第17話 5日目 - 3

「おいおい、いい女だな」


 何人もの男たちに担がれた椅子の上で、甲斐を見下ろす瑠璃。


「お前も私のものにならないか?」


 いつも通り、フェロモンを漂わせて誘惑をする。


「あぁ、いいぜ」


 甲斐は笑いながら瑠璃に近付く。


(所詮、男どもはこんなもんね。このゲーム、私の勝ちだわ)


 近づく甲斐に妖艶な笑みを返す瑠璃。


「だが、いい女は独占したくなるよな」


 甲斐は再度、瑠璃の笑みに応えるように笑うと、瑠璃を担いでいた男たちや、取り巻きの男たちを次々と殺していく。


「えっ!」


 予想外の展開に動揺する瑠璃を見ながら、高らかに笑う甲斐は瑠璃の所まで移動して、脇に抱き抱えた。


「る、瑠璃様!」


 仲間を殺されたことに加えて、瑠璃を奪われたことで動揺が広がる。

 甲斐に攻撃をしようとしても、瑠璃がいるため攻撃を躊躇っていた。


「おいおい、誰も反撃してこないのか?」


 笑いながら、男たちを殺していく甲斐。


(嘘でしょ! 私の生贄たちが――)


 苦労して集めた奴隷たち……自分のポイントが次々と殺されていく現実を目の当たりにしても、信じられない瑠璃。


「離せ‼」


 怒りをぶちまけるように必死で体を動かして、甲斐から逃れようとしていた。


「おいおい、お転婆な娘だな。でも、嫌いじゃないぜ!」


 暴れる瑠璃を気にすることなく、瑠璃に満面の笑みを向ける。


(どうして……どうして、私のフェロモンが、この男には効かないのよ⁈)


