ロストヒーロー
みなさんは、一番星という漫画雑誌をご存じだろうか。
隔週月曜日発売の漫画雑誌で、連載作家陣は若手が多いのが特徴で一番星の名の通り、一番最初に輝きを放つようになりそうな、そんな漫画家を読者に探してもらうのが目的の一つになっている。
おかげでアンケートや読者投票の反映が速く、てこ入れや打ち切りの判断にも大きく影響してくる。この雑誌形態が受けたのか、発行部数が伸びない昨今をそれなりの部数で生き延びている。
隔週月曜日、コンビニで発売したばかりの一番星を買って、そのまま近所の喫茶店でモーニングと一緒に嗜むのが俺、和泉龍の日課だ。
その日も入り口が見える店の隅の四人掛け席で、発売したばかりの一番星を読みながら、コーヒーをすすっていた。
(この回、シオリはきれいに書けてるし、戦闘のテンポ感もいいな)
巻末近くの漫画を読みながら自画自賛していると、店内がやけに騒がしくなってきた。覗いてみると、いつもは閑散とした店内に何人もが駆け込んできていたようだった。そこでようやく窓の外が大荒れの天気になっていることに気が付いた。
急に人が駆け込んできたせいで、店内はバタバタしているみたいだが席数はそれなりにある店なので案内さえできてしまえば、また静かになるだろう。
そう思って入口から視線を外そうとしたところ、ちょうど入ってきた派手な格好のいかにも水商売の女って感じの若いきれいな女性と目が合った。
なぜかその人はてんやわんやになっている店員に一言声をかけた後、こちらにまっすぐに向かってきた。……なにか嫌な予感がした。
「ねえ、お兄さん、そこの席空いてるよね?」
「えっ、ええ」
「じゃあ、失礼しまーす」
困惑する俺をよそに彼女は正面に腰を掛けた。
色々思うところはあるが、何を話せばいいかわからず考えていると、彼女はポケットからハンカチを出して濡れた服を拭き始めた。
「もー、あったまくるよねぇ。帰ろうと思ったら急にザーッて降ってくるんだもん。みんな考えることは一緒だからここもこんなに混んでるし。ちょうどお兄さんと目が合ったから、知り合いですって言って来ちゃった」
「ああ、そうなんですか……」
「なんか、感じ悪くない?どうせ、こんな格好の女と話すのが嫌なんでしょ。別に取って食おうとしてるわけじゃないし、どうせ雨が止むまでの間なんだから仲良くしてよ」
彼女は妙になれなれしく話しかけてくる。別にそんなことを思ってなんていないのだが、あんまり距離感がつかめなくって困惑してるだけなんだが、彼女からはそう見えなかったらしい。
「てか、それ一番星じゃん。————ロスヒが載ってるやつでしょ」
「えっ!知ってるんですか!?」
おもわず驚愕の声を上げてしまった。一番星を知っているならまだわかるが、ロスヒの名前が出てくるなんて思ってもなかったからだ。
ロスヒ、正式なタイトルは『ロストヒーロー ~失われた英雄たち~』というバトル漫画である。作者は木ノ口泉。教科書から消えた偉人たちの力が封印された英雄札をたまたま拾った主人公神宮寺ケンがヒロインのシオリに導かれ戦いに巻き込まれていくという王道ストーリーの作品である。
掲載順がほとんど人気ランキングになっている一番星で、巻末に近い順位を維持している、わかりやすく言えば不人気作品の代表格の作品である。
ネットでは、五十四枚の英雄札の存在から劣化版Fateとか劣化版仮面ライダー剣とか言われており、いつ打ち切りになるのかくらいしか話題に上がらないほどである。
そんなマイナー作品を、言い方が悪いかもしれないが彼女のような人が知っているなんて驚くしかないだろう。
「知ってるよー。友達の彼氏が置いて行った漫画の中にあってさ、ヒロインの子がシオリって名前じゃん。私もシオリだからなんとなく読み始めたら、続きが気になっちゃって珍しく漫画買ったんだよ」
ほら、と彼女は名刺とスマホで本棚の写真を見せてくれた。言っていた通り、名刺にはシオリという源氏名が書いてあり、ほとんど入っていない本棚にはロスヒの単行本が置いてあった。というか、本名を源氏名にしているのもどうかと思うし、それを初対面の相手に言うのもちょっとどうかと思ったが、貴重な読者が相手なので何も言わなかった。
「私ねぇ、歴史とかあんまり詳しくないからさ、出てくる偉人とか全然わかんないんだけど、なんか絵がいいから読んでられてるんだよね。ストームくんとかかっこいいし」
そういえば、画力だけは褒められていた記憶がある。特にヒロインのシオリや主人公ケンのライバルであるストームとかのデザイン“は”いいという話をよく見る。……それにストーリーの面白さが伴っていないという貶しの前置きとしてが大半だが。
「そういえば!ストームくんとの戦いってどうなったの?最新刊だとまだ途中だからさ。一番星だともう戦い終わってるんでしょ」
「ええ、えーっと……」
「いや、待った!やっぱりなし。ネタバレはよくない。最新刊まで楽しみにするから」
