路地裏の野良猫
散歩をしている路地裏で、薄汚い野良猫が毛繕いをしながら、にゃあにゃあと鳴いていた。
それが聞こえた私は、不思議に思って首をかしげた。
ちがう、これはちがう。猫は呟いているのだな。
聞こえるそれは鳴き声だが、頭の中には意味が響いてきたのだ。
「おや、そこの野良猫よ、なにを呟いているんだい?」
耳をピンと立たせた野良猫は、毛繕いをやめ、億劫そうにこっちを振り向いた。
「ああ、なんでもないよ。ただ嘆いているだけさ」
嘆きの理由に思い当たることなどない。私は意味が分からず、更に猫に聞いてみた。
「なぜ猫が嘆いているのだ?」
耳をかゆそうにしながら、野良猫はまた鳴いた。
「この町の人々は、私たちを忌み嫌うからね」
更に意味が分からなかった。なぜ忌み嫌われなければならないのだろう。
「なぜ猫は忌み嫌われる? ネズミをとっているだろう?町をきれいにしているはずだ」
野良猫はあくびをして、やれやれという表情になった。
「そうさ、それだからさね。汚いネズミを追いかける汚い猫、それが私たちなんだとさ」
私は両手を広げ、肩をすくめて溜め息をついた
「そうだったのか。ネズミをとるのは、君たちが腹を満たすため。それは私たちの町が安全になることでもあるのに」
野良猫は手を舐め上げながら、面倒そうにしていた。
「まあ、そんなこともあるさね」
私はなんだか恥ずかしくなりながら、野良猫に頭を下げた。
「私は君たち野良猫が好きだから、そんな話は知らなかったよ。すまなかった」
野良猫は驚いて、こちらを振り向いた。
「そんなこと、初めて人から言われたね。ありがとう、嬉しい言葉さ」
にんまりとした顔になった野良猫は、また鳴いた。
「もっと人とは仲良くなりたいのだが、人とは偏見を持つ生き物だろう? 私たちはそれが無くなるまで、ゆるゆると過ごそうではないか」
野良猫はそれだけ鳴くと、むににと背伸びをして、そのまま高い塀へ飛び乗った。私を見下ろして、ひと鳴きし、そのまま塀の向こうへと消えていった。
野良猫の思いを聞いて、私は決意した。
野良猫のしていることは、侮蔑する事ではなく、感謝するべき事なのだと。それをこの町の人々に知らしめようと。
手始めに、この出来事を友人に伝えた。その友人のそのまた友人に伝わり、中には興味深いと、新聞の記事にする人も居た。
その記事を読んだ人々は、どんどんと野良猫への見方が変わってきて、ついにその話は、町長の耳にも入ることとなった。
仏頂面の町長は、腕組みをしながら思いをめぐらせた。ほかの町にはあるのに、ネズミによる伝染病がこの町にない理由が分かったからだ。
病気の無いこの町の平和は、今まで蔑んできた、野良猫たちのおかげだったのだ。
早速、町長は野良猫の集まる噴水へと、役員たちと共に出向いていった。
にゃあにゃあと鳴く無数の野良猫たちの中で、ひときわ大きく、威厳のありそうな野良猫に、今までの非礼を頭を下げて謝った。
ひときわ大きい猫は、にゃあと鳴きながら頷いた。それは町長の頭の中に「貴殿に分かって頂けて、大変光栄である」と響いた。
そして、野良猫たちは、当然のことだと言わんばかりにあくびをした。その瞬間、ネズミが横切ると、目を輝かせて一斉に追いかけていった。
町長が朝のスピーチでこの事を告げると、町の人たちは拍手をして、野良猫たちを称えたのである。
この町の人と野良猫は仲良くなって、さらに綺麗な町になり、活気がついたよりよい良い町になっていった。
It’s Short Short Story Time 哉子 @YAKO0919
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