蒼い鳥の唄

 大きな大陸の片隅。

 小さな国がありました。

 その国の領主さまはすごく優しく、民思いでみんなから慕われていました。

 領主さまには、一人息子がいました。

 これはその息子に恋するもののお話。




 大きな大陸の中、片隅に小さな国がありました。

 その国は、決して豊かではないですが、優しい領主さまのおかげで大きな争いもなくみんな幸せに暮らしていました。

 領主さまはみんなに慕われていて、子供が生まれた時には国中がお祭り騒ぎになるほどでした。

 そうやってみんなに喜ばれて生まれてきた領主の息子は、すくすくと成長していきました。

 そして、彼が五歳の誕生日の時、私はプレゼントとして彼のもとへ届けられた。


 それから私が見る世界はこの鳥かごとそこから見える彼の部屋の中だけになった。

 けど、苦しくはなかったの。

 私は彼が帰ってくるたびに話してくれる外の話が大好きだった。

「今日はなにがあった」とか「学校の授業で何を習った」とか、そんな他愛もない話が大好きだった。

 鳥かごの前で安楽椅子に座ってキラキラした目で私に話しかける姿が大好きだった。

「君の綺麗な蒼い羽根が好き」と言ってくれる声が大好きだった。

 一緒に外に出られないことが苦しい時もあったけど、私がずっと一緒にいられないことはわかっていた。————だって、私は鳥だから。

 だから、私は彼のそばにいられるだけで、それだけでよかったの。


 ある日の夜。

 眠れないといっていつもの安楽椅子に腰かけた彼。

 暗い夜空を不安そうに見つめる彼を安心させるために、歌を歌った。

 精一杯、届くはずのない恋の歌を。

 歌なんて歌ったことがなかったから不安だったけど、歌い終わった時には彼は安心したように眠っていた。

 それから彼は眠れない夜には私に歌をせがむようになった。

 そこにどんな思いが込められているか、知らずに。

 今思えば、この時の私はこんな日々がずっと続くと思っていた。


 十数年もすれば子供だった彼も大人になる。

 領主を継ぐために日々を忙しく過ごすようになった彼は、疲れ果てて部屋に帰ってくることが多くなった。

 その疲れを癒せるのは私だけだと思って、連日気合を入れて歌ったのだが、ある日彼は帰ってこなかった。

 一緒に過ごす中で、彼が部屋に帰ってこなかったことがなかったわけじゃない。

 彼だって学校の都合、仕事の都合で帰ってこない日もあった。

 けど、その日を境に帰ってこない日の頻度が多くなった。

 その理由はすぐにわかった。

 彼が結婚した。

 帰ってこなかったのは相手の家に出入りしていたからだった。

 私も鳥かごの中から彼の結婚式を見た。

 みんな喜んでいるようだった。————私を除いて。

 届かないのは分かっていたつもりだった。けど、実際に見せられるのは予想以上につらかった。


 彼との日々の終わりが頭をよぎったのだが、現実はそうではなかった。

 結婚した後も、彼は私をそばに置き続けてくれた。

 今日あった出来事を話してくれたり、眠れない夜は歌を歌ったり、私の日々は変わらなかった。けど、奥さんにとって私は望まないものだった。

 何度も私の前で私を巡って口論をしていた。

 そのたびに彼は私を守ってくれた。一緒にいられるようにしてくれた。

 それがたまらなくうれしかった。

 彼がもう反論するものだから奥さんも何も言わなくなり、私と彼のいつもが戻って来たはずだった。


 結婚式から一年くらい経った時、彼と奥さんで一週間の旅行に行くことになった。

 目的地は遠い南国。

 ほとんどこの国から離れることのなかった彼の初めての長旅。

 それで不安だったのか、彼は私も連れていくと言った。

 奥さんはやっぱり反対したが、それでも彼は譲らなかった。

 何度かの口論のすえ、結局私も旅に同行することになった。

 とはいっても、結局は鳥かごのなかで、別に外を飛べるわけでもない。

 だけど、彼と一緒に外の世界を見れるなんて心が躍った。


 旅行先での一週間なんてあっという間で、気が付けば帰国の日になっていた。

 その日は、珍しく彼ではなく、奥さんが私のかごを持っていた。

 あとは船に乗り、馬車を走らせ、国に帰るだけだったのだが、その帰路に事件は起きた。

 トイレに行くと彼が離れた瞬間に、奥さんが私のかごを見知らぬ荷車に乗せたのだ。

 そのときかごの隙間から見えた奥さんの顔はひどく歪んだ笑顔をしていた。

 それで理解した。奥さんが私のことを彼に言わなくなったのはこの瞬間のためだったのだと。

 気づいた私はかごから出ようと暴れてみたが、文字通りかごの中の鳥である私は鉄のかごから出ることはかなわず、無情にも荷車はどこかの街へと走り出してしまった。


 そこからは長かった。

 荷車の主は私に気づくことはなく、大きく揺れる荷車に乗せられ、何時間、何日かもしれない時間を走っていた。

 次に見た外の景色はまるで見たことのない、初めての世界だった。

 荷下ろしになってようやく私に気が付いた荷車の主は困惑しながらも私を商品として売りに出した。

 私の蒼い羽根はその土地では物珍しいようで店頭に飾られた私は衆目にさらされた。

