一振
心の梟
山に誘う鍛刀場
灼熱の炉の中から引き抜かれる、赤熱する鋼。その場には二人の影が凄まじい熱気で赤く揺れていた。
言葉などない。
目線を合わせることもない。
一つ一つの動きにピタリと調子を合わせ、二つの鎚が鋼を叩く。大鎚と小槌が鋼を叩く様は生き物の脈動のような火花を生み出し、命を吹き込んでいく。
それは真冬のこと。
その年の初雪を溶かして用意する清水を用意するのに、その季節は丁度良い。何度も何度も織り叩かれた鋼はキンと冷えた清水に浴し、その身から不純なものを剥がれ落とす。
焼き入れは二度。
だが、二人は三度行う。
勿論、失敗しやすい。
けれど、成功したときの鋼の粘りは、二度では再現し得ないものになる。
魂を注ぎ、寿命を削るような鍛刀。
密閉された空間で、炉の熱に焼かれた空気を肺に押し込めて、二人は修羅のごとき形相を作る。
真冬の山間に鋼を打つ鈍くも甲高い音が、三日三晩続いた。
そして。
そして。
そして。
月日が経ち、春になったある日のこと。
山間の鍛刀場に、年老い、顎髭を長く蓄えた老人が訪れた。小川のせせらぎが聞こえ、陽射しが柔らかく肌を撫でる時分の陽気の中、鍛刀場へ続く戸を引いて入っていく。
老人は、そこに二人を見た。
きっちりとした正座姿、両の拳を膝へと置いて、背筋をしゃんと伸ばした格好。前には三方があり、その上に裸の刀が一振置いてある。
奇妙なのは、刀が置かれた三方の少し後ろ。きっちりとした正座姿の二人の膝の前に、自分の物だろう首が置かれていること。
老人は首のない二人をじっと見て、次いで三方の上にある裸の刀をじっくりと見やる。
その刃は水に濡れたような輝きを返し、見事に焼き付いた地蔵紋が空を揺らす、極上の刀だった。
「満足そうに笑わねば、誉める気にもなったろうがなあ」
老人は鍛刀場の炉に火をくべる。
適量な火ではない。
あまりに大量の火。
老人はその場を完全に閉めきると、踵を返して山をおりた。
ああ、また魅入られちまったか――と、呟きながら。
一振 心の梟 @hukurouta
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