【推理士・明石正孝シリーズ第5弾】禁断の捜査

@windrain

第1話 面会


 中学生の佐山さやま美久みくが、大学のミステリー研究会に入り浸っているのはまだ理解できるのだが、今日はなぜか母親までついて来ていた。


「明石さんは、将来警察の幹部になる人なんだってねえ」

 ニコニコと笑顔で話すその母親は、座っている明石にバックハグをする娘を嬉しそうに見つめている。


 明石は無表情でパソコンのキーボードを叩いている。いつもなら佐山美久に「近寄るな」と言うのに、なぜか今日は何も言わない。


「美久をどうかよろしくお願いします。優しくしてやってくださいね」


 ちょっと待て、それはどういう意味!? なんか、聞き捨てならないことを聞いたような気がするぞ?


 まさか本当に「青少年健全育成条例」に違反するような事じゃないよね?



 そのとき、またしても入口の引き戸をノックして入ってきた者がいた。今度は誰だと思ったら、


「田中管理官!」僕は驚いて駆け寄った。「どうしてこんなところに?」

 こんなところ、などというのもサークルリーダーの春日に失礼な話ではあるが、この人は県警本部捜査一課の幹部だ。こんなところに自ら出向いてくるはずのない人なんだ。


「やあ三上君」田中管理官はにっこり笑って言った。「明石君は・・・お取り込み中のようだね」


 意外なものを目撃したという感じで、明石にハグしている佐山美久を見つめている。さすがにこの場を警察に見られるのは、マズいんじゃないか?


「あなたが田中管理官様でしたか」春日が歩み寄って、右手を差し出した。「私がサークルリーダーの春日です。うちの明石がお世話になっています」


 田中管理官は春日と握手して、

「お世話になっているのはこちらの方で。ミステリー研究会の皆さんにも『地下道殺人事件(※「迷宮入り殺人事件」参照)』のときにご協力いただき、感謝しております」


 やけに腰が低い田中管理官は、何か魂胆があるに違いない。彼はチラリと佐山美久の母親を見やった。


「あら、警察のお偉いさん? なんか大事なお話があるみたいね。美久、帰るわよ」


 母親に言われた佐山美久は、

、またね~」

と言うと、未練がましそうに手を引かれて出て行った。


「助かりました」明石が田中管理官に、意外なことを言った。「あの母親は元ヤンキーのようで、娘を僕にけしかけるんですよ」


「そうなのか。まあ、条例違反にならないよう気をつけたまえ。君が逮捕されたらシャレにならないからね」


「明石、母親が元ヤンキーってのはどうしてわかったんだ?」

 僕が尋ねると、明石はうんざりしたように言った。

「見た目がせいぜい30代前半だろ? それでどうして中学校3年の娘がいるんだよ」

「単に若作りなだけで、アラフォーかも知れないじゃないか」

「33歳だとよ。娘が言ってた」


 あれ、明石、思ってたより美久ちゃんとコミュニケーション取ってる?


「それより田中管理官、また僕に何か頼み事ですか?」


 すると田中管理官は申し訳なさそうに、

「そうなんだが、ちょっと来てもらえるかね?」



 今回僕たちが連れて行かれた先は、なんと拘置所だった。なんだってこんな所へ? 犯人がもう拘置されているのなら、推理士・明石の出番ではないはずだ。


 僕たちは面会室に案内された。やはり田中管理官は、拘置されている者を僕たちに会わせるつもりなのだろうか?


 ガラス越しの向こうの部屋のドアを開けて、誰かが入ってきた。付き添いの警察官が一緒に入ってきて、その人をガラス越しの席に座らせると、自分は右端の椅子に腰掛けた。


 被拘置者とおぼしき目の前の人物は、40代に見える男だった。

「またあんたか」その男はガラス越しに座っている田中管理官に言った。「いったい何が目的なんだ?」


「私は真実を知りたいだけです」田中管理官は穏やかな表情で答えた。「あなたの逮捕は、私がこの地に赴任ふにんする前の出来事だ。そしてあなたは逮捕後一貫して無実を主張している。私は実際にあなたが無実である可能性があると考えています。もし誤認逮捕であったなら、それは正されなければならない」


 田中管理官が驚くべき事を言っているのは、素人の僕にもわかった。自分が関わった事件ではないとはいえ、既に起訴されている事件の容疑者が、誤認逮捕だったのではないかと考えているのだ。


 警察組織の幹部として、被疑者に面と向かってそんなことを言うなんて信じられない。いったい何を考えているのだろう?


「今日は頼りになる人物を連れて来ました。彼にも事情を説明してやってください」


 えっ、ここで明石に丸投げ? 明石も目を丸くしてるぞ。


「何度も同じ事を言わせないでくれ」男は投げやりに言った。「どうせ誰も信じちゃくれないんだしな」


「ええと」

 明石が何も言わないので、僕が代わりに話す流れのような気がした。

「ここにいる明石は、こう見えても4件の殺人事件を解決した男です。あなたが無実なら、きっと明石が汚名をそそいでくれるでしょう。面倒でも、話してもらえませんか?」


 男は少し考え込んだが、話す気になったようだ。

「・・・私に限らず、あいつを恨んでいたやつは山ほどいるんだ。それなのに、なんで私だけが人殺しの罪を着せられるんだ? アリバイがないやつなんて、ほかにもいるだろう。監視カメラに映っていたのが私に似ていたからって、それだけで証拠といえるのか?」


「今の話、ちょっと確認しますが」明石がようやく口を挟んだ。「あなたには動機があって、アリバイが証明できない。それから監視カメラにあなたらしき人が映っていた。それで逮捕された、ということですか?」


「私を怒らせるつもりか?」

 男は苛立ちを隠さなかった。


「いや、それらは全て状況証拠ですよね? 物的証拠は示されていないんですか? 凶器があなたの持ち物で、指紋がついていたとか?」


「凶器は現場で発見されなかったんだろう?」

 男は田中管理官に質問した。


「発見されていません」

 田中管理官が答えると、

「それじゃあ、本当に状況証拠だけで逮捕したんですか?」

明石が追求する。


「補完する証拠はある」田中管理官は答えた。「殺害現場付近を、金属バットを持った不審な男が歩いていたのが目撃されている。それと同じ格好の男がコンビニの監視カメラにも映っていたし、その服装と同じ物を、被疑者が有名ブランド衣料品店で購入していたという記録と目撃証言があるんだ」


「それだけで公判が維持できるんですか?」


「今はまだ公判前整理手続こうはんぜんせいりてつづきをしている段階で、争点が争われていて審理計画が立たないらしい」


「逮捕した段階で自供が取れると思っていたら、無実を主張されて収拾がつかなくなったってとこですか」


 田中管理官はため息をついた。

「まあ、そんなところだろうな」



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