第3話 捜査
『被害者
家族構成 本人 妻 長女 長男
殺害日時 今年の3月20日22:00頃
殺害場所 当日は定年退職する被害者の送別会が行われており、帰る途中の路地で殺害された
死因 金属バットによる撲殺 殺害現場付近で金属バットを持った不審な人物が目撃されている』
『容疑者
殺害日時のアリバイなし 自宅でネット動画を観ていたと主張している
殺害動機 被害者からパワハラを受けていたことに対する復讐と思われる』
『監視カメラ映像は、殺害現場から約500メートル離れたコンビニで撮影されたもので、映っている人物は道路の向こう側で街路灯に照らされているが、遠すぎて本人かどうかの確認は困難。ただし服装が目撃情報と一致していて、さらに左足を引きずって歩いており、前日に左足をくじいたという容疑者の特徴と一致している
なお、監視カメラに写った映像では金属バットを持っていないので、どこかに捨ててきたものと思われる』
『映像に映っているニット帽、ダウンジャケット、パンツと同じものと見られるものを、容疑者が所持していることが判明している(サイズと色は画像のとおり)』
『現場周辺の窪みの泥(おそらくスタッドレスタイヤの粉塵が、雨で固まったものと思われる)から、容疑者が所持しているスニーカーと同じ靴跡が発見されている』
おいおい明石、ホワイトボードに何枚情報を貼り出すつもりだ?
春日、末長、藤吉、山形の4人のサークルメンバーは、興味津々で貼り紙情報を見つめている。
「容疑者は既に逮捕拘留されているが、田中管理官は真犯人が別にいると考えていて、できれば真犯人を特定して欲しいと願っている」
明石が補足説明すると、
「それは僕たちミステリー研を頼っているってことか?」
春日が驚いて明石に尋ねた。
「困ったことにな」と明石が頷いた。「これはどう考えても推理士の仕事ではない。それで、ミステリー研としてこの依頼を引き受けるかどうかだが」
「引き受けるさ! なあ?」
おう! と、あとの3人が応じる。意外に体育会系のようなノリだ。
「でも明石君が捜査方針をアドバイスしてくれるんだよね? 何から始めたらいい?」
春日のリーダーらしくない情けない発言に、僕はコケそうになった。
「そうだな・・・状況証拠の信憑性を覆すには、一つ一つ根気よく検証する必要があるだろう。まずは有名ブランド衣料品店の〇✕〇✕へ行って、容疑者が買ったというニット帽とダウンジャケットとパンツの売れ行きを調べるというのはどうだ? 買ったのは1月18日らしいから、その時期にどれだけ売れたかだな。同じものをセットで買った人がほかにもいれば、なおさら好都合だ」
「わかった。早速行ってみるよ」
「ちょっと待った、これを持って行くといい」
明石が春日に渡したのは、被害者と容疑者の顔写真だった。
「被害者の関係者だと言えば、店員に協力してもらえるかも知れない。ついでに容疑者がその店で購入したのかも、一応確認してきてくれ」
「わかった。それじゃあ、成果は後で連絡するから」
春日たちは勇んで出かけていった。
「明石のことだから、何か考えがあってやらせてるんだろうけど」僕は探りを入れてみた。「あのアドバイスで春日たちが有力な情報を得られそうか?」
「よほどのボンクラでない限り、何かしらの情報は得られるだろう」
身も蓋もない言い方だな。
「正直、今回の事件は全く面白みがない。推理する余地がないからだ。まるで手足を縛られているみたいなものだ」
「でも、犯人像がわかっているのなら教えてくれよ」
「そうはいかない。なぜなら、その犯人像は山岡氏が犯人ではないと仮定した場合のものだからだ。僕は田中管理官と違って、山岡氏が犯人である可能性をまだ排除できないでいる。あれだけ状況証拠があったら、僕が刑事でも山岡氏が犯人だと思ったかも知れない」
そうか。もし犯人像に該当する者がいないとしたら、やはり山岡氏が犯人ということになる。だから明石は、まだ犯人像について話したくないのだろう。
「そうなると、『少年探偵団』からの情報待ちになるか・・・」
僕も春日たちを手伝ってやるべきなのかも知れないが、そうもいかない。僕はワトソンだから。明石の推理と行動を記録し、時には助言しなければならない立場だから。
1時間ほど経っただろうか。春日からメールがあった。
『有力な情報その1! 事件当日、ニット帽とダウンジャケットとパンツは、マネキン人形に着せてあった! それを見た容疑者が、店員に直接「これと同じ物をくれ」と言ったそうだ!』
ビックリマークだらけだな。情報を手に入れたのがよほど嬉しかったんだろう。
『有力な情報その2! 同じ日に同じ物を買った人がもう一人いた!』
「やってくれたな、少年探偵団」明石はすぐに春日に電話した。「情報その2は警察も掴んでいない情報だと思うが、店員の証言なのか?」
『それがさ、警察は容疑者の写真と
春日、
『同じ日に同じ物を買った客がいることは、たいした問題じゃないと思って、聞かれたことにだけ答えたそうだ。その客に迷惑がかかっても困るだろうし』
「店員はその客が誰なのか知っているのか?」
『いや、見たことのあるお客さんだし、印象に残っているから写真があれば判別はできるけど、どこの誰かは知らないそうだ』
「そうすると、3月15日に同じ物を買った客が2人いるということは、レジの記録で確認できたんだな?」
『ああ、確認した。間違いない』
「時間がもったいない。三上、出かけるぞ」
えっ? 明石、
僕たちが来たのは『株式会社〇✕』、つまり被害者と容疑者の勤めていた会社だった。過去形で表現したが、容疑者が
総務部は表示によると2階だった。エレベーターがあったが、僕たちはあえて階段を上った。段取りを打ち合わせするためだ。
僕は明石に言われて、小芝居を打つことになった。演劇経験はないが、ここはやるしかない。
僕は明石と離れて、一人で経理課のカウンターに向かった。
「どうもすみません、山岡さんに頼まれて来たんですが」
カウンターに一番近い席に座っていた若い男が、「山岡課長の?」と言って近寄ってきた。まだ
「ええ、机の引き出しに入れていた物を持ってきて欲しいと言われたんですが」
「そうは言っても、警察が全部段ボール箱に入れて持って行っちゃったよ」
「あっ、そうなんですか。それじゃあこちらには何も残っていないんですね・・・あの、山岡さんの後任の課長さんはいらっしゃるんですか?」
「今は総務部長が兼務しています」
「そうですか。亡くなられた前部長さんは、定年退職直前だったそうですが、再雇用の予定はおありだったんでしょうか?」
「経理課で引き受ける予定になってましたよ」
僕は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。明石の推測したとおりじゃないか。
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