第1話 これぞ平穏なる日常


死んでもいい


そんな風に考えていたのはいつからだっただろうか。

少し前からだったような気もするし、生まれて自分の事を自覚してからずっとそうだったような気もする。


こんなつまらないことだらけな世界いっその事戦争でも起こればいいのにな...


なんて思っていたのはいつからだったか。


そうすれば多少刺激的な日常になってくれるのではないかと、ただ願っていた。


...え?...それはおこがましい?日常を、幸せしか知らないから言えるんだ...だって?


...そういうつもりで思ったわけじゃないんだ、ただ羨ましかったんだ戦争という何かしらの道がある人達が...


死んでもなさなければならない役目があることが...


―俺は役目が欲しかった。


常に先が見え透いていたから...別に頭がいいとかそんなんじゃない、未来が見えるとかいうわけじゃない。


皆理解しているけど目をそらしている事実をいち早く理解してしまっただけ...


―人生に意味はない


なんて...


結局努力しようとしまいと、何かを後世に残そうが残さなかろうが死ねば全て水の泡だという事実。


今必死に生きるために働いている人達は皆どこかで理解しているであろう事、心のどこかで気づかないふりをしているであろう事。


今死のうが、明日死のうが寿命を全うしようが結局何も変わらない、だって死ねば記憶も感情も何も残らないのだから。


楽しかったこと


嬉しかったこと


大切な人との時間と記憶だって、何も残らない。


死後の世界など、天国も地獄もあるわけがない、そもそもその存在自体が人生の先があったらいいな、なんて人類の願いの結晶だ。


自分が死んでも幽霊のように存在して、その結果世界に残せた何かを確認できるわけでもない。


英雄と呼ばれた男だって、死ねば何も残らない。

いくら物語で語り告がれようともそれを自ら確認することはできない。


つまり人生に意味はないのだと。


自分の人生に意味は無いのだと...そう思ってしまった、そう理解してしまった。


だから俺は戦争の時代に生まれ、戦争に自らの意思で挑み満足して死んでいった人たちが羨ましい。


いつ死んでも何も変わらないとしても、せめて死ぬとき位は...

満足できるような理由で、役目を全うして死にたいと切に願うのだ。


そんなことを願ってから、実に味気ない日常だと感じるようになってしまった中学校生活。


常に機械のように日々を生きていた自分についには嫌気がさした。


常に適当な態度で、虚勢を張り続けていた自分に吐き気を覚えた。


それでも、いくら人生に意味がなくても、唯一の家族と親友を馬鹿にされないような生き方をしようと、胸に深く強く刻み込んで迎えた高校生活。



結局この始まりの一年間、自分は他人に胸を張れるような生き方が出来たのだろうか?




♯1♯




2月8日(水)、時刻は朝6時。

ジリジリジリジリ...

いやガリガリガリガリみたいな脳みそを揺らされるような、強烈な音にぼやけた目を開けた。


「ん〜......はぁ、相変わらずうるさ過ぎだろ、これ」


音を聞かないように耳を塞ぎ、カタカタと揺れる兎の頭にチョップを叩きつけると、何度目かの文句を述べ体をほぐすように両手を上に伸ばす。

疲れが取れている気がしない、というか朝の目覚まし時計に身構えてしまうせいか気持ちよく起きれた試しがない。

それでも親友から貰ったプレゼント、しかも無駄に値段が高いため、使わないという選択肢を選びにくく、結局無下にはできなくて......


仕方ないとため息を吐くと、ベッドから降りた。


高校生ともあろう者が、エロ本一つなくゲームも漫画もない、アイドルのポスターも、奇をてらった装飾も何もないその部屋、全く味気ない。

その部屋にいつも通り何も感じることはなく部屋を出る。

まあそもそもエロ本なんて買ってみろ、我が家の索敵者に速攻で見つかって3時間正座コースだ。


「ふぁあ、あ、おはよ兄さん」


扉を開けると、あくび混じりに可愛らしいくまのプリントがされたパジャマを着た索敵者がちょうど部屋から出てきた。

寝起きには少しまぶしい妹の銀髪が、変な方向に跳ねまくっている。

まるでおしゃれなハンガーポールみたいだ。


「おはようすず...今日はいつにもましておしゃれな髪型だな」


皮肉交じりにそう呟くと鈴は俺の顔を見てぷっと噴出す。


「それ兄さんが言う?まるでクリスマスツリーみたいだよ」


ケラケラと楽しそうに笑うと、自分の寝癖を撫でて確認した後、急にこっちに手を伸ばしてきて寝癖を優しい手つきで撫でる、撫でまわす何回も。


なんか...ペット扱いをされているような気がする...


