第2話 依頼


 僕たちは拘置所を出て、近くの喫茶店でコーヒーを飲んでいた。


「どういうつもりですか」明石はすこぶる機嫌が悪い。「何の予備知識も与えずに容疑者と面会させるなんて、どうかしてますよ」


「予備知識も何もない状態で、彼の第一印象を聞いてみたかったんだよ」田中管理官は、まっすぐ明石を見据えて尋ねた。「どうだね、彼の言っていることは真実だと思うか?」


「それこそ無茶な話ってもんですよ。あの男の主張だけで判断しろなんて。僕は刑事じゃないんだ、『刑事の勘』なんて持ち合わせてないんですよ」


「そうか・・・私には彼が真犯人だとは到底思えないんだよ。状況証拠はほぼ固まっていて、いわゆる『外堀を埋める』状態にはなっている。もはや自白した方が罪は軽くなるのに、かたくなに無実を主張しているんだ。これだと裁判で心証が悪くなって、情状も考慮してもらえなくなるのに」


「監視カメラの映像というのがどの程度のものなのか、でしょうねポイントは。見せてもらえるんですか?」


 あれ? 明石、乗り気になってる?


 すると田中管理官は、セカンドバッグの中から何やら薄いプラスチックケースを出して、テーブルの上に置いた。どうやらDVDのようだ。


「ブルーレイですか? それともDVD?」

 明石、そこ突っ込む?


 田中管理官がDVDだと答えると、

「僕のパソコンは、ブルーレイでも再生可能なんですよ」

それを自慢したかったのか?


 田中管理官は苦笑いしていたが、明石の発言は無視して、

「犯行現場から逃走している途中の様子を、コンビニの店内監視用の防犯カメラで捉えた映像なんだが、正直、映像から人物特定するのは難しいレベルだ。遠いし、顔がカメラの方を向いていないし、ニット帽を被ってダウンジャケットを着ているので、体型も特徴が感じられない。ただ、前日に左足首を捻って痛めていたそうで、映像に映った人間も足を引きずっている。さらに、彼の持っているスニーカーと同じ靴跡が、現場付近でも発見されている。公判が始まれば、これらの状況証拠をどう評価するかということがポイントになるだろうな」


他人事ひとごとみたいに言いますけど、大丈夫なんですか? 既に起訴されている事件なのに、県警本部の幹部が誤認逮捕を認める方向で動くなんて」


「いや、残念ながら私の一存では動けないんだよ」


 その言葉を聞いて、僕は確信した。

「明石、田中管理官は相当な覚悟を持って臨んでいる。組織の誤りを正して、正義を貫こうとしているんだ。そのためには、新たな証拠を見つける必要がある。あの男が犯人ではないという証拠を。それを元に再捜査しようとしているんだ」


「三上、それは逆だ」明石は僕の方を見ようともせずに言った。「再捜査して、その証拠を見つけるべきなんだ。それに捜査は警察の仕事だ。警察以外に捜査することはできない」


「いや、検察官だって捜査するぞ」田中管理官が口を挟む。「それに、捜査とは広い意味で『探し調べること』を指すこともある」


「それは屁理屈ですよ。いいですか、あの男が犯人ではないと仮定して、ではどういう人物が犯人なのか。それをプロファイリングすることは可能です。あとはそれに沿って警察が捜査すればいいだけのことでしょう? それとも何ですか、あなたは僕たちに『少年探偵団』をやれとでも言うつもりですか?」


「ちょっと待ってくれ、君にはもう真犯人像が掴めているというのか?」

「簡単なことです」


 僕は驚いたが、田中管理官も同様のようで、少しの間押し黙っていた。そしておもむろに、

「君は明智小五郎ではないし、ミステリー研究会も『少年』という年齢ではない。それでも」

と言ったかと思うと、さらに驚いたことにテーブルに両手をついて、僕たちに向かって頭を下げた。

「私が表立って動くわけにはいかないんだ。何とか君たちの力を貸して欲しい。勿論、何かあれば私が責任を取るつもりだ」


 まさか捜査を依頼されるとは。しかしそれは明らかに推理士・明石の仕事ではない。それでミステリー研究会が手足となって動いてくれるよう、協力を求めているのか。


「ミステリー研の部長は春日ですからね。僕も勝手にこの場で引き受けるとは言えませんよ」


 明石? 引き受ける気はあるということか? これはちょっと意外だった。


「とりあえず、前提として捜査情報をください」


 明石が言うと、田中管理官は内ポケットからUSBメモリースティックを取り出して、明石に渡した。


「これに入っている情報は、目を通した後に自動的に消去されるんですか?」


 そんなはずはないだろう。それは昔のテレビドラマ「スパイ大作戦」のエピソードだ・・・おーい、なんでそんな古いドラマを僕たちは知っているんだ? 田中管理官がキョトンとしているじゃないか。


「とりあえず、ミステリー研で情報共有してもいいんですね?」

「ああ、くれぐれも部外秘ということで頼む」


 明石はため息を一つついて言った。

「田中管理官、あなたは捜査情報の漏洩ろうえいという相当ヤバい事をしようとしているわけですけど、本当に大丈夫なんですか?」


「ああ、さっき三上君が言ったとおりだ。正義は貫かれなければならないと私は思っている」


「そんなことを確か浅見光彦ミステリードラマの『鬼首おにこうべ殺人事件』でも刑事が言ってましたよ。でも法を犯してまでというのは、警察官としていかがなものでしょうかね」


「警察が犯した間違いを正すためなら、それもやむを得ないんじゃないか? 確か『相棒(※テレビドラマ)』でもやってたと思うし」


「ドラマのようなことを簡単に言うんですね」


「私はこれでも全てをなげうつ覚悟ができているつもりだよ。常に辞表を持ち歩いているしな」


「辞表を提出する前に、懲戒免職になっちゃいますよ」


「それもそうだな。まあでも、きみのことは県警内でも公然と非公式アドバイザーという扱いになっているし、それを漏洩とは見なさないだろうから、辞表は突き返されるんじゃないかな」

 田中管理官は清々しく笑った。



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