異世界転生がしてみたい

 皆さんは“異世界転生”というジャンルを知っているだろうか?

 知らない方に簡単に説明をすると、現実世界ではパッとしない主人公が不慮ふりょの事故などで死亡し、ファンタジーな異世界に転生することで始まる物語のことを“異世界転生”モノというらしい。(ネットにそう書いてあった)

 このジャンルの魅力みりょくは、基本的に主人公にとって『都合のいい』ことばかり起きることだろう。転生時に神様からなんらかのギフトをもらって転生先の異世界で無双したり、現代の知識を使ってその世界にないものを作り上げて称賛しょうさんを受けたりなど、基本的に主人公から見ればポジティブに話が進んでいく。

 異世界ということで、出てくるヒロインも多種多様だ。人間はもちろん、エルフや天使に妖精、女神など様々な種族が登場し、どのキャラクターもスタイルがよく、見目みめうつくしい。それなのに、みな主人公にれているのだ。

 そんなこ男の理想のようなジャンルである“異世界転生”に俺、小泉こいずみ たかひろがハマったのは、今年の冬休みのことだった。


 中学二年の冬休み、進路を考えている同級生は勉強を始めていたし、そうでないやつもなんだかんだ忙しいと言っていたので、特にやることのない俺はとにかくひまだった。

 ひまひまでしょうがなかった俺は、ぶらりと訪れた書店でなんとなく目についたラノベを購入し、それを読んでみることにした。————ここからが沼だった。

 なんとなく開いたその本をその日のうちに読み終えると、次から次へと買っては読んでいった。

 一つ難点だったのは、最初のうちはいいのだが、話が進んでいくうちに細かい粗が気になってきてしまうので、同じものを最後まで読み切るのができないことだろうか。

 結局、冬休みが終わってからもブームは過ぎ去らず、一月後半に入った今でも休み時間は自席でラノベを広げていた。


「はぁ~、異世界転生してぇなあ……」

 休み時間に持ってきていたラノベを読み終えたところで、思わずそんなことを口に出していた。

 今日のやつは獣人じゅうじんのヒロインがとてもかわいらしく、そして学校で読むのもはばかられるような濃厚な絡みがある作品だった。次の巻で新しいヒロインが出てくるようだったので、次も買ってみようと思った。

「なあ、小泉、なんか言ったか?」

 あまりにひとごとが大きかったせいか、前の席に座っていたやつがこちらを振り返っていた。

「ごめんごめん、別にグレンに話しかけたわけじゃないんだ。読んでたラノベが面白かったから、思わず感想が出ちゃったんだよ」

「ふ~ん、よくわからんがわかった」

 グレンはあんまりよくわかってないようだったが、一応納得してくれたみたいだ。

(そういえば、グレンってなんか主人公っぽい感じがするよなぁ)

 クラスメイトはみんなグレンと呼ぶが、彼の名前はくれない れん。苗字と名前をつなげるとグレンと読めることから、それがあだ名になっているのだ。

 その中二病っぽいあだ名はすぐに知れ渡り、俺のようなザ・普通な名前の人間からは羨望せんぼうの目で見られていた。だが、それが嫌だったらしく、一時期はグレンと呼ぶとキレられていたのだが、最近は慣れたのか、キレることはなくなっていた。

「————で、なにを読んでたんだよ?」

 こういうところも鈍感なところが少し主人公っぽい。人の読んでいる本についてなんて、普通は聞かないだろ。

 一瞬、考えた。こういうときにどうするべきか。

 恥ずかしさとかもあったが、中学生ならラノベを読んでいるなんていうのは特に忌避きひされるものではないだろうし、なにより布教ふきょうが大事と思い、グレンも沼に引き込もうと画策かくさくして話すことにした。

 異世界転生について簡単に説明してあげると、グレンは顔をしかめた。布教ふきょうに失敗したのかとも思ったが、そういうわけではないようで俺の話自体には興味があるようだった。

「ふーん、そうか、そうかぁ。ちなみに転生すると雷とか氷が出せるようになったりするわけ?」

「うん?……ああ、作品によってはそういうのもあるかな。そういうのが好きなのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだが。……そうなのかもな」

 グレンの態度たいどは妙だった。その態度たいどの理由を問い詰めようかとも思ったが、そのまま窓の外を見始めてしまったので、聞かない方がいい気がしてやめた。


「————お~い、グレン!ちょっと来てくれ!!」


 教室の外からグレンを呼ぶ女生徒の声が聞こえた。その声にグレンは顔をしかめていた。

 グレンを呼んだ人物の正体はわかっていた、グレンと同じくクラスメイトの美墨みすみ だ。少し前からグレンと付き合い始めたという噂の人物だ。

「グレン、呼ばれてるぞ。————彼女に」

「……別に彼女じゃないんだが」

 茶化したわけじゃなかったのだが、グレンはあからさまに嫌な顔を浮かべた。

 本人たちはいつもこんな感じで否定しているが、中学生同士の交際などおおっぴらに公言するの方が珍しいだろうし、この反応は当然だと思った。

 というか、普通に考えて一緒にアイドルのライブへ行ったりしているうえに、グレンの志望校が急に美墨と同じところになったり、合格させようと美墨がグレンに勉強を教え始めたとなれば、確実にクロだろう。