なんというか勢いのすごい人だ。勝手に話を始めて勝手に終わらせる。それだけ先が気になるなら一番星を買えばいいのに。
そこまで考えて気づいてしまった。けど、あまりそういうことをやるのはよくないと思った。思ったのだが、
「よかったら、ここ最近の一番星、家に残してあるので持ってきましょうか?」
「いいの!?」
ここで読者の一人から貴重な意見を聞ける機会を逃すのは惜しかったので、そんな提案をしてしまった。
彼女は想像していなかっただろう提案に目を輝かせている。ほんと好きなんだな、ロスヒのこと。
「どうせ一番星が出る隔週でここには来てるんで、そのついででよければ。感想会とかもやってみたかったですし」
「OK、じゃあ再来週、ここに来れば見せてもらえるんだね。お兄さん、おもったより優しいんだね」
思ったより優しいは余計だが、それくらいで生の意見が聞けるのなら安いものだ。
気が付くと、いつのまにやら頼んでいたらしいコーヒーとトーストが彼女の前に置かれた。
「おー、ちょうど服が乾いたところで来るなんて今日はほんとついてるぅー。お兄さんもコーヒーおかわりするならいいよ。見せてもらう約束もしちゃったし、今日は私の方で払わせていただきます」
両手を合わせて拝むようにそう言われた。
別にここのモーニングなんてさほど高くないし、こっちとしては別の目的もあるからそんなことしてもらわなくてもよかったのだが、払ってくれるのならお言葉に甘えよう。
「そういえば、お兄さん名前は?私は名乗ったけど、聞いてないよね」
「ああ、和泉龍って言います」
それが俺、和泉龍もとい漫画家木ノ口泉の運命の出会いだった。
それからシオリとの逢瀬は俺の日課になっていった。
漫画家としてどん詰まりにいた俺にとってその出会いは新しい刺激になり、ロスヒのストーリーにも大きな転換期になった。
いままで筆が乗るなんて感覚を知らなかったが、今の感覚がそうなのだろう。だって、締め切りの一日前に書き終わっているなんて初めてだったから。
シオリと仲良くなるにつれて、今後の展開についてや考察についてそれとなく聞く機会が増えたが彼女のとんちき日本史は大いに参考になった。
坂本竜馬は、竜に馬だから竜に乗っているとか、西郷隆盛の連れている犬の本物は人よりも大きくて凶暴。伊達政宗は独眼竜なので竜に変身、など俺からは出てこない発想は、いままでどちらかというと史実に準拠していた英雄札の能力をどんどんふざけた能力にしていった。それが功を奏し、一番星の中でも真ん中くらいの掲載順にまで行けるようになってきていた。
今週号はセンターカラー。しかもシオリの推しであるストームが一番かっこいい(自画自賛)の回だ。ちょっと最後はショックかもしれないが、それでもストームを一番活かせる話だから、シオリにもすぐに読ませてあげたいと思い、いつもよりも早く喫茶店着き、いつもの席で彼女を待っていた。————だが、その日彼女は来なかった。
隔週欠かさずに来ていたから今日も来るだろうとずっと待っていたが、いつも解散する時間になっても彼女は現れなかった。
何か用でもあったのだろうと思い、喫茶店を出ると遠くで救急車の音が聞こえた。
妙な胸騒ぎがした。
急いで救急車の音がした方へと走っていくと、近くの交差点に人だかりができていた。
「失礼します。ちょっと通してください」
人混みをかき分けて、一番前まで行くと赤い血だまりが見えた。
子供が一人、大きな声で泣いている。
女性が一人、担架で運ばれている。
子供に怪我はなく、女性は血だらけで救急車へと乗せられるところだった。
血に染まったその顔には見覚えがあった。————シオリだ。
そこでロスヒの最新話を思い出した。
大一番の前に、ケンとストームは約束をする。最後の決戦のあとに雌雄を決する約束だ。だが、ストームは決戦前日、事故によって命を落としてしまう。ひかれかけた子供を助けたためである。
その姿がシオリと重なった。
その日、俺の人生を変えてくれたヒーローはいなくなってしまった。
そこから、ただがむしゃらに漫画を描いた。
シオリの弔いのためだったのかもしれない。
彼女の好きだったロスヒを護りたかったのかもしれない。
彼女の死からちょうど二年後、ロスヒは完結した。
どんどんと順位を上げていき、最終話が掲載される号では表紙と先頭カラーまでもらえるほどの、一番星の看板漫画と言えるまでに成長していた。
ほんのすこしの寂しさと大きな満足感。
だけど、これで終わりじゃない。
ロスヒはまだまだ続く。
いままでは日本の偉人だけだったが、今度は世界へ。
シオリが愛したロスヒを続けていくのだ。
それに今は楽しみにしてくれる読者は一人じゃない。
俺の漫画を待ってくれる人がいるのだから————
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