第3話 ラブレター

 その日の20分休み、直前に御影は担任から手伝いを頼まれた。

 遊ぶ気満々の友だちに残念がられつつも別れ、早々に用事を済ませては、自分も校庭に行こうとした矢先、甲高い声に呼び止められる。

「あの……!」

「は、はい?」

 中庭を望む廊下で、なんとなく窓の外の狭い空間を見ていたのが悪かったのか。

 曲がり角から突然出てきた少女は、惚けた返事の主と目も合わせず、何かを両手で押しつけてきた。

「これ、お願いします!」

「えっ!? ちょっと!?」

 運動神経がどれだけ良い御影であっても、さすがに害意もない、唐突な行動にはついていけず、思わず押しつけられたモノを受け取ってしまった。その隙に、同じ年頃の少女が俯きがちに走り去るの目撃する。一拍遅れて角を曲がった姿を追ったなら、

「きゃっ!?」

「わっ、ごめん!」

 危うく別の少女にぶつかりかけ、慌てて謝罪する。

「いえ、こちらこそ……」

 眼鏡の少女が消え入りそうな声で首を振るのに、もう一度「ごめん」と告げつつ、更に後を追って角を曲がったなら、そこにあったのは二階に続く階段だけ。

(階段なのに、なんて早い……)

 ぱっと見た感じ、そこまで運動が得意には見えなかったフワフワのスカート姿を思い出しつつ、手にしてしまったモノへと視線を落とす。

(コレ、どう見てもラブレターってヤツだよね?)

 縁にレース状の飾りが施された封筒、ハートマークのシール。

 ついでに少女の頬が薄ら赤く染まっていたことまで思い起こせたなら、指し示すところは間違いなく、そういう代物。

 転校してよりこの方、男女問わず人気があるなら、その手の話にも度々かち合うことのある御影。

(……どうしよう。どこの誰かも知らないのに――あれ?)

 しかし今回、その戸惑いは杞憂でしかなかった。持て余して裏返した便箋には、御影ではない、同じクラスの友人の名が書かれていたのだから。

 ――高橋将。

 御影の友だちであり、彼自身、そこそこ女子評判の良いスポーツ少年。

「なんだ。それなら問題ないか」

 たぶんあの少女は、将と友だちだから御影にラブレターを託したのだ。

 それならきっと、少女の名前などもこの手紙に書かれているはず。

 いくらか気が軽くなった御影は、押しつけられたことにも腹を立てず、それどころか、自分の友だちが好かれている状況に笑みさえ浮かべて、下駄箱へ向かう。

(まあ、さすがに大勢の前では渡せないから、あの子には悪いけど、とりあえず今は下駄箱に保管しといて、それからタイミングを見て――っ!!?)

 そんなことを考えていた矢先。

 階段の踊り場から差し込む光から出た瞬間。

 一挙に押し寄せてきた嫌な予感から、後ろへ大きく跳躍した御影は、踏むはずだった床に突き刺さる、真っ黒な何かに瞠目する。

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澄実ヶ原小学校中庭相談処(仮) かなぶん @kana_bunbun

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