。
「ちっ、収穫なしか。お腹減った……ん?」
バー、ジントニック
ネオン街でよくあるネオンの看板ではなく、白色灯が照らされるペンキの剥がれた看板が見える。
「こんなとこに、バーなんかあった?」
国境付近にもかかわらず、まるで山猫軒のように、森にひっそりと佇んでいた。
「ジントニック……」
惹き込まれるように、ドアの取っ手に手をかけると、カランというベルが鳴る。
ドアを開けた先には、シーリングファンがカラカラと回っており、
「すんません、食べ物ありますか?」
「……!」
店主の驚いた表情。
こんな僻地に客が来たことに驚いたのか。
実際、先崎以外に客はいなかった。
失礼だが、店の外装と店の立地を考えれば、正直客入りが少ないのも頷ける。
「食べ物っす、食べ物。ここ、バーっすよね?」
「あ?あー……あるけど、ウチ定食屋じゃねえぞ。」
……もしかして、そっちが驚いた理由?
「酒いらないんで。運転しなきゃだし、飲酒運転とか警察だからできないし。ご飯あるならそれ……あ、メニューあります?」
「……」
舌打ちをしたげな渋い顔を一瞬し、渋々といった様子で丁寧にメニューを渡してきた。
中を開くと1ページ目にドリンクの項目が。
そこには、『ジントニック』とだけデカデカと記載が。
次のページに行くと、緑茶、烏龍茶、ほうじ茶、抹茶、紅茶など各種ありとあらゆるお茶が記載されており、さらに次のページにはファミリーレストランさながらの多くのメニューが記載されていた。
「美味そ。っはは、てか酒ジントニックしかないじゃないっすか。酒より料理の方が多いし。酒よりお茶の方が種類多いじゃないっすか。」
「……聞きたいか、なんでこの店にジントニックしか置いてないか……」
「いや、いいっす。」
「オイ。」
電子タバコを取り出して、大量の煙を吐き出した。
「じゃあオムライス大盛りと、ナポリタン大盛り。アルデンテで。あと灰皿。」
「お酒は?ジントニックとか--」
「あ、結構です。」
「……あっ、そう。」
一瞬シュンとした顔を浮かべ、背後の厨房へ向かうマスター。
食材を冷蔵庫から取りだし、手際よく食材を切っていく。
そんなマスターを気にせず、先崎はバッグから書類を取り出し、書類に目を通し始めた。
全員の情報を全てまとめ、ひとつの流れにまとめる。
そして、それぞれの容疑者から聞いた証言を書き起す。
阿部 優
石橋 三朗
矢野 洋児
工藤 高
高橋 航誠
物的証拠は無い。
魔法の属性から考えると、容疑者は阿部、そして工藤。
発言から考えてみると、阿部は石橋に対するコンプレックスからによるもの。
また、工藤は日々のストレスからによるものと考えることが出来る。
しかし、矛盾がある。
阿部はこの中で一番犯人である可能性があると考えられる。
石橋へのコンプレックスから、カラスノエンドウアパート
しかし、自分の職場であるカチドキマンションへの放火はどうだろうか。
矢野に対する反抗だったりするのか。
さらに、工藤に対しても動機が薄い上に、カチドキマンションに対して何かあったとは考えにくい。
だとしたら、何かを隠している?
