最終話 将来
「どう? ちゃんと撮れた?」
「大丈夫なようだ」
明石はスマホで撮影した映像を確認して言った。
僕が経理課職員とやり取りしている間に、明石はこっそり経理課の職員たちを撮影していたのだ。写真だとシャッター音がするので盗撮がバレてしまうが、動画モードなら音はしない。
「経理課職員の中に真犯人がいるのか?」
「まだわからない。次は『〇✕〇✕(※有名ブランド衣料品店)』だ」
僕たちは〇✕〇✕へ行って、待機していた春日たちと合流した。
「証言してくれた店員はどこにいる?」
春日はその店員のいるところまで、僕たちを案内した。
「すみませんが、容疑者以外に3月15日にニット帽とダウンジャケットとパンツを購入した人は、この中にいますか?」
明石がスマホで映像を見せると、店員は、
「この人です」
と、経理課職員の一人を指差した。
僕たちは例の喫茶店で、再び田中管理官と会った。
「この男が真犯人・・・」
田中管理官は、明石が印刷した画像(映像を一次停止して印刷したもの)を見て呟いた。
「それにしても、仕事が早すぎる。君が『リアル杉下右京(※ドラマ『相棒』の主人公)』だというのはわかっていたが、毎回毎回早すぎるよ。どうやって見つけたんだ?」
「その前に一つだけ。山岡氏を逮捕したのは、もしかして前回の事件(※『密室の容疑者』)で星野さんを疑った刑事じゃないですか?」
「・・・お見込みのとおり、あのときの
「刑事の勘が腐ってますよ。ほかの部署に異動させた方がいいと思います」
「まあ、それはそれとして、真相にたどり着いた経緯を聞かせてくれないか」
「前にも言ってますが、簡単なことです。こんなものは推理ですらありません。山岡氏が犯人でないとしたら、真犯人は西松部長と山岡課長の両方に恨みを抱いている人物でしょう。おそらく山岡課長もひどいパワハラ気質だったと推測できます。そしたら真犯人は総務部の職員、特に経理課の職員である可能性が高い。それで西松部長を殺し、罪を山岡課長になすりつけようとしたわけです」
「しかし、これは山岡氏にも言えることだが、西松部長は定年退職直前だった。いくらパワハラが酷かったとはいえ、もう少し我慢すればお別れだったじゃないか。それなのに殺したというのか?」
「原因の一端は再雇用制度ですよ。厚生年金の支給開始年齢が引き上げられたので、年金を貰えるまでは働かないと無収入になってしまうでしょう? 西松部長は再雇用により経理課職員として雇用して貰うことになっていたそうです。パワハラの元部長が経理課職員としていつも近くにいることになったら、そりゃあ経理課職員は絶望するでしょうよ」
「そうか。送別会直後の事件だったから、西松部長がまさか同じ会社に留まるとは思っていなかった」
「ほかにも退職する人や転勤する人がいたでしょうから、再雇用される人だけのけ者にすることはできなかったんでしょう。形だけの送別ですよ。山岡氏は足の怪我を理由に、西松部長が出る送別会には出なかった。それで疑われることになったんでしょうが、真犯人も何か理由を付けて出ていないはずです」
明石、若いのにやけに定年後のことに詳しいんだな。
「真犯人は有名ブランド衣料品店で、偶然買物をしている山岡課長を見た。それでこっそり同じ物を買った。ニット帽を被ってマスクでもしていれば、もし殺害を目撃されても人相がわかりにくいし、コンビニの防犯カメラに写ることも計算尽くだった。山岡課長が履いているスニーカーは、会社の下駄箱で確認できるから、同じ物を買い揃えられるし、犯行前日に足をくじいたのも知っていたから、わざと足を引きずって歩くふりをした。現場付近の泥に靴跡を残しておくことも忘れなかった。全部部下だからできたことで、偶然でも何でもないわけです。あとは凶器の金属バットを、橋の上から川に落とすだけで良かった」
「えっ? それじゃ橋の下付近を探せば凶器の金属バットを発見できたんじゃないのか?」
僕が問うと、
「三上、金属バットが川底に沈むと思っているのか? 金属バットは水に浮くから、流れて行ってしまうんだよ」
それは知らなかった・・・。
「恐れ入ったよ。ところで、実はもう一つお願いがあるんだが」
田中管理官の言葉に、明石は眉をひそめた。
「この上まだ何か?」
「今説明してもらったことを、記名入りのレポートとしてまとめてくれないか?」
「それをどうしようっていうんです? 県警本部長にでも提出する気ですか?」
「いや、容疑者の顧問弁護士に郵送しようと思っている」
明石は目を見開いた。僕も同じだ。この人は何を言ってるんだ?
「・・・正気の沙汰じゃないですね」
明石は少しの
しかし田中管理官はそれには構わず続けた。
「万が一にも、隠蔽工作が行われる可能性があってはならない。県警は誤認逮捕を認め、謝罪しなければならない。そのためには、きっとこれが最良の方法なんだと信じている。相手の弁護士に真相を指摘されて、恥をかけばいい。それしか県警が再生する道はないと思う。そこでだ」
田中管理官は身を乗り出して、小声になった。
「記名入りのレポートを送れば、相手の弁護士は君に接触してくるだろう。公判で名前を出してもいいか、と確認するためだ。現状君は県警のアドバイザー的立場だから、さすがにそれは困る。だから匿名の一般人からの情報ということにして欲しい、と弁護士に言って欲しい。それだけだ」
「・・・わかりました」
「今度、何か奢らせてくれ。今日は君に捜査能力があることがわかって嬉しかったよ。やっぱり君は警察官になるべきだ。考えておいてくれ」
田中管理官が去った後、明石は呟いた。
「ああいう人が出世して警察のトップになってくれたら、日本の警察も捨てたもんじゃないな」
「そうだな」僕はここぞとばかりに尋ねた。「やっぱり警察に就職するのか?」
「警察庁に『特命係』を作ってくれたら、考えないでもないな」
僕は笑った。「そしたら僕も『相棒』として特命係にいなければならないな」
「リアル杉下右京よりも弱い相棒なんて、いらないね」
「おいおい、弱いかどうかは戦ってみなけりゃわからないだろう?」
「わかるさ。僕は高校の全県空手道大会で優勝してるんだぜ」
「えっ? マジか? それ、無駄に強いけど、何で大学では体育会系の部やサークルに入らなかったんだ?」
「小学生の頃から
何となく思った。きっと明石は、小さい頃から人造人間だのアンドロイドだのと言われて虐められてきたんだ。それで父親から鍛えられたんだろう。
でも良かったな。推理士になってから明石は生き生きとしていて、仲間もできた。女の子にモテだしたのは、ちょっと
(終)
【推理士・明石正孝シリーズ第5弾】禁断の捜査 @windrain
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