それは少し兄の威厳的に少し問題が...うん?よくよく考えてみると朝も昼も夜もご飯を作るのは鈴で、買い物も鈴、掃除洗濯に至るすべて鈴が行って...


あれ?俺ってペットなのか?


いやペットの主人を癒す仕事すらしていない...ペットどころじゃない、穀潰しもいい所だ。


やばい、この生活始めて数年経て気づいた真実ッ!お兄ちゃんゴミ過ぎる。


これだといつ粗大ゴミとして出されても仕方がない...

うん、掃除と洗濯これからやろう。


「突然だが妹よ」


「なんだね兄者」


「兄者ってどこの世界観だよ...まあいいや、これから掃除と洗濯は俺がやろう」


「急にどしたの?」


可愛らしく人差し指を頬に当て首をかしげる鈴、あざといよ?まじそういう所見ると色々な意味で不安になるからやめてね。


「このままだとお兄ちゃん腐っていきそうなんだ」


「もとからだから気にしなくてもいいと思うけど」


「...妹よ、その何気ない言葉が兄を傷つけているぞ」


平然と実の妹に当たり前の事のように言われると結構心に来るものがあったりする。

そんな俺の言葉をスルーした鈴は兄の髪の毛をひたすら引っ張ったりくるくると手でいじり続けている、何かお気に召さないようだ。


「うーん、兄さんいい加減髪切れば?」


「あー...まあ..このままでいいかな、面倒だし」


雪の髪はクリスマスツリーと評されたのが納得できるほど、確かに長い、腰のあたりまで普通に伸びている。


別に対して長髪にこだわりがあるわけでもないし切ってもいいかな、なんて思ったが...


(あいつら...拗ねるかなぁ)


知り合いというか数少ない友達がキレそうで怖い、それに髪を切るのも若干めんどくさいのでやめておくことにした。


「ふーん...じゃあまた後で髪整えてあげるね」


跳ねた髪を触って、何が楽しいのか鼻歌を歌いながら階段をおりていった。

そんな風にいつも楽し気な妹の姿、そのどんな時も笑顔の姿勢を実はいつも尊敬している。


妹は見ればわかるだろうがとても奇麗で自慢できるほどのできた妹だ、なんなら就職時の自己PRで、


俺の妹めちゃ美人ですッ!