それに、阿部が言っていた「一瞬で崩れ落ちた」っていう言葉。
火災が起きたからといって、一瞬で崩れ落ちるものだろうか。
容疑者5人の周囲をさらに調査する必要があるんじゃ……
「ほらよ。こっちは気にするな。」
マスターの一言で現実に戻った。書類をそばに置き、
頼んでいない、緑茶があった。
気にするなというのは、緑茶のことだろう。
「いただきまっす。」
手を合わせて、スプーンでオムライスをすくい、一口食べた。
先崎の目が大きく開かれ、口元に笑みを浮かばせて食べ進めていく。
「え、美味っ。なんでカフェとかレストランじゃなくて、バーしてんすか。」
「お客さん、良く失礼って言われるだろ。だが、この店はバーであるのにもちゃんと理由があるんだ。聞きたいか、なんでバーとしてここを経営しているか--」
「いや、いいっす。」
「失礼だな主。」
「え、主とか言う人初めて見たっす。元お偉いさんとかっすか。」
先崎のふてぶてしさにため息をつき、電子タバコをふかす。
「一体どんな教育されてきたんだ……いいから、黙って食え。」
マスターが目を見開いて驚く程に、ペロリと食べ終えてしまったのだ。
「早……」
「ごちそうさまっす。あ、トイレとかどこ--」
「後ろ。右行って、そこ真っ直ぐ。」
忙しなく席を立ち、トイレに向かう先崎。
その際、ガサッと音を立てて資料が落ちてしまった。
「慌ただしいなあったく……あ?」
バーのマスターは、落ちた資料を拾い上げた。
==========
「おい、何勝手に--」
先崎が戻ってくると、バーのマスターは拾い上げた書類を読み込んでいた。
先崎が戻ってきたのを確認すると、彼女に書類を手渡し、口元に手を当てた。
「今すぐ現場に連れて行ってくれないか。」
「は?」
「気になることがあってな。」
「動くのは、早い方がいい。」
==========
カケドモマンション
「全焼となると、流石に酷いな。ひとまず、ご冥福をお祈りしよう。」
凄惨な現場を見て、マスターは手を合わせて祈る。
「ってか。今、夜なんすけど。」
先崎が夕食を食べ終えた時には、既に夜が更けていた。
バイクは先崎がマスターに運転させ、後ろに乗ってここまで来た。
「悪いが、今動く必要がある。下手をすれば、犯人は明日動くかもしれん。だからこそ、事件が起きる前に、証拠を押えて片付けたい。儂はそう考えてる。」
「え、何歳だっけ。」
急な質問。
全く事件と何の関係もない質問に、思わず一拍の間が空いた。
「……?何故、気にする。」
「だって、儂って……儂って!お前歳いくつだ!」
「言ってる場合か!あのな、儂の頭の中が正しければ、間違いなくこれはイタズラじゃない。故意的なものだ。」
「儂……」
「喧しい。人骨がなかったの、間違いないんだよな。」
「そうだ、間違いない。」
「……ここの調査は、主一人だけで?」
「そうだ。……おい、主。私を疑っているのか?」
怪しいとでも言いたげな視線に、先崎はつい口を出した。
「いや、だってお前が一人で……どうやってこんな広さを……」
「私、雷の魔法使いなので。」
「!……そう、か。そうか……」
噛み締めるような言い方。
まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえるが、先崎の言いたいことを理解した反応というよりは、それ以上に悲愴感を感じさせた。
「成程、電磁操査を使ったのか。」
「なんで知ってるの。」
その方法は勿論、名称すら警察側でしか明かされていないはず。
なのに、どうしてこの男は--
「ここの第一発見者は、焦げた匂いがするという内容で電話をかけてきたんだな。」
「無視すんな。」
その言葉と視線に、参ったと言いたげな表情を浮かべてら、作り笑いを浮かべてマスターは答えた。
「いやぁ、昔探偵やってたから。お前ら警察の手口くらい、だいたい把握してる。ある刑事が、色々教えてくれてな。」
「え、そいつフツーに規則破ってますね。」
サーっとマスターから汗が垂れた。
わざとらしく咳払いをすると、スっと切り替えるように真剣な顔つきに変わっていた。
「まあ、今は気にすることじゃない。今はこっちに集中するんだ。」
「おい」
「主の話じゃ、人骨はなかったんだよな。」
「うん。そうっすよ。」
「おかしいことだな。」
「そりゃそう。」
「あくまで予測だが、だとしたら、年季ある相当な使い手だな。」
「使い手って……魔法の?」
「それ以外何がある?」
キッパリとマスターは言いきった。
すぐに想像できなかったからだ。
こんなアパートを全焼させ、そのうえで人骨を綺麗に無くしてしまう。
