またどこかで、一曲目

四十  笛の音と歌声

 その笛の音と歌声に聞き惚れ、連波つらなみの王は歌をあいした孫娘を偲んだ。砂浜でひらかれた演奏会は多くのひとびとをひきつけ、波の音とともに癒した。連波の姫であり、飛迎ひむかえの王妃となったひとの螺鈿の櫛は、海を見渡す丘の木陰に埋められた。


 その笛の音と歌声に、雪に閉ざされた不香ふきょうはとかされるようだった。ひとびとは雪花の異称を冠した一座の栄華を懐かしみ、その音をめでた。奔放な天女のような踊り子と、おだやかで泣き上戸な笛吹きと、やたら男前な琵琶打ちが集った茶屋は、その音で満たされて連日満席となった。


 その笛の音と歌声は、厳しい北の大地に生きる忍杜おしもりのひとびとのよりどころになった。いまは伝説となった一座を支える太鼓を奏でた、快活で、強くてやさしい少年を思って、その音は紡がれた。


 すっかり広くなっている桜雲おううんの一部となった故郷を、笛吹きの青年は訪れた。雄々しい海を臨む砂浜で、ひさしぶりに武術の稽古をした。その地の腕自慢をつぎつぎに転がした青年は、笛がやたらと吹ける謎の怪力男として語られる。ちなみに一緒にいた少年も、巻き添えで砂まみれになったが喜んでいたようだ。

 謎の怪力男、もとい笛吹きの青年は、家族や大切にしてくれたひとの墓に行き、己は元気でしあわせだと伝えた。そしてかつての家人をたずねて無事を喜び合い、いまは豊乃原とよのはら村長むらおさとなっている、父の部下だったひとにも会った。豊乃原の村長は、考えの弾圧がなくなった豊乃原をまとめることに日々奔走しているようだった。

 その故郷にも、笛の音と歌声は響き渡った。たたかったひとびとを悼むその音は、出穂いずほの大地に染み込んだ。


 美萩野みはぎの芒村すすきむらでも、再び「笛の名手と歌姫」が目撃された。猪頭いがしらの町には、素朴な絵がばらまかれた。美萩野は連波との戦が激しくなっており、ひとびとは明るい話題にひとときやすらいだ。


 出穂と飛迎の二国を飲み込み、大国となった桜雲の都、恵春えはるは、大変ににぎやかだった。異国からの訪問者も多い中、その笛の音と歌声は道行くひとびとを立ち止まらせ、一行は護国府ごこくふの注意を受けた。


 飛迎の都、入羽いりはも桜雲のものとなっていた。燃えた王宮のあった場所は花畑になり、桜雲から移り住んだひとと飛迎のひとが世話をしていた。歌声と笛の音は花畑を揺らした。笛吹きと歌姫は、かつて王女の身代わりとなった少女と、王女の護衛たちがいのちを散らした山にも訪れた。飛迎を落とした桜雲は明砂あけすな古扇ふるおうぎ、美萩野も狙っており、それらの国々では桜雲に対抗する同盟が組まれていた。うつくしい音が響く中でも、戦の足音はひそかに迫り続けている。


 そして明砂の町、琴弾ことひきでも、笛吹きは大変歓迎された。十年も前のことでも、みんなよく覚えていたのだ。笛吹きは、今度は嫁と子供を連れてきたと大騒ぎされた。お互いのどこに惚れたのかと聞かれた笛吹きと歌姫は、よどみなくこたえて明砂のひとびとをほとんどひっくり返らせたという。


 そして、古扇、玉村たまむら

 茅葺屋根の小さな家の前では、ひとりの青年が薪割りに精を出していた。家の中の囲炉裏の前には、女性がふたり。ひとりは若いひとで、赤子を抱いている。赤子の手には風車が握られていた。

 もうすぐこの村に、あの笛の音と歌声がやってくる。

 でもこんな田舎の村に来なくたって。町のほうでやってもこっちから見に行くのに、らしいなあと、青年はひとりごちる。

 いまは笛吹きと歌姫だけではなく小さな楽士が三人ほどいて、弟子も増えてにぎやかになっているようだが。

 青年はかつて、ふたりと旅をしていた。途中の町で、引き取って仕事をさせてくれるひとに出会いそこで働き始めた。なりたいように、なるためだった。そして昨年、この村に帰ってきた。見目うるわしい若き村長が、大喜びで迎えてくれた。ずいぶん背も伸びてたくましくなった青年を待っていたのは、九つのころからどんな縁談も断り続けてきた、一途でかっこいい美女だった。


 笛の音が、聞こえてくる。おだやかなやわらかな、強くてやさしい音色。さまざまな楽器の音と楽しそうな歌声も、いくつも聞こえる。ひときわやさしく、それでいて力強い澄んだ声が、語り掛けるように歌う。その笛の音と歌声がだいすきな青年は、斧を置いて駆け出した。

 旅の一行はのびのびと、それぞれの音を奏でて、ひとつの音楽を作り上げている。それは、ゆるやかに曲がりながら、ひとびとを潤す流れのような。青年はその一座の名前を、大声で呼ぶ。





<了>

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曲流座 相宮祐紀 @haes-sal

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