と自信満々に言えるくらいには。


だが凄いのは可愛くてしかも人望もあるという事だ、男性陣女性陣、誰からも嫌われることなく学校で過ごしている、俺とは違ってできた妹だ。


まあ本人に言うと調子に乗るから絶対に言わないけど。





そんな妹の後を追いかけて一階に降りる、そして特に興味もないがBGMがわりにTVを付けていつも通りの席に座る。

そして妹手作りの朝食をリビングで食べる、妹と一緒にだ。


こんな普通な幸せが、とても良い、毎日毎朝そんなことを思う日々。


なんてじじ臭いんだろう、と自分で理解しつつ


「いただきます」


「ごちそうさま」


健康的な朝食を食べ終えると部屋に戻り、パジャマをから藍色の学生服に着替えた。

しっかりと赤色のネクタイを締めて学校の荷物を手に、準備万端にしてリビングに戻る。

リビングの扉を開けると、妹がこっちをまっ直ぐと見ながらバンバンと机をたたいてきた。


その机には鈴の道具が置かれていて、


髪直すから座れ


と案に伝えて来ているのだろう。

いつも通り鈴の言う通り机の前に腰を下ろす、机に置かれた鏡には捻くれまくったボサボサの白髪が写っていた。


「ふっふ〜ん、床屋鈴へようこそ!今日はどうします?散髪ですか?それとも散髪ですか?やっぱり散髪ですか?」


「散髪しか選択肢がないじゃねえか、いつも通り寝癖直して後ろで結んでくれ」


いつも通りの注文をすると不満そうに鈴はハサミを鳴らす。


「私こう見えて器用だよ?」


「そんなに切りたいのか?」


「別に?」


「どっちだよ...」


鈴の言動に一貫性がなさ過ぎて意味が分からない。

そんな無駄話をしているうちに、髪が奇麗に整えられていく。

本当に女の子ってこういう事得意なんだよなぁ...マジ助かる。

全ての寝癖を直し終えると、鈴は満足げに鼻を鳴らしにっこりとほほ笑み、いきなり頬にピタリと自分の頬を合わせてきた。


「見て見て、双子!」


鏡に映る髪を結んでいない状態の二人は、確かに双子だった。

まあ当たり前だよな、だって...


「そりゃ双子だしな...」


実際に双子だ、年も変わらない。

ただ見た目は似ているようで結構違う。

鈴の髪は腰のあたりまでの白銀の長髪、蒼色の目はぱっちりとしていて比較的穏やかな表情を常に浮かべている可愛らしい女の子である。

比べて俺も鈴と同じように腰辺りまで髪を伸ばしていて、目はやる気がなく口元は結ばれあまり感情が表に出ない、不愛想な男というのが適切な気がする...言っておくが男の娘ではないぞ?断じて違うからな?


「顔の作りが似てるだけだろ」


確かに顔だけ映すとそっくりだ。


(子供の時から変わらないな....)


城のような豪邸で三人で遊んでいた思い出が頭の中に浮かびあがり、同時に余計な記憶も思い出して...


―記憶に蓋をするように、自分の顔を睨みつけた。


寝癖が治っていることを一応手で確認してヘアゴムで髪を後ろで束ねると、玄関前に準備しておいた手持ちバッグを担ぎあげる。


「今日は用事あるから、先出るぞ」


「はーい、いってらしゃ~い」


「いってきます」


妹に見送られながら俺は一足先に家を出た。



雪と鈴が通っているのは相模高校、という普通なようで変わっている高校だ。

何というか、変というよりお嬢様やお坊ちゃんの隠れて通う高校として有名というのが正しい。

なにやら普通のお嬢様学校等に行くと、色々な問題があるらしい。

敵対会社の子達や、アウトローと国家権力、玉の輿狙いの生徒等色々なしがらみがうざすぎるらしく勉学にも集中できない、その為に作られたのが相模高校らしい。


それでもお嬢様等を匿う施設とあってとても豪華な高校となっていて、市では有名だ。

雪の家からは、大通りに出て道なりに真っすぐ二十分程でつくところにどっしりと構えられており、子供のころはどこぞのお屋敷か、何か特殊な施設なのかと思っていた。

そんな昔の良き思い出に浸りながら通学路を歩いていると。


「おはようゆき!」


元気のよい声と共に背中を叩かれた。

聞き覚えしかない声に渋々振り返ると、茶髪のイケメン野郎がニコニコしていた。

そう、こいつが俺の散髪を嫌がる奴第一号である。

超イケメンなこの男の敵こと、浦嶺うらみね悠翔はるまは相模高校生徒会、一年にして副会長となり、次期生徒会長でもある凄い奴だ。

そのうえ、勉強もできて超有名財閥、浦嶺家の長男、つまり名家の跡取り息子である。

そんな最高スーパーハイスペックなやつと、全く大したとりえもない長髪男子が、子供の時からの腐れ縁で親友だなんて本当にありえない...と周囲からよく思われてはいるが。