そんなことが出来るのか。
「そんなことある?」
「あるよ。」
即答であった。
「主、捜査は初めてか?」
「一人では。今年警察になったばっかりなので。」
「じゃあ、今覚えとけ。魔法ってものがこの世に存在する以上、頭じゃ有り得ないって思えることは出来るものなんだ。筋トレしてムキムキになる奴がいるように、魔法も鍛えられる。だからこそ、一般人だろうが油断は出来ない。良い奴にしろ、悪いやつにしろ、魔法がある以上無茶苦茶なことは出来る。普通に考えればなんて、そんな考えは捨ててこい。もうこの世界は、わざわざナイフで殺すより、魔法で殺す方が簡単な世界になったんだから。」
有り得ないこと。
いわゆる人間の頭の中では思い描けない、想像できない異常なこと。
魔法が使えるようになっても、人間の進化としては魔法が使えるようになっただけなのだ。
人間の頭脳や想像力が豊かになった訳では無い。
魔法は色々出来る。
出来るからこそ、常人には及ばない考えで犯行に及ぶものもいるということだ。
「話を戻そう。そもそも火の魔法使いだと仮定して、火の魔法使いがわざわざ証拠が残りやすいマッチやライターを使うだろうか。」
「使わない。わざわざ道具が残るもの--」
「そう思うだろう?わざわざ自分で火が出せるにも関わらず、火をつける道具を使うだろうか?道具を使おうが、魔法を使おうが、どちらにせよ証拠は残るというのに。まあ、それは置いておいて。儂が一番気になるのは、最初に起きた事件の『焦げ臭い匂いがする』という言葉だ。」
阿部と矢野が言っていた言葉だ。
「ライターを点けた場合、ガスの匂いがする。ライターはガスに周囲の空気が混ざり、そこへ放電された火花が接触することで火がつく仕組みだ。だからこそ、儂はおかしいと思うのだ。火の魔法使いが『焦げ臭い匂いがする』という通報してきたのだとしたら、尚更な。」
その通りだ。
火の魔法使いの発火方法は、自身の魔力を火に変える。
だからこそ、匂いなんてするはずがない。
「焦げる匂いということは、何かを焼いているということだが……仮にそれがマッチだったとしても、マッチが先に臭うのは硫化化合物の刺激臭。マッチを捨てた証拠もなければ、ライターが捨てられた証拠もない。そうだな?」
「うん。私の電磁操査を当てにするならね。」
「問題ない。信頼に値する。」
何を根拠にしたかは分からないが、即答。
マスターは推理を続けていく。
「魔法を使えない人間が生み出した道具を下に見て終わるだけだろうに。……一番は魔法を使った形跡があればいいが--」
「それもないし、検出されなかった。」
「だったら視点を変えてみよう。」
「うわ、悪そうな顔。」
マスターがにやりと笑った。
その顔は、はっきり言って悪人そのものの顔に見える。
「これは恐らく……もっとシンプルで、単純かもしれない。」
笑うジンを見て引く先崎。
ゆらりと動いたジンは、先崎の方を向いた。
「頼みがある。」
「なに?」
「ある男のIDカードを再度確認して欲しい。」
「ある男?」
「そうだ。そして、これから魔力を検出できるか試してみろ。はっきり言って、明確な証拠に成りうるのはこれだと思う。同時にマンション近くの監視カメラ、全部確認してみて欲しい。」
そう言って、マスターは集めていた数枚の葉っぱと数本の枝を手渡した。
「解明まで、あと一手。」
「何カッコつけてんだ。」
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カラスノエンドウアパート
「急にお呼びだてして、申し訳ございません。」
そこに集められた5人の容疑者。
工藤はあからさまに機嫌が悪く、イライラしている様子が見受けられる。
「はーい、注目。」
視線が一瞬で男の方へ向く。
バーテンダーの衣服を着た男が、パンと手を叩き、さらに気を引こうとする仕草を見せた。
「とりあえず、犯人分かったから。逃げずに大人しく話聞きなさいな。」
ニコニコするその笑みは、先程までの彼の装いとは異なったため、先崎にとっては不気味でしかなかった。
「お、おい刑事さん。この人一体--」
「お主犯人、他無実。以上。」
マスターの指が示す先にいたのは……
矢野 洋児--
阿部と石橋と繋がりがあった老人であった。
「は!?」
名を挙げられた矢野が素っ頓狂な声をあげ、狼狽した。
周囲の人間、特に阿部と石橋は嘘だと言いたげな表情を矢野に向けると、睨むようにマスターに向き直った。
「あ、あなたは……わ、私が犯人だと……!?」
「いやァ……?そうは言ってないだろう。まぁ十中八九、主が犯人だろうが。」
「な……!」