「おい、グレン!早く来いって!!」


 もう一回、グレンを呼ぶ声が聞こえてきた。今度は美墨が廊下から教室の方へと顔を出していた。その様子はかなりお怒りのようだった。

「早くいって来いよ」

「……仕方ねえか、行ってくるよ」

 辟易へきえきとした様子で席から腰を上げて、美墨のところへ歩いて行った。その背中は様子とは裏腹に楽しそうだった。


(あんなリア充に布教ふきょうしても仕方なかったな。だって、……転生なんてしたいとはおもわないだろうし)


 グレンの背中をみて、そう思った。



 ***



 学校が終わり、晩御飯を食べて、風呂に入って、と今日一日が終わろうとしている。

 ベッドに入って天井を見つめながら妄想もうそうひたるのが、俺の寝る前のルーティーンだ。

 今日はどんな世界にしようか、どんなヒロインがいいだろうか、どんなストーリーがいいか、いろいろ考えて妄想もうそうの世界へと飛び込む。


 まずはそうだな、始まりはやっぱりトラックにかれるところからだろう。異世界転生の始まりと言ったら、やっぱり交通事故で死亡だ。それ以外は邪道じゃどうだと俺は思ってる。

 ゲームの世界に転生した俺は、エルフの森に迷い込んで、そこで出会ったエルフの女戦士(美形で巨乳)にれられて、森を守ることになるんだ。

 転生して手に入れたのは、そうだなぁ、とんでもないほどの魔法の力で、いつもは制限してるんだけど、全力を出せば森を焼き払えるほどの炎の魔法としよう。

 森の守り人という立場と相反あいはんした森を破壊する力、————我ながらいい設定じゃないだろうか。

 エルフを奴隷どれいとして売ろうと考えている商人たちやそれにやとわれた冒険者たちを追い払いながら、ヒロインとの交流を深めて、行くところまで行ったところで、

「……んあっ?夢か、……いいところ、だったのになぁ」

 いいところで目が覚めてしまった。ほんとにあと一歩だったのになぁ。

 二度寝で夢の続きを取り戻そうかとも思ったが、ちょうどいいタイミングで目覚ましのアラームが鳴り始めてしまった。どうやら、二度寝するような時間は残ってないようだ。


 制服に着替えて、学校まで歩いている間もまだまだ妄想もうそうは止まらなかった。

 あの後、転生した俺はどうなったのだろうか。あの雰囲気からなら、おそらくあのエルフの女戦士と結ばれているだろう。物語がどう進んだかはわからないけど、たぶん幸せな生活へと進んでいる気がする。


 通学路の途中で遠くからブオンブオンとエンジン音が聞こえてきた。最近、この時間になると運転の荒い、危ない車がよく走っている。

 この辺りは住宅街なおかげで、とにかく子供が多い。今日はタイミングがずれているから静かだが、小学生の通学団に囲まれながら学校まで行くことも日常茶飯事だ。

 信号無視などもしているところを見たことがあるので、いつか警察に捕まるんじゃないかと思っているが、この感じだとまだそうじゃないらしい。


 十メートルくらい先で横断歩道の信号が点滅しているのが視界の先に入ってきた。

 距離的に走れば十分に間に合う距離だったが、まだ遅刻を心配するような時間でもなかったから走る気は起きなかった。俺は、そうだったんだけど————

「やばいっ!」

 いつのまにか後ろを歩いていた、おそらく小学校低学年の男の子がそう漏らして走り始めた。

 それだけだったらまだよかったかもしれないが、例のエンジン音がだいぶ近くまで響いてきていた。

「おい!ちょっと……!?」

 嫌な予感がして追いかけるも、横断歩道までの距離が近すぎて追いついた時にはすでに横断歩道の真ん中だった。

 そして背後から、例の車がキキーッと急ブレーキをかけながら交差点へと侵入してきた。どうやら左折するらしい。そしてその進路上には俺たちがいる。

 俺は反射的に男の子の背中を押して、強引に反対側の歩道へと渡らせた。だけど、それが限界で俺が曲がってくる車を避ける余裕は全くなかった。


 次の瞬間には体が宙を舞っていた。

 空中で運転手と目が合った。

 金髪で鼻にも口にもピアスをつけていて、なんだか頭の悪そうな男だった。




 で、かれた結果、救急車で運ばれて、そのまま緊急手術。いろんなところの骨が折れて、病院で入院生活を送る羽目になった。全治半年だそうだ。

 交通事故に遭っても、ただ死ぬほど痛かっただけで、異世界転生なんてものには程遠かった。

 そんな思いをしたところで、転生などできないのだと、現実を突き付けられたようだった。



 ————その後、俺は異世界転生モノを読まなくなった。







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