 自分のスキルに絶対的な自信を持っていた瑠璃は混乱していた。

 男性であれば、誰もが自分の言うことを聞く。誰も自分には逆らわない。

 そう、愚かな男性どもは意のままに操れる……それは死ぬ前でも、この世界でも同じだった。


「くそっ!」


 甲斐の暴力……いいや、恐怖が瑠璃のスキルを上回ったのか不明だが、洗脳が解けたのように数人の参加者が捨て台詞を吐き、逃げて行った。

 瑠璃のフェロモンによる支配も完全ではないことが、瑠璃の目の前で立証される。

その光景に瑠璃は、自分の能力を過信していたことに気付く。


「雑魚どもが! もう少しでボーナスだったのによ……まぁ、いいか」


 甲斐は抱えていた瑠璃を下衆な表情で見る。


「邪魔な奴はいなくなったし、楽しむとするか」


 甲斐の表情を見て、これから自分が何をされるか悟る。


「い、いや。一旦、落ち着きましょう」


 必死で抵抗しながら、甲斐を説得しようとする瑠璃。

 だが、それが通用する相手ではない。

 瑠璃の言葉に耳を傾けることなく、甲斐は笑顔を崩すことなく人型に戻る。


「ちょうど、いいじゃないか」


 衣類を一切纏わず全裸の甲斐は軽い足取りで歩きだす。

 抵抗する瑠璃の言葉は次第に甲斐を罵倒する言葉へと変わっていく。

 甲斐は気にすることなく、むしろ楽しんでいた。

 瑠璃の意志を無視して、一番近いホテルへと瑠璃を抱えながら入って行った――。


 身を隠していた蓮華だったが、複数の足音が聞こえる。

 息を切らしながら、何人かで行動をしているようだった。


「おい、どうするんだ。瑠璃様が……」

「取り返しに行くか?」

「無理だろう。お前だって、あれをみただろう」

「じゃぁ、どうするんだ?」

「……」


 瑠璃との距離が離れていたが、スキル強化したためフェロモンの効果は持続していた。

 恐怖のあまり、瑠璃を置いて逃げ出したことを参加者たちは後悔していた。

 だが、戻るつもりもない。

 この参加者たちは、これが生き残りをかけたゲームだということを完全に忘れていた。

 そう、冷静になれば瑠璃に尽くすことが、最も優先されることだと考えるような思考に変わっていたからだ。

 戦場にも関わらず呑気に井戸端会議をしている瑠璃の下僕だった参加者たち。

 蓮華は背後から攻撃しようと近付く。

 相手は四人だが、さきほど逃げた不甲斐無さから憤りの無い怒りを何かにぶつけなければ、自分が変になってしまう。

 なにより、逃げる時に聞いた“瑠璃”と言う言葉。

 自分を死に追いやった三人のうち二人が、この世界にいた。

 瑠璃という存在が、自分の知っている人物……最後の一人だと蓮華は確信していた。


(とりあえず、あいつらの殺して――)


 振り返る参加者の一人を見て、蓮華は驚愕する。


「……西岡先生」


 死ぬ前に担任だった“西岡 信幸”がいた。

 思わず呼んでしまったため、蓮華の存在に気付く。

 身を構える四人だったが、西岡は蓮華を見ても反応が薄い。


「俺を知っている……もしかして、卒業生かい?」


 蓮華だと気付いていない。

 所詮は、その程度だ……助けてもらったことなど一度もない。

 常に瑠璃の顔色を見ていたことも知っている。

 正確には、瑠璃の父親たち権力者だが……。

 生徒だった瑠璃を「瑠璃様」と呼ぶ滑稽さに、蓮華は心の中で笑う。


 蓮華の死後、瑠璃たち同様に実名を出された西岡の生活も一変した。

 教育委員会からの呼び出しに、執拗なマスコミから逃げる日々。

 そして、瑠璃たちを贔屓して、自分たちも被害を受けていたと訴える生徒たち。

 騒動が収まるまで、身の安全を守るためと諭された体のいい自宅での謹慎。

 テレビをつければ、関係の無い芸能人や、聞いたことのない肩書のコメンテーターたちから言われたい放題だった。


「お前らに何が分かるんだ!」


 部屋に響き渡る自分の声さえ、自分を貶しているように聞こえる。

 蓮華が虐められていることは知っていた。

 本人からの相談もそうだが、何度も現場を目撃していた。

 だが、校長や学年主任などから「宇佐美議員の娘がすることには、目を瞑れ」と言われてきた。

 校長に教頭、学年主任たちも自分と同じように実名を晒されていることは知っている。

 だけども、一番責任を追及されているのは担任の自分だという自覚があった。

 自分自身も学生時代に“イジリ”と言う名の“イジメ”を受けていた。

 だからこそ、自分が教師になったら生徒と向き合えるようにと頑張って来た。

 ……現実は非常だった。

 自分では、どうすることも出来ない見えない力。

 抗うことも出来ず、従うことしか出来ない自分。

 担任を受け持ってからは、寝れない日が多くなる。

 自分でも精神が病んでいくのが分かっていたが、精神病院に入る所を見られてはいけないという、変なプライドが邪魔をする。

 その結果、違法だと知りながらネットで睡眠薬を購入して、毎日をやり過ごしていた。


「……もう、いいか」


 これからのこと全てに絶望した瞬間、飲めない酒を飲みながら呟く。

 睡眠薬をスナック菓子のように口に入れて、酒で流し込む。

 それを睡眠薬が無くなるまで、何度も繰り返す。

 自分がどういう状態かも分からない時、目の前でゴスロリの少女が囁く。


「死にたくない?」

「どっちでも、いいや」


 ゴスロリ少女の正体など気にならなかった。

 何日かぶりに人と話したことに、多少の嬉しさがあったからだ。


「ふ~ん。どうしようかな……じゃあ、目が覚めたら理想の自分になれたらどう思う?」

「それなら、死にたくない……か…………な」


 西岡の意識は無くなる。


「はい、言質取りました。……少しルール違反だったけど、まっいいか! 弱い人間には、弱いスキルしか与えられないだろうしね」


 些細なことだと、横になって人生最後の睡眠をとっている西岡を見て微笑んだ。

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グリード・ガール 地蔵 @jizou_0204

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