「よく考えれば簡単なことだ。」
先崎より前に出て、マスターは話し始めた。
「火の魔法なんかなくとも、火は起こせる。」
それを聞いた矢野は、すかさず反論する。
「だから、ライターとか。マッチとか。そういう類の火を起こすものは、火の元になるからこそ、持ち歩いていません!それに私は植物の魔法使いだってのに--」
「最後まで聞きなんし。」
先崎は見ていなかったが、それ以外の容疑者たちはゾッとした。
マスターの冷たく濁った顔は、周囲を黙らせるには充分であった。
「ライターやマッチ等の類はない、今そう言いましたね。そうなると自然と犯人は2人に絞られる。火の魔法使いか、植物の魔法使いだ。防火耐性のある建物は、火の魔法がある程度は遮断される。火種がなければ燃えるわけがない。だから、自分で火種を作ったんだろう。木々の枝で起こした火種を。」
「はい火を起こした証拠。」
そう言って、マスターの横にいた先崎が懐から葉っぱを取り出した。
その葉っぱや枝には、焼け焦げた跡がしっかりと残っていた。
「よくもまあ、こんな面倒な方法を思いついたもんだ。道具を使えば足がつくと思ったか、火の魔法使いの仕業であると考え込ませようとしていたか?ずいぶん甘かった気はするが。」
「その葉っぱがどうしたんですか、マンションの公園には大きな木があります。その葉っぱが焼けただけじゃ--」
「主が火起こしの際に使用した火種の葉だろうに。それに今はまだ、普通の葉っぱどころか、枯葉すら落ちる時期じゃないぞ。ちゃんと調べて主の魔法で作り出されたものだと判明したよ。そのうえで、お前はちゃんと火が起こせるかをアパートで試したんだ。よく入り浸るあのアパートで。……自分が恩を売った相手なら、誤魔化せると踏んだか。」
「でもそれだけじゃ火を起こしたって証拠は--」
「じゃあ聞くが、主は深夜2時頃にこんなところで何をしに来た。監視カメラにお主がカケドモマンション付近に映っていたのを確認したが。」
「阿部の顔を見に来たんだよ……」
「清掃員の勤務開始時間は5時。前任者であるあなたが知らないはずないでしょう。」
「あの……」
おずおずと申し出たのは、阿部。
矢野から清掃員の仕事を引き継いだ当の本人だ。
「矢野さん。俺が仕事引き継いだ時も、同じ時間だったじゃないですか……」
「……!」
「どうすて……」
「そ、それは--」
「見苦しいって。」
キッパリと言い切ったマスターの顔は、言葉を続ける。
「ほかの火の魔法使いが、マンションの住人の中に火の魔法使いは--」
「全員死んでるよ。主が殺した。主以外に、誰もいないんだよ。」
諭す言い方だが、慈悲は無い。
冷酷に淡々と事実だけを言って聞かせる。
「まあ消去法になるが、今回の目的は人骨だったんだろう。ところで、阿部さん。」
突然話の矛先が向いた阿部は驚いた。
恐る恐るといった様子で、マスターへ向く。
「は、はい。な、なんです。」
「主がこの火災の第一発見者だと聞いている。二つ確認したいことがあるのだが、火災が見えた際、建物の原型が残ったまま燃えていたか?そうでなかった場合、何か地響きのような音は聞かなかったか?」
「……ええ、聞ぎました。」
「そうか、どんな音だった?」
「何がこう、建物崩れるような……火災の影響だどは思うんですげど……」
「違うな。何はどうあれ、土台は残るはず。話を聞かせてくれて、ありがとう。」
一礼すると、マスターは矢野の前に立ち、自身の言葉を静かにぶつける。
「儂の考えはこうだ。植物の魔法使いである矢野さんは、荒業ですが大きなツルで予め建物を崩れないように固定したんでしょう。
「そんなメチャクチャな!」
叫んだのは、石橋であった。
彼もまた、先程の先崎同様に、想像出来ない。出来るわけが無いと、そう叫んだのだ。
「そうだが、彼にはそれが出来る。出来てしまうんですよ。年季ある貴方のような魔法使いであるなら。」
この言葉を聞いた
「はい。それじゃあ……言い訳どうぞ。」
そう言われた矢野は、俯きながらポツリポツリと語り始めた。
「私の家内が亡くなったんです。私は家内が火葬され、遺骨・遺灰として戻ってきた家内が……どうしても美しくて仕方がなかった。」
しかし、声音のトーンが同じでも、言葉と雰囲気は段々と狂気じみていく。
「だから私は全部食べたんです!美しい妻を無性に自分自身に取り込みたくなったんです!そして今度は……火葬技師が羨ましくなった、実際に人が燃えるところを見れる火葬技師が!」
憎々しげに、叫ぶ。
そして今度は悲しみを加えて話すのだ。
「でもね、私じゃあなれないんですよ。火の魔法使いじゃない、私じゃあね。それでも……」