実際にこいつと付き合っていけば以下にこいつが周囲を欺き優等生のぶ~ッ厚い鉄面皮を被っているのかがよくわかるものだ。

いつかその皮がどろどろに溶け堕ちるのではないのかと、実はちょっと期待していたりする。

その時のあまりのギャップの差に周囲の反応を見てみたいからな。


「おは悠翔...相変わらずのイケメン具合に整形をすすめる、もはやその顔は悪だ」


「ははははッ、僕もゆきに去勢を進めるよ」


「何怖い提案してくれちゃってんの?」


去勢ってあれだよな、猫とかの繁殖するための...そのあれをとっちゃうってことだろ。

朝っぱらから何言ってんのこいつ?下ネタ大好きかよ。


「ゆきだって怖い提案したろ?似たようなもんさ」


「俺とお前じゃ冗談に差があるだろうが」


「...僕のは冗談じゃないんだけどな~」


小さい声でさらっと呟いた悠翔の声をさらっと聞き流す。

てか聞いちゃダメな気がする、俺は何も聞いていない。


「てか悠翔お前、生徒会の仕事は?」


「ゆきと一緒にやろうと思ってな...というか朝早くから悪いな、ゆきは生徒会でもないのにさ」


実は用事というのは、生徒会の雑務の手伝いだ。

生徒会は人数的には足りているが、悠翔以外は女子生徒で力仕事に時間がかかるらしい、その為腐れ縁でちょうどいい俺が呼ばれたのだ。

ちなみに悠翔以外にも同じく生徒会に所属している鈴から可愛らしく頼まれたというのもある、というかそれしかないまである。

申し訳なさそうな悠翔に俺は苦笑いを浮かべた。


「気にするな、これくらいお前からの恩に比べたら...何の事もない」


「あのなぁ、何度も言ってると思うけど、恩だなんて思うなよ?あれはお前の頑張りの報酬なんだから....てか、恩とかそんな下らない事で引き受けたなら俺嫌だぞ?」


「...はいはい、冗談だよ」


少し不機嫌そうな悠翔、恩を気にしないよう普通な付き合いをしたいのかもしれないが、それは無理だ常識的に考えて。


俺達....俺と妹の鈴が今こうやって普通に生きていられるのは全て悠翔のおかげなのだから。


「そういえばさぁ、あれ知ってるか?あの..あれだ...」


「何だよ」


「ちょっと待って..えーと?なんか今話題の奴..スマホアプリの....」


「あー、今朝ニュースで出てた...確か..【神の神託】」


「あ!そうそれ!」


神の神託、大層な名前であるがいわゆる占いアプリである、名前と顔写真を入力すると今日起こるであろう出来事を占ってくれる。

まあ、それ自体はありがちなのだが、何やらこれに書かれた事は本当に起こるとか......

この占いで『死』と出た者が本当に死んだと朝ご飯を食べている時ニュースで流れていた。

まあ、こんな胡散臭い話信じてはいないが....


「ふっふーん、なんとそのアプリ入れて来たんだな」


「その様子だともう試したんだろ?どうだった?」


「えーとな、今日は....『小さな幸せは、本棚の中に』だって....折角だしゆきもやろうぜ」


悠翔がぽちぽちと速攻で「銀鏡雪」と名前を入力、その流れるような動きで振り返る俺の顔を撮ると、そのまま勝手に送信して.....数秒後通知音が響いた。


「なになに....ん?なんだこれ?」


「どうかしたか?」


「いや、ちょっと意味がよく分かんなくて.....」


「見てみ」その言葉通り悠翔のスマホを覗き込むと不可解な文字が綴られていた。



『今日肉体は死を迎えるだろう


       三日後選択を迫られる


           美しく馬鹿げた自己犠牲か、醜い自分の為だけの生か....』



なんなんだこれ意味が分からないし、なんか長い。

それより意味が分からないのは.....


「今日死ぬのに、三日後って...何?」


悠翔がそう呟いて、もうその履き違えたAIの言葉に俺は、興味なさげに前を向いた。


「やっぱデマなんだよ、実際今日『死』が出てるのに『三日後』の事が書かれてる、確実に当たる占いだっていうなら矛盾してるだろ」


確実に当たる占いであるならば今日の死も確実で、3日後の生も確実、やはりテレビのニュースは偶然とかそんなんなのだろう。


「はぁーあ、なんだよつまんないなぁ」


なんて軽口を叩いて、心底つまんなそうにアプリを消去していた。


噂は所詮噂


のはずなのに...何故か妙に俺の頭の中にその占い結果が残り続けていた。

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犠牲無くして明日はない ゆづ @yuzukiti13

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