 通る人通る人が私を商品としてじっくりと見る。その感覚はひどく気分が悪く、気持ちが悪かった。

 その感覚が訪れるたびに、彼のことを思い出して必死に耐えた。必ずこの鉄のかごを飛び出して彼のもとへ帰るのだと、その一心で機会を待った。

 意外にもその瞬間はすぐに訪れた。

 ここにきて三度目の夜を超えた日のことだ。

 飾られていた私のかごを珍しがった子供が揺らし始めた。

 適当に飾られていたかごは簡単に地面に落ち、衝撃で扉が開いた。

 その瞬間、私は勢いよくかごを飛び出した。

 そのまま振り返ることもせず、がむしゃらに飛んだ。

 どこへ向かえばいいのかもわからないまま、がむしゃらに彼のもとへと。


 その日の夜は、目についた森で休むことにした。

 ひときわ大きな木にとまると、そこには先客でフクロウがいた。

「やあ、お嬢さん。見ない顔だね。渡り鳥かい?」

「いえ、違います。国に帰りたいのですが道が分からなくなってしまったのです。どちらに向かえばいいか知りませんか?」

「そこならここから北へずっと飛んでいけば行けるけど、間には高い山や海もあるし、何日飛び続けなきゃいけないかわからないくらいに遠い。すごく危険な旅になるよ」

「それでも帰りたいんです」

 優しいフクロウの制止を振り切って、朝になったらすぐに森を飛び出した。

 それはフクロウの言っていた通り、いやそれ以上に危険な旅だった。

 雲を突き抜けるほどの山を越え、嵐の吹き荒れる海を休まず何日も飛び続けた。

 道中で声が枯れても、嵐の中で雷に打たれて蒼かった体が黒くこげてしまっても、この度の先にいるはずの彼のことを思って、必死に必死に飛んだ。


 疲労で目もかすんで見えなくなってきたとき、ようやく記憶にある風景が見え始めた。

 ようやく彼に会えると最後の力を振り絞り、彼の屋敷へ飛んだ。

 彼の屋敷、一緒に過ごした彼の部屋の窓は開いていた。

 ゆっくりとかみしめるように窓に止まる。

 窓から覗いた部屋の中は、記憶にある通りだった。ある一点をのぞいて。


 私がいた場所、彼の安楽椅子を見つめられる特等席には知らない鳥がいた。

 その鳥は、きれいな蒼い色をしていてすごくまぶしかった。

 それに比べて私は、連日飛び続けたせいで羽は黒く薄汚れ、声も枯れて歌うこともできない。こんな姿では、彼のもとに戻ることなどできるはずもない。

 ————あそこにはもう私の居場所はないみたいだ。


 流れなくなってしまった涙の代わりに、蒼い羽根が1つ落として遠くの空へ飛び立った。



 ***



 初めて、妻をぶった。

 口論は何度もしてきたが、ここまで激しいものは今回が初めてだ。

 原因は旅行の帰り、妻が私の家族である蒼い鳥をどこかに置いてきたことだった。

 妻が彼女にずっと嫉妬に近い感情を抱いていたのは知っていた。

 結婚したにもかかわらず、私には彼女を手放すことができなかった。妻を大切にできていなかったのだ。その弱さが妻にあんな行動をさせてしまったのだ。

 彼女のいなくなった鳥籠を見つめながらそんなことを考えている時点で、結局離れられていないのだから、私はどうしようも弱い人間だ。


 彼女がいなくなって数日、眠れない夜を聞こえない子守唄を幻聴しながら過ごした。

 食事も喉を通らず、徐々に弱っていく私を見かねたのか、ある日妻が謝罪の言葉とともに鳥籠を渡してきた。

 その中には一羽の青い鳥が入れられていた。

 妻は彼女を見つけてきたと言ったが、その鳥が別の鳥であるのはすぐにわかった。なぜなら彼女は雌であったの対しその鳥は雄だったからだ。

 だが、それを私は口にしなかった。

 これも私の弱さが招いた結果なのだ。私には彼女を責める資格などなかった。

 私にできるのは自分の弱さを受け入れることと、妻に感謝の言葉を伝えることだけだった。


 その日から、妻の連れてきた青い鳥を部屋に置くようにしたが、体調は戻らなかった。

 彼の歌う歌も素晴らしいとは思う。なのだが、私はもう彼女のあの歌でないと満足できない体になってしまっていたようだ。

 それでも弱った体で仕事に励んだ。それが家族のために私ができることだと考えたからだ。

 わき目も振らずに仕事にのめりこんだ。

 それこそ部屋にも帰らずに机と書類に向き合った。

 何日かぶりに部屋に帰った時、きれいな部屋のなか窓が一つ空いていた。

 換気のために誰かが開けたのだろうといつもなら気にしないのだが、なぜかその日は妙に気が引かれた。

 窓からは気持ちのいい風が吹き込んでいた。そしてその風に揺れるように小さな青い羽根が窓に引っかかっていた。

 小さな羽根を手に取ると、自然と涙があふれた。

 この羽根は彼女のものだ。なぜだかそんな気がした。

 そしてようやく気が付いた。

 ————私はまた何かを間違えてしまったのだと。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

https://kakuyomu.jp/users/Nun1121/news/16817330662327103956



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る