ギリギリと歯ぎしりし、話を続ける。
「それでも私は人が燃えるところが見たくて仕方がなかった。そして何より……またあの綺麗な灰を取り込みたくなった!自分の魔法で生み出した木々や植物を燃やして出てきた灰や、そこらに生えている植物の灰なんかただのゴミだ!人の温もりが感じられるあの灰じゃなきゃダメなんだ!」
彼が叫んだ瞬間--
その場の空気に沈黙が訪れた。
人を疑うような言葉が、矢野から発せられたのだ。
自身の耳を疑わざるを得なかった。
そんな中、平然としたマスター。
そして、口を開いたのは先崎であった。
「まさか……全部食べたのか?マンションにいた住人を、全員?」
不気味に歪んだ矢野の顔。
この沈黙は、肯定とみて良さそうだ。
すると、矢野の背後から、植物のツルと一緒に食虫植物のようなものが顔を覗かせ、さらに彼の腕も変化していた。
「だからこそ、見る人がいないからこそ、誰も奇妙に思わない朝方を狙いましたが……まさか、私の弟子に足元を救われるとは……」
阿部を睨みつけるその目は、自身が手塩にかけた弟子に対して向ける目ではなく、冷たいものであった。
「矢野さん……」
「矢野 洋児。あなたを逮捕します。」
先崎が歩み寄ると、近づかせまいと食虫植物の手を振り回す。
「捕まる?冗談じゃない!そんなことされたら、もうあの美味しい遺灰を味わえない……そんなのごめんだよ。だったら--」
すると、矢野の生み出したツルは生き物のように動き出し、食虫植物……いや、食人植物はヨダレを垂らし、餌に喜んでいるようであった。
「あんたたち殺して燃やせば遺灰も食べられる!それに証拠も無くなる!」
名案とばかりに、嬉々として話す矢野。
その瞬間、彼の発言と同時にマスターは拳銃を取り出した。
「動いたら撃つぞ。」
「う、撃とうってのか!そんな旧文明の武器なんか取り出して!」
カチリ。
撃鉄が引かれた。
「あのなァ、脳天ただぶち抜くだけだったら、銃に優る道具はないぞ。わざわざ魔法使う必要ねえんだわ。」
額ど真ん中に狙いを定める。
その目は瞬きすらない。
引き金が押されようとした。
その時だった。
それよりも速く、雷が横切り、矢野へ直撃した。
「ヴ、わあああああああああああああああああああ!」
「あ、弱。」
振り返ると、人差し指を前に出した先崎がいた。
「……主、相当強いな。」
そう言われた先崎はニッと、八重歯を見せるように笑った。
「私、たぶん警察庁の中だったらトップクラスだと思うっすよ。この力買われて入ったんで。ぶっちゃけ実力行使できる部署の方が楽なんすけどね。キャリア詰めって言われてるんで、仕方なく。」
「……なるほど。」
自信たっぷりである。
そして、マスターは倒れて気絶した矢野を見下ろした。
「主とは付き合いを考えた方がいいかもな。まあいい、手錠かけとけ。」
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翌日
バー・ジントニック
「で、なんでまた来たんだ。」
そう話すのは、絶対に使いもしないワイングラスを磨く、バー・ジントニックのマスター。
「そんなガソリンだの電気だの使って来る場所じゃねえって。」
彼の視線の先には、バーのメニューを見る先崎がいた。
「そういえば、マスターの名前聞いてなかったっすね。」
突然の言葉に鼻で笑い、その答えを誤魔化す。
「別に言う必要はないさ。儂の名前に差程の意味は無い。」
「じゃあなんて呼べばいいんだ。」
「名乗る必要は無いと言ったろう。マスターと、そう呼びなさい。」
「なんか何か偉く聞こえるから嫌。」
「どこが偉そうに聞こえるのだ……!?」
彼女の詰問に呆れ、気だるくなってきたマスター。
すると、
「先崎埼」
先崎はおもむろに、自身の名前を名乗った。
それを聞いたマスターはため息を吐き、渋々といった様子で頭をかいた。
「名乗られたからには、名乗るしかないか。」
ワイングラスを磨くことを止めると、電子タバコを吸い、ふうっと煙を吐く。
「ジン・トニックだ。」
そう答えると、彼女は疑いの目を向けてきた。
「イーストカン?」
「違う」
名前が気になった彼女は、日本イーストの人間だと思い、聞き返すもそれは即座に否定される。
そして、彼は一拍置くとこう答えるのだった。
「儂は誇り高き侍道と大和魂を抱く、生粋の日本人だ。」
無能力ディテクティブ-科学が劣化し、魔法が発展した世界で- 蔵薄璃一 @licht_krauss
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