中編  まさかの

【――   ふふっ。  こそ、あ     界――――    素敵で う?    

    たには、   のスキ   ―――あげ        わ。

    ―でほし  けれど。    しら?    んで生きて―うだい――】



 だれかが話しをしている。私に話しかけてるの?

 あなたはだれ、何を言ってるかわからな…





「――て!おねーさん、おねーさん!!」


「…んっ」


「おねーさん!おきて、こんなところで寝ちゃダメっすよ!」


 肩を揺らされて伊織は暖かなシーツから頬を離した。いつの間にか眠っていたようで、室内はところどころランプが灯されている。夜になってしまったのだろうか、起きぬけでぼんやりとした伊織は瞬きして声のするほうへと焦点をあてた。どうやらあの少年が目覚めたようだった。


「あなた…」


 伊織は少年にどう声をかけるべきか、開きかけた口を閉じてしまった。きょとんとした表情で伊織を見ている、とても愛嬌のある顔立ちに目尻にあるシワが彼を柔和にみせている。気さくに話しかけても大丈夫そうだ、そう思った伊織は髪を耳にかけながら少年に話しかけた。


「はじめまして、よね。私は花里伊織はなさと いおり。あなたは?」


「俺は神野宗太かんの そうたって言います」


「神…野くん、は学生さん?」


「はい。あー高2、17です。宗太って呼んでください」


 どこそこの高校でと会話を続ける宗太を見ながら、伊織は小さく息をはいた。想像以上に宗太はおしゃべりらしい。


「宗太くん。君はここがどこだか分かる?」


「ここですか?」


 話を遮って問いかけた伊織に、宗太は首をかしげながら言葉をつづけた。


「国名はわかりません。ただ、異世界ってことは理解してます。俺は通学中に階段を踏み外して気づいたら”あそこ”にいたんです。伊織さんもあの女神と話したんですよね? なんのスキルもら――」

「ま、まって!!女神って、”あそこ”ってなんのこと??!」


 伊織は慌てて宗太に尋ねた。伊織にはエレベーターに乗ってからの記憶は―あの円卓からだ。女神とは、宗太のいう場所にまったく心当たりがない。動揺する伊織に気づいた宗太は「覚えてないのかもしれないですね」と宥めた。


「俺はスキル【賢者 -かしこきもの- 】ってやつをもらいました。だから記憶に残ってる可能性があります」


「スキル…?」


 異世界ものでよく聞くやつ、と伊織は心の中で独り言ちた。いよいよここが異世界だと受け入れなくてはならないのか。肯定と否定が入り交じり、眉を寄せながら宗太の次の言葉を待った。


「あ、スキルとか急に言われてもわかんないっすよね。特技とか自分だけがもってる武器みたいな意味です」


「大丈夫。そういう系はネットでみたことあるから」


「アニメとか?俺、このスキル見つけた瞬間に『これがいいです!!』て女神サマに言いましたよ!」


賢者にハズレはないと頷きながら話す宗太。そんな時、戸をノックする音がした。ガチャリと扉をあけて顔をのぞかせたのはメイドのカタリナだった。


「失礼いたします、イオリ様、稀人様。お声が聞こえましたので参りました。お水と軽食にございます」


 カートをひき、室内に入りすすめるカタリナ。そうして暖炉近くにあるローテーブルへ水の入ったピッチャーとケーキスタンドを丁寧な動作で置き始めた。スタンドに載っているのは、パンと果物のようだ。伊織は見たことのないそれらに思わず目を向けた。


「ありがとうございます。あの、パンと果実ですか?」


「はい、そうでございます。お好みもあるかと、片手で召し上がれるものをご用意いたしました」


 不思議そうに見ている伊織へ、お手洗いの時と同様に説明をしていくカタリナ。端的だが分かりやすく丁寧に話してくれているおかげで、配膳されているものがオレンジとリンゴに似た果物とスコーンのようなパンだと分かった。伊織は果物を横目に、自分の知っている食べ物ではないという事実にヒヤリとした。カタリナの声がうまく耳にはいってこない。 

 ピッチャーとカップ2つ、テーブルの上にすべてを並べたカタリナは空になったカートを下げて伊織と宗太の方を向いた。


「私はそろそろお暇させていただこうかと思います、その他ご入用のものはございますか?」


 お礼を伝えようと伊織はカタリナに意識を向けた。だが、伊織の背にいる宗太がベッドから立ち上がり問いかけた。


「伊織さん、このメイドさんが言ってる言葉わかんの?」


「宗太くん…?なにいって…」「あの…失礼ですが今、なんと?」


 目を丸くする伊織に、軽く首をかしげるカタリナ。眉を顰め、本当にわからないという顔をする宗太。気まずいトライアングルが生まれた瞬間だった。


「俺、このメイドさんが言ってる言葉が理解できない。日本語じゃないっ!」


 賢者の俺がわかんないって…と宗太は髪をかき乱した。どうして、と疑問を浮かべながら伊織はカタリナへ少年が言葉が分からないようだと伝える。


「さようでございましたか。では猊下にご報告いたします」


 想定外だったのだろう。すこし慌てた様子のカタリナはカートを押して扉から出ていこうとしていた。


「メイドさんまって!!」


 伊織の横をすばやく通りぬけ、宗太はカタリナの持つカートを押し止めた。


「伊織さん通訳お願いします!この国、世界がわかる本があれば持ってきてください!」


 叫ぶような声で宗太は伊織に依頼した。誰に向けて言っているのかわかったのか、カタリナは困った表情で伊織を見ていた。


「えっと…カタリナさんでしたよね。宗太くんが、この国や世界のことがわかる本を読みたいらしく…お借りすることはできますか?」


「わたくしのことはカタリナとお呼びくださいませ。そして、ソウタ様が本をご所望されていると…」


 宗太の発音をすこし呼びづらそうにしていたが、途切れることなく会話を続けるカタリナ。すこし上を見上げて考えてくれているようだ。


「お暇するって言ってたし、明日でもいいんじゃない…」


 宗太に声をかけようとして伊織は目を見開いた。さきほどの真剣さはどこへ放り投げたのか、宗太がカタリナを見る瞳は明らかに変わっていた。くすんだ榛色の髪を一つにまとめ、目にかかるほどの前髪は表情を分かりづらくしている。上を向いたことで全貌がわかったのだろう、エルフのような耳というポイントも含めてカタリナは美少女なのだ。


 (この子、一目ぼれしたわ)




 私、知ってる。こういう展開、異世界もののアニメでみた。




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気づいたら異世界で 伍等せい @510__

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